第11話 フラグを立てまくれば

 「この村の屋台通りは来たことがなかったんですよ」

 「それは良かったです。僕も一度通ったことはあったんですけど、こうしてのんびりと見て回るのは初めてなので、今日のデートが凄く楽しみだったんです」


 俺は今、昨日の見合いを無事に終えた常喜さんと、その相手方であるレイナウトさんのデートを尾行している。

 タイムリープのことも気にはなっているが、とりあえず今日のところはこのデートを見届けなくてはならないので、タイムリープ問題はひとまず置いておくことにした。

 

 彼らがデートで訪れている場所は『我が社』のある村、カンパニ村の最西部。村だけでなくこの街で最も栄えている商店街として有名な、ダイヤモンド通りと呼ばれる屋台通りである。

 数百もの屋台が並び、もうそれだけで日本のショッピングセンターを軽く凌駕しているのだが、雰囲気が祭りに近く、ただ歩き回るだけでも楽しめる。

 日本にもこんな場所があればと切実にうなる。


 「このキーホルダーすごく可愛くないですか?日本にいた頃から、リスとかそういう小動物好きだったんですよ」

 「そうですね。自分もそういう小動物とかかなり好きですよ。こちらに向けてくる瞳が本当に愛らしいんですよね」


 常喜さんとは、もうすでに打ち合わせをして、屋台通りをどのように回るか、どのような話をするかは決めてある。

 手順はしっかりと押さえつつ、デートを進めているようなので、普段サラに対して抱いているような心配は無用のようだ。


 「あ、なんだかいい匂いがしてきましたね。結構、こういう食べ物の匂いって、そそられてしまうんですよね。」

 「それ、わかります。お腹は減ってないはずなのに、匂いにつられてお腹鳴っちゃうときあります」


 常喜さんとレイナウトさんが顔を見合わせ、談笑しながらご飯の話題に移行する。

 時間帯的には昼前ではあるが、お互いの食の好みなどを聞き出して店でも探していれば、ちょうど正午に差し掛かるだろう。


 よし、いいぞ。ここまでは俺の計画通り。

 

 「常喜さんはどんなものがお好きなんですか?」

 「僕ですか?」


 いや、常喜さんしかいないだろ?

 言いたくなる気持ちはわかるが。


 「僕は比較的なんでもいけるクチなんですよね。あ、でも、しょっぱいのとか、酸っぱいのとかはあまり食べないですね。レイナウトさんは?」

 「モカでいいですよ。私は甘くて辛いものが好みですね。外食するときも基本的にそういったものしか頼みませんし」

 「なるほど」


 えぇ!?今のでわかったの!?


 甘いのと辛いの、どっちが好きなんだよ!って俺ならツッコんじゃいそうなんだけど…。


 まあ、常喜さんにどんな店を選ぶかは任せているから、俺がわからなくても差し支えはないんだけどさ。


 「あっ、あそこなんてどうですか?『日本発!甘辛専門店』って書いてあって、僕にもモカさんにもピッタリじゃないですか?」


 あぁ、なるほど、そういうことね。

 そしたら、なんでレイナウトさんは『甘辛』と言わずに、『甘くて辛いもの』なんて言ったんだ?


 「へぇ、甘辛なんてあるんですねぇ。なんだかおいしそうです。私、興味が湧いてきました。入ってみましょ」

 「え?え、えぇ、まぁ…」


 なんだか、マズい気がしてきた。

 いや、だってレイナウトさんのあの『へぇ』って初めてということだろ?

 やっぱり、『甘くて辛いもの』と『甘辛』って違ってたんだよ!


 常喜さんもそのことには感づいていたようだから、たぶんどうにかなるとは思うけど…。


 俺は、甘辛なんぞに興味はないので、その専門店の向かいにあるファストフード店っぽい屋台で昼食を済ませることにした。


 屋台通りの屋台の形式は大きく分けると二つある。


 一つは移動式のもので、屋台通りから外れた脇道に伸びる『手押し屋台通り』でおっさんが声を張り上げながら菓子類やら日用品やらを売っている。

 屋台通りといっても、一本の長い道の両脇に屋台が並んでいるだけでなく、そこから延びる数十本の脇道にもずらりと屋台がひしめいており、その脇道では移動式屋台での営業が許されているのである。


 もう一つは不可動式の屋根付き屋台。屋台で買って、屋台奥に設置してあるテーブルで買ったものを食べられるタイプのものが多い。まあ、なぜか駄菓子屋のような雰囲気のものもあったりするのだが、この世界ではそれも屋台と呼ぶらしい。


 日本でいうところのアーケード街のようなものだ。

 ただ、このカンパニ村の屋台通りは、日本のアーケード街とは比べ物にならない程の店舗というか屋台が並んでいる。とても一日や二日で回りきることは不可能な程のその屋台の数に、誰しも最初は感動を覚えるという。


