第10話 条件が整わなければ

「すみません。こんな形で付き合わせてしまって」

「いえいえ、いいですよ。同い年なんですし、気軽にいきましょ」


 俺はファニエスさんに頼んで一週間の休暇をもらい、お見合いの仲介者として、日本から連れてこられた男性と面会した。


 俺とその男性は『我が社』のある村を駄弁りながら歩き回り、お互いの趣味や日本での生活など、普段胸に秘めて話せない懐郷の気持ちを解放するかの如く、思う存分会話を楽しんだ。


 ひとしきり思い出話をエンジョイした後、場所を喫茶店に変えて、俺は本題に移った。


「それでお見合いの件なんですが、実際に行う前にきちんと常喜つねきさんの気持ちを確認しておきたいと言いますか…」

「というと?」

「お見合いを本気で望んでいるのかどうかってことですね。実際に顔を合わせる前に確認しておくよう、言われていますので」

「なるほど、そういうことですか。そうですね。僕はこの異世界で生きていきたいと思っているんです。そこで、もし僕と一緒に人生を歩んでくれる方がいたらより幸せになれるだろうなと思って、『我が社』に頼んでこうしてお見合いの場を設けてもらったんですよ」


 なるほど。

 わざわざ場の提供を望んだ者が、その気がないわけないだろということか。


「そうですか。わかりました。では、本番は明日ですので、今日の夜は夜更かししないように気を付けてください。今日はこの辺でお開きにしましょう」

「はい。本当に身勝手な理由で付き合わせてしまって申し訳ないです。今度、温泉街でも案内しますよ。僕のお気に入りのスポットがあるんです」

「そうなんですか。楽しみにしておきます。では、また明日」


 温泉街は色々な意味で堪能してきたのでもういいですと心の中で答えながら、俺はその場を後にした。




   *




 俺は『我が社』にクレームを言いに行った際に、俺より三年前にこの異世界に連れて来られたという日本人男性、常喜賢人つねきけんとのお見合いの立会人をしてくれと頼まれた。 

 

 『この世界の特にこの街では人口減少が著しく起こっております。原因は二つ。人間の女性とヤるのを諦め、モンスターで妥協してしまう人間が増えたことと、この街ではなく、他の街や世界に移ってしまう人が多くなったことです。前者は業者にでも頼んでモンスターの数を減らしてもらえば解決が望めるかと思うのですが、後者は我々が対処しなければなりません』


 いやいやいや、対処と言ったって無理だろ。

 日本に女を持ち帰るように言われて無理矢理この世界に連れて来られたのに、この世界の女性が減ったから日本じゃなくてこの世界で女増やせなんて、身勝手が過ぎる。


 そもそも、こいつらは人様ひとさまの人生を軽く考えすぎだ。

 異世界転生ならまだしも、異世界召喚をそう簡単に行っていいわけがない。


 だから、俺は断るつもりだった。

 これから俺が依頼——というか命令される仕事は、どうせろくでもないものだろうと思って。


 この言葉を聞かなければ。


 『そこで、鈴木さんにはこの世界で生きてもいいという方のお見合いの仲介人になっていただきたいのです。もしその見合いが成功すれば、鈴木さんにもう一つマジックアイテムをお渡ししましょう。もちろん、日本に帰還することだって可能です』


 何という甘言だ。

 これで断れる奴がいたら見てみたいわ。


 『わかりました。引き受けましょう』

 『ありがとうございます。では、明日もう一度『我が社』に来てください。お見合いを希望されている日本人の方をご紹介します』



 とまあ、そんなこんなで引き受けたはいいが、お見合いを実際にどんな手順でやるかはすべて俺が決めろということだった。


 おい、立ち会って成功すればいいって話じゃなかったか?

