序章 中編 二度目の7月21日
⋯⋯あの日。
桜坂高校の3年C組全員で百物語を行ったあの日。
今から1年前の7月21日。蛍と秀は恐ろしい怪奇現象に遭遇した。
橋野木環奈は半死だった。意識不明・原因不明の植物人間状態である。
恐怖と焦りで動転していて、眠っていると思い込んでいた分、その事実が判明した時の衝撃は凄まじかった。
原因が分からない以上、考えても気持ちが沈むだけ。忘れた方が良い。
そのトラウマをバネに、蛍は絵に一層のめり込んだ。憧れだった東京の有名美術大学への合格も果たし、今も猛勉強を続けている。
あれから1年。
「⋯⋯もしもし秀? 久しぶり」
二回目の7月21日。
「⋯⋯ちょっと。冗談やめてよ」
心の隅に押し込めてきた不安が顔を覗かせる。
あの時。不可解な空間に現れたバケモノは蛍達に言った。
——彼女を救いたくば、新たなる百の物語を集めろ。さもなくば。
さもなくば、どうなるのか。
さもなくば、どうなってしまうのか。
その五つの文字が呪いとなって脳裏に焼き付き、視界でちらついてちらついて仕方がなかった。
たった五つの文字を振り払うために、蛍はスケッチブック何度もなんどもナンドモ破り、キャンバスを釘打ち用のハンマーでいくつも破壊した。
ひどい時には絵の具の染みた布を口で喰み、口から喉、さらには鼻にかけて油の香りが突き抜ける様を味わった。
蛍は呪いに狂い、のたうち回るというのはこういうことかと身を以て思い知った。
だが這いよる呪いから逃れるためには、それしかなかった。
絵の才能も根気もない彼女が、呪いを振り払うほど美術に妄信するには、相応の狂気が必要だった。
去年の12月。
自分なりの絵心を見出し、蛍は呪いに対抗する術を手にした。
——それでも。
——それでもなお。
今まさに発せられた彼の一言は、彼女が狂気の末に打ち立てた防壁をことごとく粉砕した。
「冗談なんかじゃない! また植物人間状態になったんだよ。しかも二人もだ!」
ぽつりと付け加える。
「⋯⋯環奈と同じように」
わななく手を、もう片方の手で押さえながら蛍は言った。
「今どこ?」
「新宿駅の東口」
午後に控える必修科目を休むことになるが仕方ない。
秀の居場所を聞き出した蛍は、一目散に大学を飛び出し、最寄りの上野毛駅へと急いだ。
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