第4話 巨乳美女だと?
コンコン!
ヴェーラは知り合いの家の玄関の戸を叩く。
「あのー。すみませーん。ヴェーラです。お隣のー。ご在宅でしょうか??」
コンコン!
俺は今、この世界の外套を上に羽織り、ヴェーラの後ろに立っている。流石に異世界の服装では怪しまれるからだ。
「ってか、アパートだったのかよ」
コンコン! コンコン!
「ご不在ですかぁー? あ、なんか言った?」
「いや、なんでもない」
俺は少なからず、ワクワクしていた。
異世界の外の様子に。 てっきり街や自然の様子とか、何かしら見て取れると思い込んでいたのだ。
なのに。
コンコンコンコン! コンコンコンコン!
「居るんですよねー? 居留守しないでくださーい」
地球でも見たことのあるような木造アパート2階建てだ。
俺の初の冒険? は現在僅か5歩。
見て取れるのはアパートの外は林で、ここは地球だと言っても信じてしまうくらいに真新しいものが目に入らない。
コンコンコンコンコンコン! コンコンコンコンコンコンコンコン!!
「いないのかしら」
いや、それを言うならお前こそ友達いないんじゃねえのか? と思うが、大人しく待ってる。
ガチャリ。
「あ」
「おっ?」
ぶっきらぼうに、明らかに怒りを感じる鍵の開け方をした音だけが聞こえた。
「なーんだ。やっぱり居るんじゃない」
「おい。ヴェーラさんよ。知り合いなんだろうな? お前本当は友達いないん……」
「知り合いよ! 先月越してから何度か挨拶したし! そ、それに、えっと、あ、ほら友達は遠く、遠くにいるのよ」
遠くね。コイツ、軟禁されてたって言ってたくせに……あ、空想の世界か。
「ちょっ! なに生暖かい目で微笑んでるのよ!」
「べつに」
俺の態度が気に触ったみたいでヴェーラは声を荒らげる。
「きぃー! 居るんだからね! ほんとに! 沢山いるんだからっ! 先週も大勢でバーベキューたんだからっ! そ、それより、ほら急を要してるんでしょ? 貴方のためにやってるのに、もう帰っちゃうわよ!」
軟禁させられてたのにか? 等と野暮なことは言わずにいてやる。
大声で他人の家の前で喋っていると、案の定。
バタン! と勢いよく玄関扉が空いて、住人が顔を出した。
出てきたのは20代位の女性。今まで寝てましたって事がよく分かるボザボサの赤髪に、服装はネグリジェだ。
でもって、綺麗な顔立ち。この世界のこの国は美人が多いのか? 背は高いが太っている訳ではなく……おお。胸が大きいな。
「あんたね! いい加減にしなさいよ! 毎日毎日しょうもない理由で尋ねて来て! こっちだって夜勤明けで眠いのよっ! それなのに毎日毎日毎日毎日っ! しかも何?! さんざノックを連打しといて帰るとかふざけんじゃ……」
全くもって最もだ。てか、毎日って、やっぱり友達いないんじゃねえか。
「……あ」
女性と目が合う。
「ど、ども」
「……はっ! ちょ、ちょっと待ってて!」
再び勢いよく玄関扉が乱暴に扱われる。
バタン! と閉められた。
先が思いやられる。
✤✤✤
「粗茶ですが」
「あぁ、すみません。お気遣いなく……」
先程の様子は無かったことにしたいのか、髪を綺麗に纏め、服もなかなか清楚な白いシャツに小花柄のロングスカートに着替え、薄く化粧をしたチェルシアさん──近所に居たら噂になる綺麗なお姉さん──にやたらとチラチラ見られる。
部屋の間取りは同じなんだろうが、全体的に白く、清潔感がある。小物は女の子らしい……と言えば聞こえはいいが、小物はピンクが多くてぬいぐるみなどもある。日本でこの年齢でこの部屋だったら、ちとイタイ。
「チェルチェル、私のは?」
テーブルには俺に出されたお茶と、チェルシアさんの分しか無い。
俺の湯呑はベージュ一色の普通のデザイン。多分来客用なのだろう。チェルシアさんのはかわいらしい女の子の悪魔とハートの絵が描かれている。
チェルシアは、ヴェーラを一瞥しただけで何もせず椅子に腰掛けた。
つまり、お前にやる茶は無いと。
そして、ヴェーラがそこに存在してないかのような素振りで話しかけてきた。
「先程は……すみません。いつもあの子に嫌がらせを受けてばかりいたもので……失礼しました」
遠い目をしている。敢えて目の前にいるヴェーラを見ないで『その子』では無く『あの子』と表現してるあたり、本気でこの場にヴェーラが存在していないことにしたいようだ。
とは言え、流石にさっきのやり取りを無かったことには出来ないんだろう。申し訳なさそうに俯き、またチラチラと俺の顔を見ている。
恥ずかしいんだろうな。
俺もあったな。母親だと思い込んで「ママ、おかえり」って玄関開けたら宅配業者だった時は子供ながらに赤面した。
「いえ、こちらこそ急な訪問で御迷惑をお掛けしてしまって……それに」
俺は横に座るヴェーラを見やる。
そんなヴェーラは、
なんで? 私、チェルチェルとお友達だよ? と首をかしげてはブツブツ言ってしょんぼりしている。
はぁ。これからも溜息ばかり出そうだ。
「こいつが御迷惑ばかりおかけしているようで本当にごめんなさい」
ヴェーラとも初対面に近いので、俺が謝る筋はないのだが、無性に謝りたくて仕方が無い。
きっと、チェルシアさんもコイツに振り回されていたんだろう。妙な仲間意識を持ってしまう。
「いえ、そんな! 貴方様に謝られることは何もっ! えっと、お名前は……」
貴方様? いい所のお嬢さんなのか?
