第3話 帰れない……だと?

 ベルトを緩め、ズボンを半分脱ぎかけた状態でふと我に返る。

 明らかに自室と異なる床の素材。そして視界の端々に入る映像や周囲の空気感がまるで違う。


 まさかと思い、ぎぎぎと音が聞こえそうな動きで顔を上げた。


「はぁああぁぁぁぁ」


 目の前には床に両手足をつき、ガッカリを全身で表現している魔女っ子。


 取り敢えず、ズボンを履き直す。Tシャツに制服のズボンといった格好になって姿勢を起こした。


「やっぱり。やっぱりなのね。私の生涯の命運をかけた使い魔は、ニンゲン………」


 いい加減、このやり取りは回避したい。

 魔女っ子はなにやら先程よりは自体を把握していそうだ。


「あのさ、確認するけど、ドッキリではない?」


「ドッキリだったらさぞいいことか。あんたがそう尋ねた時点で違うってことにガッカリだわ」


 うむ。互いに騙してはいないと。


「ちなみに、夢でも……」

「無いわよ。夢なんかじゃない! これが現実なのよー!! あー! 皆になんて言ったらいいのよ!」


 なんか今日はやけに被せ気味に答えられるな。

 そして、二度目だからか? なんとなくこの魔女っ子の性格が見えてきたし、イヤーな予感がして堪らないぞ。


「なんだか知らんが、こっちとしては一方的に事が進められとるし、さらに一方的にガッカリされとるんだが…いい加減、説明してくれ」

 敬語を使う必要も無いだろう。


 魔女っ子も、流石に俺が巻き込まれているという事実を受け入れたのか、無機質な表情でスッと立ち上がり、トコトコ歩いて部屋の扉を開けた。


「取り敢えずこっち来て、腰を落ち着けて話すから」


 そして、二人は奇しくも同じ事を胸に抱きながら移動する。


『思ってたのと違う』と。


 ✤✤✤


「じゃあ、なんだ。アンタは駆け出し魔法使いで、俺はアンタに召喚されたと」


「ヴェーラよ。アンタはやめて」

 ああ。はい。ヴェーラね。それが魔女っ子の本名……ではなく通り名だそうだ。


 言わずもがな、魔法使いにとって本名は誰にも知られてはいけないものだ。

 使い魔と契約するに当たっても、また呪いを避けるためにも本名、つまり真名は知られてはいけないので、普段使いの通り名を皆持っているという。この辺の知識はスマホで知り得たのと同じ。



 俺達は木製の椅子に向かい合って座り、テーブルの紅茶を啜りながら互いの事情を話し合っていた。

「ヴェーラに召喚されたと。でも、本来なら人間が召喚されるはずはないと」

「そうよ」

 忙しなくテーブルをトントントントン叩きながら答えた。


『どうしてこうなった!?』


 聞けば聞くほど互いに思う。


「しかも、この世界の中ですら確立されていない転移魔法。さらに異世界から」


 まったく、俺が読んだことのある異世界小説とは話が違うではないか!


 普通は異世界転移と言えば、勇者としてとか、神様の手違いとか、理由は分からんが、とにかくチートを使って俺TUEEEEを楽しむのが主流だろ?

 まさか、本当にこの身に振りかかろうとは……しかも使い魔って。


 むしろ俺の方が凹むわ。


 で、なんでこんなにヴェーラが凹んでいるかと言うと、

 この世界は基本、魔法使いの階級社会なのだそうだ。

 で、その階級は魔力や家柄もあるが、大きく左右するのが使い魔のランク。


 理由は生まれ持った才能。アビリティ、潜在能力が召喚に深く関係しており、より強くレアリティが高い召喚獣・使い魔である程ステータスシンボルとなるらしい。


 つまり、魔力の存在しない世界の人間と言うのはランクが低いとかいう以前の問題なのだ。まぁ、ある意味レアではあると思うのだが。


「問題なのは、この事がどう捉えられるかなのよ。楽観的に考えれば、異世界の人間を召喚したという前代未聞のケースが高く評価されるかもしれない。でも、組織ってのはイレギュラーを酷く嫌うわ。面倒だから。『はい。残念ですね。これならスライムの方がまだ良かったですね』なんて憐れみの目で生暖かく見つめられて終わりよ」


「はあ? ちょっとその発想は合ってるのか? まぁ、階級を低くされるかも知れないのはそうかもしれないが、魔法使いってのはある意味研究者の一面も併せ持っているんだろ? だったら──自分で言うのも変だが、貴重なサンプルとして重宝されるんじゃないか?」


「そうね。でも、組織として表立って研究される事は先ず無いわ。有るとしたら誰にもバレないようにモルモットになって終わりよ。魔術の発展の為の貴重な命の一つってね。貴方も、私も」