 成功まで導けとまでは言われてないぞ。


「それで、パフとサラは今日は一体どこで何をしてきたんだ?」


 俺は予約していた宿に戻ると、先にベッドでくつろいでいた女二人に問いかける。


 というか、サラは俺から離れられないはずなのに、一度も見かけることがなかったのだ。


「私とパフはあんたを追いながら食べ歩きでもしようと思ってたのに、屋台出してたおじさんに着ぐるみを着せられて屋台の宣伝させられてたのよ」


 あぁ、なるほど、そういうことね。

 ときどき見かけた、あのリスの着ぐるみはこいつらだったのか。

 

 どうやらサラは職場を離れてもご奉仕していたようだった。相手が誰かはわからんが。

 それにしても、よくパフがサラに付き合ったな。


「ホントに今日は疲れたわ。タクト、マッサージしてぇ~」

「あぁ、いいよ。って、今すぐはしないぞ。俺が風呂に入ってからでいいだろ?」

「え?マッサージなんてしてるの?」


 俺とサラはバイトが終わった後、マッサージしあうことが多く、最近では俺たちの日課になりつつある。

 そのきっかけは、仮とはいえ夫婦になったのだから、それらしいことをしてみないかと俺が提案したことにある。


 なんだか、夫婦というより仲のいい兄妹の絵面に見えるが、意外にもサラがマッサージのツボを押さえていたので俺はもう気にしなくなっていた。


「ねぇ、夫婦って言ったって、単なる手違いってだけなんでしょ?なんでマッサージなんてやってるのよ!狡いわよ!私も混ぜなさいよ!」


 パフが仲間はずれにされたとでも思ったのか、顔を赤らめて拗ねている。

 こいつ、いつも赤くなるけど、何かの病気にかかってるとかじゃないよな。


「わかったから、そう叫ぶなって。俺が風呂に入ってるときにサラにやってもらえよ」

「え?いや、それも嬉しいけど…、そうじゃなくて…」

「なによ。私じゃ不満だって言いたいの?」

「そんなこと言ってないじゃない」


 よくわからないサラの当てつけから、お互いの寝間着を掴んで言い合いを始めた。


 こいつら、仲がいいんだか悪いんだかよくわからねぇな。

 普段は店で楽し気に会話しているくせに、こうしていきなり取っ組み合いの喧嘩をおっぱじめるときがある。


 アレか。仲がいい程、喧嘩するっていうアレ。

 小さい頃よく見た、アメリカ版アニメの頭が切れるマウスとおバカなキャットの追い駆けっこ的なやつ。


 まあ、お互いに居づらくならなきゃ、それでいいんだが…。


 姉妹喧嘩のようにも見えるサラとパフのくだらない言い合いを尻目に、俺はシャワーを浴びに銭湯へ向かった。




   *




 銭湯からの帰り道。

 俺が宿に戻ると、日本のキャンプ場でよく見かけるコテージのようなその宿の入り口の脇に、一人パフがたたずんでいた。


「おい、どうしたんだ?冷えるだろ。中入ってトランプでもしようぜ」


 俺が部屋に戻るように促すもパフはその場を動こうとしない。


「ねぇ、あんたってさ、結局サラとどういう関係なの?」


 いきなりこいつは何を言い出すんだ?


