第2話 着替え中に……だと?

「カナメ! おいっ!」


 顔面レシーブの反動で、後頭部を思い切り床にゴツンした俺を友人達がザワつきながら取り囲む。


「……あ、れ? 魔女っ子は? あ、いてぇー」


 白昼夢でも見ていたのだろうか、あの薄暗い部屋はすっかり消え、魔法陣も、勿論女の子も無い。


 視界に入るのはどれも見知った顔ぶれ。クラスメイト達だった。


「大丈夫なのかよ?」

「派手な音がしたが……」


 口々に気遣う言葉を述べている。

「なんか、変なこと言ってないか? 魔女だのなんのって……」


 うん。言ってた。

「おーい! 念の為保健室ー!」

 ことの騒ぎに、流石に腰が重い先生が立ち上がって指示を出して様子を見に来た。


「いや、大丈夫っす。大丈夫」

 よっと、上半身を起こし、皆に心配ないと手を掲げて伝える。


「いや、こんな時の慢心は危険だからな。立ち上がる前に見せてみろ」

 そう言われて、吐き気や目眩の有無、聴覚や視覚に異変はないか聞かれたことに答えて、下瞼を引っ張り下げられながら簡単な診察を受ける。


 その傍で友人のマサが聞かれたくない質問を投げかけてきた。


「いや、でもよー。頭打ってたみたいだし……ってか、なんで突然フリーズしたんだよ」


 なんでフリーズしたか。

 俺にだって分からないが、流石に事細かに説明して、いよいよ頭がイカれたと思われるのは嫌だ。


 マサこと三木雅功は5人兄弟の長男だけあって、面倒見がよく、周りのことをよく見ている。それ故に核心をつくことをしばしば突いてくるが、他意は無くその上自覚はないらしい。


「あー。すまん、その、考え事だ。多分……」


「ははっ、多分ってなんだよ。本当に大丈夫なんだろうな? 魔女とか言ってたぞ」


「え? あー。うん。魔女、魔女ねぇ……」


 皆の視線がイタイ。


「あ、ほら。バレーボールって言えば魔女! 東洋の魔女じゃん? 華麗なレシーブをするにはとか考えてたら……」


「ぶっ! なんだそりゃ。取り敢えずその鼻血洗って保健室行ってこい。んじゃ三木、お前連れてけ」

 年代的にツボに入ったのか、先生は一安心してコートにいる生徒達へと再開の指示を出して散開させた。


 ✤✤✤


 鼻血も直ぐに止まっていたし、痛みも引いていた。

 学校医も兼ねている保健室の先生からは念の為暫く休んだら授業に戻って良いとのお墨付きを貰った。「でも、今日一日は運動は控えること」という条件付きで。


「まったく、何やってんだか。どうせ漫画とか変なラノベのことでも考えていたんでしょ!」


 半分呆れ、半分心配といった感情が顔に出ている女子に告げられる。


 三木は保健室まで付き添って貰って別れている。目の前に居るのはクラス委員の東堂司だ。


 大きめのメガネのふちの色は赤。コンタクトが体質に合わないと言ってたから、少しでも女の子らしくしようとしているのだろう。

 涙ぐましい努力だ。まぁ、身体つきは子供の頃より明らかに発育しているんだがな。


「そっちこそ。なんで保健室なんかにいるんだよ」


 司とは小学生の夏休みに、父親の帰省に来る度に遊んでいた仲なので、他の友人達に比べれば関係はさほど浅くはない。


 中学を住んでいた東京の進学校にしたためか、趣味や性格の違いがありすぎてうまく馴染めず、地元では友達が一人も出来なかった。さらに親の夫婦仲も宜しくなく、結局、なんだかんだ適当な理由をつけて親元を離れてはここ、北海道立港北高校に進学した。


 今では両親が離婚しており、祖父母の世話になっている。


 そんな、知られなくても良い家庭の事情を唯一知っている司は、性分なのだろう。気にかけてくれるのは有り難いのだが、同時に口うるさくもある。


「女の子には女の子の事情があるのよ」


 あー。あれか。


「まさかとは思いますが、お前にも月のモノが来てたんだな。あ、今夜は赤飯か?」


 と、デリカシーの無いことを言ってやる。大抵これで答えたくない質問は忘れてくれる。


「ばっ! ばっかじゃないの!? 女子に面と向かって言わないでしょ! 」

 本当に、デリカシーないんだからと、プンスカプンしている司に追い打ちをかける。


「ん? 違うのか? そうか、赤飯はまだか。まぁ、個人差があるからな。心配しなくてもその内……」

 と、皆まで言わさぬ! と反撃をくらった。


「とっくに赤飯の義は終えとるわっ!」

 でかい声で恥ずかしい事を言った司に脳天をチョップされる。


「ぐはっ! お、お前後頭部打ち付けた人間にチョップはねえだろ」


「はっ! つい。ごめん!」


 調子に乗りすぎたこちらが悪いのだが、いつも司が謝罪して終わる。

 まぁ、目の前に迫っているブラウス越しの柔らかな揺れに免じて許してやろう。

 それに全然痛くないしな。


 あれ? 痛くないぞ。 普段はかち割れると本気で思う程の鉄拳チョップなのに、手加減したのかな?


「おいおい! もう、あなた達教室に帰りなさい。それだけ元気になったんなら大丈夫よ」

 しっしっ! と追い出された。


「青春もほどほどしなさい」と閉めかけた扉の奥から聞こえたが、二人とも聞こえないふりをして廊下を歩いた。


 ✤✤✤


 はぁ。それにしてもなんだったんだ?

 早めの帰宅後、1人部屋のベッドで横になり今日起きた怪奇現象を思い出す。


 学校から連絡があり、事情を聞いた婆さんが、農協の伝いはさせないと言って部屋に閉じ込められてしまった。


 婆さんにとっては大事な孫って事だ。

 連絡がつかない親父と、離婚した母親について後ろめたさがあるらしい。


 婆さん、なにも悪くないんだけどな。

 感謝こそすれ。


 あまり心配かけたくないからいつも通り爺さんの手伝いしたいところだが、それが余計に婆さんの気持ちを切りもりさせてしまうことくらいわかる。


 大人しくしてるか。


 スマホを使って、思い当たるワードを検索エンジンで調べてみる。

『召喚獣』『魔法陣』『異世界』『魔女』


 ほぼほぼネット小説しか上がらない。


「なんの参考にもなりゃしねぇ」


 当たり前だ。だが、現代人の性とも言うべきか、分かっていても検索してしまう。


 スマホの時刻は17時25分。さてと、少し早いが、風呂でも入るか。


 制服を脱ぎ、Tシャツを着る。ズボンを履き替えようとして………。


 再び、唐突に事は起こる。


 世界が、時間の流がゆっくりになる。そして、完全に止まる前に視界が真っ白に染まり……バンッ! と音を立てて俺は異世界へと召喚された。

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