 もちろん、俺にも心に響くものがあった。

 ただ、それは屋台の数ではなかった。

 俺は、商業人の熱気に感動した。単に人通りが多いだけの日本のあの冷めた商店街にない必死さに、俺は人間の強さの根幹を見た気がした——


 ——までは言い過ぎだとしても、それくらい必死になってる姿が素晴らしいと思った。


 俺はそんな屋台通りを食後に少しボーッとしながらしばらく眺めていると、常喜さんたちが姿を見せる。

 

 「すみません。本当に自分の勘違いで…」

 「いや、別にいいですよ。もともとの出身が違うんですし…」

 「そうは言っても、モカさんに嫌な思いをさせてしまったので…」

 「大丈夫ですよ。自分も日本の食を学べましたし…」


 あぁ…、案の定でしたか…。

 嫌な予想って、本当に的中するもんだよな。


 でも、そしたら『甘くて辛いもの』って何なんだろうか。


 「そ、そうだ。次に行きましょうよ、常喜さん。ただ単に口に合わなかっただけのことですから…」

 「わかりました。じゃ、じゃあ、今度はこういった失敗をしないように気を付けます!」

 「そうです!その意気ですよ!」


 おい、そのフラグ立てんなよ!

 それに、常喜さんが励まされてちゃダメだろ!


 「よし、それじゃ、今度はメインロードじゃなくて、手押し屋台通り行きませんか?結構、小物が多いって話なので、そこでお土産なんか見て歩くのはどうですかね?」

 「お土産ですか。いいかもですね」


 いや、待ってくれ。土産巡りを午後一で潰したら、その後あんたらは何をするんだ?

 門限を決められたわけでもあるまいに、夕方で別れたらなんだか中学生や小学生のデートみたいだぞ。


 もはや手順すら崩れ始めた彼らのデートに、俺はどうにか成功してくれよと切実に願いながら、尾行を続けるのだった…。




   *




 率直に言おう。

 デートは失敗した。

 あの後、土産巡りをしてから、『祭通まつりどおり』と呼ばれる日本の夏祭りを模した通りに移動したまではまだ良かったのだが、そこからが問題だった。


 女性受けのいい景品が並んだ射的をやっては、なぜか跳弾して胸パットが当たり、紐の先に景品が括り付けられていて紐を引っ張るとその景品が当たる屋台でも胸パットが当たり、二人で型抜きをしてもやはりパットが当たっていた。


 いやいやいや、逆に凄いけどね。

 どうしてそこまで同じものが当たるんだよって常喜さんがツッコんでいたけど、気持ちは凄くよくわかる。


 そして、今度はレイナウトさんが代わりにやると、どの景品でも育毛剤が当たっていた。

 

 俺そこまで剥げてねぇよ!ってキャラ崩壊を始めながら常喜さんが再度ツッコんでたので、俺は物陰から俺が当たった景品に『あんたは何を言っとるんじゃ』と書き込んで常喜さんに投げつけておいた。

 

 レイナウトさんもごめんなさいと言いながら、受け取った胸パットを捨てていたので、おあいこな気もするが。


 その後も彼らは相性の悪さというか、自分たちの不運さを見せ合い、最後はレイナウトさんからお断りをして、各自家路についた。



 俺も溜息を吐きながら宿に戻ると、サラをパフが宥めていた。

 というか、サラはわかるが、どうしてパフまでこの宿で寝泊まりしてるんだよ。


「なぁ、どうしたんだよ、サラ。だいぶ不機嫌そうだな」

「どうしたもこうしたもないわよ。タクトがまた私のこと置いて行ったからでしょ!無断で瞬間移動させられるとすっごく痛いのよ」


 俺はお前にこの街に連れて来られたとき、その強制瞬間移動をさせられたんだが、お前の口はそれをわかっててそんなセリフを吐いてるのか?


 よし、今日のストレス解消も兼ねて、こいつのほっぺをつねってやろう!


 しかし、行動に移そうとした瞬間、逆に俺がつねられているような感覚が…。


 見ると、パフがジトっとした視線を向けていた。

 