「それはこの間言ったろ?サラは俺が日本に帰るために…」

「そうじゃなくて!私が聞きたいのはそれじゃないのよ…」

「じゃあ、何が聞きたいんだよ。それと、その話は中でできないか?このままだと湯冷めして風邪ひきそうだ」

「中にはサラがいるじゃない」


 あぁ、なるほど、そういうことね。

 こいつは俺に好意を寄せてるんだもんな。


 俺とサラの親し気な空気が気に入らないのだろう。


 パフを弄んでいるようにも見えるが、本来ならば俺はパフの気持ちは知らないはずで、俺から断るのも変な話だ。

 それに俺もパフのことは嫌いではないわけで、断る理由もない。


「そ、そうか…」

「はっきりさせておきたいのよ。あんたは私のことを本当はどう思ってるの?私は…」

「待て待て!そういう話なら、場所を変えよう」


 こんな人通りの多い場所でするような話ではない。

 それにまたタイムリープが起こるのも面倒だ。

 『我が社』でのやり取りや今日の面会を一からやり直すなんて、考えただけでうんざりする。


 どうしたもんかなぁ…。



「それで、結局のところどうなのよ。私じゃなくて、いつもいつもサラのことばかり…」


 宿の近くのひと気の少なそうな路地裏に場を改めると、拗ねるときに見せる表情でパフがそう尋ねてきた。

 本気でシュンとしているパフは可愛らしいが、毎度、こうして付き合わなければならないのはやめて欲しい。


「どうって言われてもなぁ。サラのことは俺にも非があるし、いつも近くにいるんだから、仲が良くなるのは仕方ないだろ」

「だけど…、やっぱり……」

「サラだけ特別扱いなんてしてないだろ。パフとだって、こうやって二人きりで話すことも多いんだしさ」

「それは知ってるけど…、あんたが私に呼び名付けてくれてから…、あまり…その…、関係とか……」


 あぁ、もう焦れったい!


「俺もパフには悪いことしたって思ってるよ!それが告白になるって知らなかったとはいえ、呼び名を付けちまったんだから。だ、だからな…、パフ…。も、もし告白されて俺に気を持ったんだったら…、それは……」


 勢いで吐き出してしまったものの、徐々に語尾に力がなくなっていく。


 あぁ、ちくしょう!

 こんなことは俺だって言いたくはないんだよ!


 でも…、相手の気持ちを知ってて、何もしないのはダメだろうし…。


 ずっと黙認していた自分の弱さに終止符を打たなければ、俺だけじゃなくパフも被害を被る。


「それは…勘違いだよ。こ、これからは俺のこと…気に掛けなくていいから……」


 言っちまった。

 パフはきちんと俺を見据えて、自分の気持ちを打ち明けてくれたっていうのに。

 パフが求めているものをわかっていながら、俺は誤魔化してしまった。


 でも、これでパフも自分に合った新たな相手と…。


「勘違いじゃないわ。私はタクトのことが好きよ」

「……え?いや…、えぇ!?」


 俺はそんなセリフしか出てこなかった。

 その真っ直ぐした瞳と言葉に向き合うことができなかった。


 パフの、サラにも引けを取らない立ち直りの早さに驚いたのもあるが。


「にしても、私の気持ちに気付いていながら、放置って…。酷いわね…、タクト」

 

