序章 後編 呪事への対抗策

新宿駅で落ち合った蛍と秀が向かったのは、地元である千葉の総合病院だった。


千葉一大きな総合病院。

この場所で、橋野木環奈は今も眠っている。

だが今回訪れた理由に、環奈の状態を確かめに来たという理由は含まれていない。


「嘘⋯⋯でしょ」


驚愕の表情を浮かべる蛍と、そっと瞼を閉じる秀。

クラスの誰よりも温厚で優しかった星宮さん。

問題を起こしてばかりだった不良の藤堂くん。

約4ヶ月前まで同じ教室に通っていた学友二人がベットの上で植物と化していた。

 ――彼女を救いたくば、新たなる百の物語を集めろ。さもなくば。

 リフレイン。何度も何度もなんどもナンドモ頭の中で繰り返されたフレーズ。

 二人を苦しめてきた呪詛が、再び邪悪な力を帯びた。それも今までよりずっと息が詰まる濃度で。

 

「この子達が何をしたっていうの……。ねえ、貴方達。ほんとは何か知っているんでしょう? 橋野木さんの第一発見者なんでしょう?」

 

 声をかけられた。

 誰もいないと思っていた二人は、軽く驚きつつ病室の片隅へと目を向ける。

 するとそこには藤堂の母親がいた。乱れた髪をぶら下げて、パイプ椅子に座っている。

 ……ふいに母親がガバリと顔を持ち上げた。ツンと鼻を突く臭いが二人までやってくる。何日も家に帰らず、彼に付きっきりだったのだろうか。

やがて墨を広げたような大きなクマが蛍と秀へと向けられた。粘っこい視線が二人の足元を絡めとり、身動きが取れなくなる。


「ねえ、答えてよ⋯⋯ねえ!」


沈黙を貫く二人にシビレを切らしたのか、藤堂の母親は唐突にパイプ椅子を蹴り、突進してきた。彼女の狂気じみた形相に蛍は縮み上がった。

ふと母親の異常性を感じ取り、我に返る秀。

「失礼します!」

咄嗟に蛍の手を掴み、病室から飛び出す。

母親の追従を阻止せんと、勢いよく扉を引き、部屋と廊下に隔たりを作った。

秀は取っ手を握りしめ、開けられないようにしばらく抑え込んでいたが、母親が追ってくる様子はなかった。きっと平常と異常の狭間を彷徨っているのだろう。呪いに縛られてきた秀と蛍にはその感覚がよく分かる。

秀は再び蛍の手を取り、病院の外まで駆け出した。


「探そう」


病院入り口の自動ドアをくぐったところで、秀が決然と言い放った。

はっと固まる蛍。

彼女はその言葉の意図するところを理解していた。痛いほどに。

だが理解するのと、覚悟するのとでは意味が違う。蛍はおそるおそる秀へと顔を向け、あえての確認をした。自身を納得させるための復唱として。


「⋯⋯新しい百物語を?」

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