「うへぇ」


 これはより一層深く話しあわなければ、下手すると二人とも悲惨な人生を送りかねない。想像してゾッとした。


 ヴェーラは家名も低く、家庭の金銭的事情により、幼い頃とある魔法使いに弟子として送り出されたとか。

 つまり、階級に影響する家名も持ち合わせていない。


 しかも、弟子入りした魔法使いが、かなり意地悪でなかなか魔法を教えず、雑用ばかりさせられ、独り立ちする年齢はとっくに過ぎていたとの事だった。


 師弟関係から脱するには独り立ちしかない。


 しかも、幼い頃からずっと軟禁に近い形で外に出て貰えず、成長するにつれ、師匠から浴びせられる眼差しが変化して来たと言う。


 小さい頃から一緒にいた男の視線の意味が分かった時の心情は恐怖だったろう。


 そんな折、長きに渡る雑用のおかげで師匠の警戒心も薄れ、遂に召喚呪文の記されている禁書を見つけたのだそうだ。


「それで、時間をかけ、かつ計画的に、目を盗んで独り立ちの証である使い魔の召喚をしたと」


「そうよ」


「………」

「………」


 空気が重い。


「……なぁ、俺悪くないよな」

「そうね」


「むしろ被害者」

「そうね。でも私に悪気は無いわ」


「しかも、使い魔」

「そうね。私が主」


「……ははは」

「……うふふ」


「あはははははは……って、なにが可笑しいんじゃいっ! 早く契約を解いてちゃんとした召喚獣、使い魔ってのと契約しなおせよ!」


「…うふふふふふ。それが出来たらこんなに落ち込まないわ。馬鹿ね」


「ははは! そうだな。分かっていたさ、おマヌケさんっ♪」


「あはははは」

「うふふふふ」


「って、なぜじゃーい! 説明求む!」

 二人して壊れかけたが、現実逃避してる場合じゃない。


 ヴェーラも少し気を取り直して、一口紅茶を啜る。

 俺も飲む。


 ズズずー。


「えっとね。それは貴方、綾瀬要が真名を告げたからよ。それを以てこの世界の理に楔を打った。これはもう、どうしようもない。どちらかが死ねば楔は消滅するけど、あ、死んでくれる?」


「カッチーン! んな事出来るかっ! てか、だったら俺を殺せばいいだろ。嫌だけど。なぁ、殺さないよね?」


「殺さないわよ! ってか殺せない。だから死んでってお願いしたのよ。主と使い魔の契約の中に互いに危害を加えないって文言があるのよ。というか、普通使い魔は自分より上位の存在なの。だから実際のところ等価って訳でもなく、こちらの身の保証なんだけどね」

 それに、人殺しなんて後味悪くてやらないわよと付け加えられた。


「待てよ。使い魔は自分より強いのか? だが、その中でも当たりハズレはあるんだろう? リセマラ……あー。つまりキャンセルしてやり直しはしないのか?」


「召喚獣・使い魔が気に入らないからってやり直す人はそうそういないわ。 いい? 基本的に自分より上位の存在なのよ。それがこちらの呼びかけに応えてくれた。それは魔法陣が如何に緻密で芸術的であるかだったり、魔力の質、炊いているお香がどれ程の希少価値があるか、そして呪文が──これが一番大切なんだけど、より的確であるかに左右されるの」


 曰く、呪文は各派閥、家系の重要機密事項なのだそうだ。

 というか、その禁書、本物なんだろうな?


「つまり、最大限の財産を投げ打ってるわけ。何度も何度もやり直すなんて出来ないし、そもそもやり直したところで魔力の質や呪文が変わらないんだから同じようなモノしか召喚されないわよ」


 ん? ちょい待て。なら金を稼げば何とかなるんじゃないか? あ、でもまた俺が召喚されたら無駄骨だ。それに俺じゃなくても違う人が召喚される可能性もある。となると、近しい人が召喚される可能性もあるのかよ。


 自己犠牲。


 そんな思想は持ち合わせてないが、親しい人が俺の身代わりになるのは避けたい。


「それに、そもそも召喚の契約は1回しかできないのよ。才能に恵まれた人でも2回ね。それ以上召喚を可能にしたってのはおとぎ話か、神話でしか無いわ」


「おい。それ早く言えよ」


 今までの説明はなんだったんだ!


「だって、質問してきたのは要の方でしょ」

 痛いところをつかれて、でも、最もだとも感じたのか、ごにょごにょ呟いている。


「まぁ、兎に角解消出来ないなら道はひとつだな。二度と俺を召喚しないでくれ」


 確かに美少女だが、ファンタジーな世界に興味はあるのだが、だが! しょっちゅうトリップするのはゴメンだ。

 何より向こうの世界の時間の流れが気になってしょうがない。


 これについてはヴェーラでさえ分からないのだから。

 かれこれ1時間は経過してるんじゃないか?


「ということで、早く帰してくれ」

「何言ってるのよ。もう帰っていい許可は降りてるはずよ」


 は?

「私自身召喚獣にも使い魔にもなった事ないから分からないけど、主の許可が降りたら、つまり魔力供給が途切れたらあなたの意思で帰れるはずよ」


「どうやって?」


「そんなの知らないわよ! 使い魔にでも聞けば?」


 取り敢えず、知り合いの魔法使いにそれとなく探ることになった。


 俺はまだ帰れないらしい。

 地球に帰ったら浦島太郎状態とか嫌だぞ。

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