 ……………………。


「それで…、い、いつから私の気持ちに気付いていたの?」

「えっ、あぁ、えぇと…。旅館に泊まっ…」


 …ってはいなかった。

 パフとは結局、土産屋で別れたんだった。


「つい最近だよ」

「ふーん」


 真実を言うわけにもいかなかったので、嘘ではない言葉で誤魔化しておいたが、あぶなかった。

 フリーズしていた頭がギリギリで正常値を取り戻したようで助かった。


「なんか、他にも色々とありそうだけど、まあいいわ。それでタクトは私のことが好きなの?」

「え?いや、さっき、その答えを言ったと思うんだけど…」

「それは私に名前を付けたときの話でしょう?今はどうなのよ」


 今だってその気持ちは変わらない。

 そう告げようと思った。


 そう思ったのに、言葉は出てこなかった。

 思い通りに口が動いてくれなかった。


「黙られても困るんだけど…」

「その…、俺は……」


「タクト様ぁあぁあ!!!!ムシ出た、ムシぃーーーー!!!!」


 俺が言葉に詰まっていると、その空気を読みとったかのように、サラが俺とパフの空間に割り込んできた。


 パフにとっては文句でもつけたいサラの行動だろうが、俺にとっては助け舟。

 出船に船頭待たずとも言うし、ここは流れに乗っておくが吉だ。


「ムシくらいで、叫ぶんじゃねぇよ。もう夜なんだ。近所迷惑だろ?」

「だって、結構大きいんだもの!粉みたいなのを辺りに撒き散らしてバタバタ飛んでるの!」

「それ、蛾じゃないか?」

「ガ?」

「まあ、いいや。戻ったら、外に逃がしておいてやるよ」

「ねぇ、私の話はまだ終わってないんだけど…」


 パフが不満げにそう言ってくる。


「パフの話?そういえば、あんたたち妙に静かだったわよね?タクト、パフと何かあったの?」


 おぉ。意外と鋭いところもあるんだな、こいつ。

 普段のとんちんかんなサラからは想像できない発言に、俺は少し感心してしまった。


 だが、ここで真実を語るのは野暮というものだ。


「お互いの好みの話だよ」

「なるほど。パフったら、定食があまり好きじゃないのに毎日食べに来てるものね」


 さすがサラだ。

 普通、何の好みか聞いてくると思うんだが、勝手に的外れな憶測をして納得したように頷いている。


 …って待て。

 パフは定食好きじゃなかったのかよ。


 俺はパフの方を見やると、宿題を忘れてきた生徒が授業で先生に指名されたときのように、パフは慌てて目を脇に逸らしながら俯いて誤魔化そうとした。

 いや、そんなことしてもバレバレだぞ。


「お前、そこまでして…」

「う、ぅうるさいわね!いいでしょ!私の勝手よ」

「そ、そうだな…」


 好きじゃないものを毎日食べてまで、梅福停に来る必要ないだろうに…。


「まあ、なんにせよ、話は中でしようぜ。ここは冷える。それとパフ、話の続きは今度でいいか?そういう話は流れや勢いでしたくない」

「うん……、そういうことなら……」


 パフは明らかに溜息を吐きたそうにしながらも、了承してくれた。


 サラは目をぱちくりさせていたが、どうやら部屋の中のムシの方が気になるようで、早くしてくれと言わんばかりに無言で俺の袖を引っ張ってくる。


「わかったから、袖を引っ張るなよ。これ、借り物なんだぞ」

「でも、こうした方が女子力高いって何かの本に書いてあったわよ?」


 いや、俺にお前の女子力を見せつけてどうすんだよ。

 というか、お前がどうこうしようと、今さらお前に対する俺の評価は大して変わらんぞ。


 ま、こいつのよく分からない言動に一々反応していても大変だしな…。

 隣で余計に不機嫌になっているパフ同様、気にしないことにしておこう。


 俺たちは宿に戻ると寝床に付こうとするが、例の如く先に寝付いたサラが川の字の真ん中で大の字になりやがったので、俺とパフは狭い部屋の端の方で縮こまって寝る他なかった。


 まあ、俺としては前みたくパフに寝込みを襲われることがなさそうな配置なので、助かったが…。


 まあ、今回ばかりはサラを無理矢理叩き起こしたりしないで、礼を言っておくとするか。


 少し経ってもサラの寝息しか聞こえなかった。

 パフもやはりまだ寝付けていないようだ。

 俺も寝付けていないし、そもそも寝付けるわけもないのだが…。



 『それは私に名前を付けたときの話でしょう?今はどうなのよ』

 


 それにしても、なかなかに的を射た意見だった。

 過去は過去。今は今…か。


 俺ですら、気付いていなかったように思う。

 実際、今の俺はパフのことをどう思っているのだろうか。

 

 そう自分に問いかけ、自分が何と答えを告げるのか。

 なんとなくでなら、その答えが見えている気がする。

 もしそんな曖昧な答えでもいいのなら、今すぐパフに先程の返事をすることだって可能だろう。


 しかし、今は時期がマズい。


 再び過去へ戻ってしまうと、もう一度一からやり直し、さらにまたこの展開に直面することになるのだ。


 こんな理由で先延ばしにされるパフには申し訳ないが、俺は……


 ……って、あれ?


 変だな……。

 ちょっと、これはおかしいぞ。

 

 ……え?


 いや、なんで?

 

 俺、告白されたよな?

 さっきは嫌われたと思っていたのに告白されて、そのことばかりに気を取られていたから気付かなかったけど…。


 どうして、今回、俺は――



 ――タイムリープしなかったんだ?

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