「カナ……カナタリアです」
本名は伏せておかないとな。痛い目を見るのはもうゴメンだ。
「カナタリア……素敵なお名前ですね。あの、ヴェーラとの関係は……いえ、ご要件は?」
何故か最初の質問を取り下げて、にこやかに聞いてくれた。
ん? なんか、やたらと好印象じゃないか? 期待していいのか? さっきから思わせぶりなんだが?
あぁ。この人に召喚されたかった。もっと話していたいところだが、のんびりしていられない。夜勤明けだと言うチェルシアさんにも悪い。
「カナタでいいです。その、変な事を聞いてしまいますが……」
「変な事っ!?」
何を想像させてしまったのか、目を見開いたあと、また顔を伏せさせてしまった。
耳まで真っ赤だ。
うーん。いい感じの常識人かと決めるのは早計かも。この人もちょいと怪しいぞ。
いやいや、決めつけるのは良くない。きっと大丈夫。大丈夫。
「あっ、いや、すみません前置きが悪かったです。えっと、チェルシアさんはヴェーラと同じ魔法使いさんですよね?」
念の為聞いておく。
「え? ええ。使い魔もいます」
それが何か? という感じなんだろうな。まぁ、誤解が解けたようで、チェルシアは湯呑を両手で包むように持ち上げる。
「あぁ、よかった。ちょっと訳あってチェルシアさんの使い魔とお話がしたいんですが……」
ガシャン。
チェルシアさんの両手から湯のみがテーブルに落下する。幸い湯呑みは壊れることなく、中身をぶちまけて転がった。
女の子の悪魔の絵が泣いてるように見える。
「わ、私の使い魔とですか?」
そう言いつつ、手早く湯呑みを片付けて、テーブルを忙しなく拭いている。
無駄に何度も同じところを。
ヴェーラの方にも熱いお茶が流れているのだが。今は敢えて拭いてないんじゃなくて気付いてないっぽい。
なぜかやたらと焦っているな。
「それは……その……。ヴェーラ! 貴方、もしかしてこの方に、カナタ様に私の使い魔について話したの!?」
なんか雲行きが悪いぞ。
「えっ? ううん。まだ言ってないよ。チェルチェルがサキュ……」
ようやく話しかけられて、嬉しそうなヴェーラが何やら口走りかけたが、
「あーーー!!! よ、良かった。言ってないならいいのよ! 言ってないなら。と言うか、秘密って言ったよね? 私の使い魔については誰にも言わないって!」
「そ、そんな約束したかなぁ?」
「したわよ! 覚えてないなら、なんなら今、 今したわ! 言っちゃダメ! 言ったらもう二度と口聞かないからね!」
余程知られたくないのか?
「うう。それは困る。でも、話せないとカナメ……じゃなかった。カナタが困るんだけど……」
おい。 今サラリと俺の名前言ったぞ。
後で釘さしとかねば。
しかし、そんな事に気付かないくらい動転している。
「えっ! そ、それは……でも、どうしよう」
なんだ? なんで初対面の俺なんかにそれ程役に立とうとしてくれているんだ?
何故だろう。素直に喜べないんだが?
それはそれとして、思いつく。
別に目の前で召喚させなくてもいいんでないか? こっちは情報が欲しいだけだし。
「本当にすみません。魔法使いさんにとって使い魔の存在は重要な事ですもんね。あの、直接会わなくても大丈夫なんです。聞いていただければ……その、召喚後の帰還方法について」
「え? 帰還方法? 使い魔が消える時の?」
「そうです。こればかりは召喚獣か使い魔に聞かないと分からなくて」
なんでそんな事気にするのが不思議だろう。
逡巡したチェルシアは、
「あ、もしかして魔術協会の方でしたか?」
「はい。そんなところです」
俺は使い魔について研究している者か何かだと勘違いされた。その方が都合よくていいからそのままにしておく。
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