 アハハハ、なーにかな、その視線は。

 というか、また俺は風呂上がりに呼び止められるんじゃないだろうな。


「ほら、誤りなさいよ。私に痛い思いをさせてしまってすみませんって!ほら、早く!」

「す、すみません…でした…」


 かなりの屈辱だが、今の俺にこいつらと言い合う気力はなかった。

 もういいわ。風呂入って寝る。


「とりあえず、銭湯にでも行くわ。サラたちは入ったのか?」

「あんたが返ってくる少し前にね」


 俺の質問にパフが返す。

 何か言葉に裏がありそうで、すごく怖いんだが…。


 パフの返事が気にはなりつつも、俺は準備をするといそいそと銭湯へ向かった。




   *




 案の定、銭湯上がりの夜道にパフがいた。

 今回は、宿の目の前ではなく、街頭の近くに立っていた。俺の上着も持って来ている辺り、俺の返事を聞く気満々ということだろう。


 というか、それを心配して俺は昨日とはルートを変更したのだが…。


「どうして、ここがわかったんだ?」

「サラが教えてくれたのよ」


 なんてこった。

 あいつは引っ張られる方向で俺の位置が何となくわかるのか。


 にしても、さすがパフだ。

 用意周到すぎて逆に引くわ。

 この分にはきっと、サラの邪魔は入らないようにもしているだろう。


「私が昨日した質問は覚えてる?」


 俺はパフから上着とともに質問を受ける。


「あぁ、覚えてるよ。今、パフのことをどう思ってるかってことだろ?」

「なら、いいわ」

「はぁぁ…。それさ、今じゃなきゃダメか?何というか、まだ時期が…」

「それじゃ、不公平でしょ?私の気持ちを知っておきながら、何もしてこなかったあんたにも非があると思うけど?」

「だって…、いやそれは…」


 告白されて気持ちを知っただけであって、そのときすでに手遅れだったんだからどうしようもないじゃないか。


「私がどうしてこういう態度なのかわかる?昨日、誤魔化されたのもあるけど、私は今日のタクトの態度に怒ってるんだからね」

「え?」

「あんた、今日私と挨拶以外に言葉交わした?朝起きて支度したら、何も言わずに行っちゃったじゃないの!普通、昨日みたいに『また今度』って言ったら、言った側から場を設けるもんでしょう!」

「……………………」


 また日本とこの異世界での常識違いを説かれるものかと思ったら、今朝の俺のミスを指摘された。

 確かに、パフの言う通りだ。でも今朝の俺は、今日の常喜さんたちのデートのことしか頭になかったからな。


「それは…、その…、ごめんなさい」

「なら、その責任くらい取ってくれてもいいんじゃない?」


 責任と言われてもな…。

 昨日、何も起きなかったとはいえ、もしかしたら今度どちらかが気持ちを伝えたら、タイムリープしそうだしなぁ……


 ……って、


 そうじゃん!!!


 タイムリープすればいいじゃないか。


 そうだよ。俺の能力は俺の何かを変えるのには不向きだが、俺が何かに変化を与えてやることはできる!!

 

 でも、どうしようか。

 昨日、俺はパフに告白されたにも関わらず、タイムリープすることができなかった。

 一番最初のタイムリープでは、パフに告白されただけで俺はタイムリープしたと思ったんだが…。

 

 どうしてだろうか。前回と何が違うんだ?


「ねぇ、黙ってないで、何とか言ってよ…」

「ごめん、パフ。少し考える時間をくれ」

「考えるって…」


 前回は俺が勢い余って告白しちまって…。


 って、もしかして、俺が告白しなきゃいけないとかか?

 それなら、考えられる。

 一番最初のタイムリープの時も、舞い上がって何をしゃべっていたかよく覚えてなかったしな。

 そのときも勢いで告白しちゃったのかもしれない。


 それなら……。


 俺は覚悟を決めるように深呼吸すると、パフと向き合ってこう告げた。


「パフ、俺もお前のことが好きだ。もし、俺で良ければだが、こうして一緒にいてくれると嬉しい」

「え?あっ、って、いきなり?いや、私からどうなのか答えてとか言ったけど…」


 まあ、そうなるだろうな。


「悪かった。なかなか覚悟が決まらなかった」


 もちろん、タイムリープのだが。


「そう、ストレートに言われても…。でも、私も嬉しい。きちんと答えてくれて」


 パフは俺に微笑むと、「ありがとう」と口にする。


 やめてくれ、その笑顔は眩しすぎる…。


「じゃあ、これから私たちカップルになるってことよね?」

「まあ、そうなるな」


 タイムリープが起こらなければだがな。


「このまま何も起こらなきゃ、タクトとずっと一緒にいられるのね!」


 あっ、フラグ。


 


   *



 

 果たして、俺の体は昨日のデートスポットの屋台通りに連れてかれていた。

 

 なるほど、フラグとはああいった使い方もできるのか。

 知らなかったぜ。


 それにしても、あそこまで俺の言葉を信じて、俺に気持ちを打ち明けてくれるパフとの関係を今後どうするべきなのか、きちんと考えておかなければならないな…。


 きちんと考えなければならないこととして、もう一つ。


 リープ先が土産屋から、屋台通りへと更新されていることである。

 まあ、あの長いくだりをもう一度やる羽目にならなくてむしろ良かったが。


 これで、はっきりしたな。

 俺は俺を好きでいる相手に告白すると、半日前に戻るのだろう。

 ならば、俺はこの能力を駆使して常喜さんたちのデートを成功させ、日本に帰るだけだ。


 楽勝だぜ!

 これは勝ちゲーだ。


 ありがとうございます、神様。

 やっと俺にも、ツキが巡ってきたようだ。




 しかし、このときの俺は知らなかった…。

 これがフラグになるなんて…。

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