第9話 『我が社』に掛け合ってみれば

 俺の目の前には、サラに解雇通告をしたあの眼鏡のお姉さんがいた。


「鈴木拓斗さん。あなたは試練を達成しなければなりません」

「いや、だからその試練ってのがクソだって言ってるんですよ!」

「しかし、課せられた試練を取り消すことはできませし、変更しようにもそれ相応の理由が必要ですので…」


 俺は土産屋でパフといったん別れ、サラを連れて再び『我が社』にお邪魔していた。今回ばかりは譲れない問題を抱えて。

 サラは一向に話の目途が立ちそうにないと感じたのか、先に馬車へ戻ってしまった。

 俺に叩き起こされてイライラしていたから、きっと寝なおしたんだろうけど。


 目の前で俺より少し年上に見える眼鏡のお姉さんが、困惑したように顔を引き攣らせているが、今は問題解決に尽力することが最優先だ。


「相手との恋が実ったら即ゲームオーバーの恋愛ゲームがあってたまるか!!クリアしようにもクリアできねぇわ!!そもそも試練自体が曖昧過ぎるんだよ!!」

「そう言われてもですね…。試練の内容は担当の者から直接告げられるはずなのですが…」

「仕事をクビになった元社員さんは試練の内容をすっかり忘れて、今は馬車の中でおねんね中だよ」


 本当にどうすれば解決できるのかね。

 この問題を引き起こした張本人は我関せずを決め込んで、睡眠しあわせを堪能しているが。


 まったく、元同僚に頭を抱えて悩まさせるなよな。

 お姉さんが今にも溜息を吐きそうなのに、必死にこらえてるぞ。眉間を左手で押さえてはいるが…。


 サラと違って、このお姉さんは溜息を押し殺すあたり有能な人材なのが伺える。

 さすがは正社員。受付を任されるだけはあるということか。


 そんなお姉さんは顔を上げると、やむなしといった感じでこう切り出してきた。


「では、こうしましょう。確か、鈴木さんはサラをマジックアイテムを使って娶った件についても、相談されに来ましたよね?」

「はい…、そうですが……。もしかして、取り消すことができたりするんですか?」


 というか、俺は悩みを抱えるとき、必ずサラに起因している気がする。


「いいえ、そちらについても取り消しは不可能です。ですが、サラが大変ご迷惑をおかけしているようですので、その責任は私共にもありますから、特例としてマジックアイテムの変更が少しだけでも利かないか、上に私が掛け合ってみましょう」

「そ、そんなことができるんですか!?」

「こんなことは異例中の異例ですよ。ですので、他言無用でお願いします」


 他言無用だろうが何だろうが、マジックアイテムの変更ができるのなら何だって聞こうじゃないか!!


 あ、でもその前に確認だけはしておかなければ。


「そうすると、サラはどうなるんですかね?会社に復帰とかできるんですか?あと、どんな変更が利くのかを聞いてもいいですか?」

「先にどのような変更ができるのかということから申し上げますと、妻にする相手をサラから別の方に変えるとかですね。それ以上の変更ができるようになるかは、私の交渉次第になりますが、自信をもってお答えできません。次にサラの件ですが、もしサラを妻から取り下げるとしても、一度鈴木さんが妻に選ばれてますから、サラが別の相手を見つけるまでは鈴木さんが面倒を見なければなりません。もちろん、『我が社』に復帰することも叶いません」

「………………」


 ……え?

 結局、問題解決にはなってないじゃないですか。

 その変更って、何か意味があるんですかね?


 というか、サラはどこまでいっても、俺と一緒ってわけか。

 これでは金魚の糞状態だ。


「まあ、サラを身勝手に突き放すのは無責任すぎるので俺も考えてはいませんが、ただ…、それしかマジックアイテムの変更が利かないとなると…」

「…そうですか。サラは随分と優しい方に拾われたものですね…」


 いや、それくらいは当たり前だろ。

 それよりも、マジックアイテムについてのコメントが欲しい。

 口に手を当てて微笑んでなくていいから。


「マジックアイテムの変更についてなんですけど…」

「あぁ、そうですね。つい元同僚のよしみで嬉しくなってしまいました」


 いや、そういうのは今はいらないから。

 そうやって焦らさないでくれよ。


 お姉さんはコホンと咳払いをすると、真面目な顔つきになってマジックアイテムの話に移ってくれた。

 

「マジックアイテムの変更の件ですが、もし鈴木さんが好きになられた相手を見つけたときに、その方とサラをチェンジすれば、タイムリープが起こったとしても、その相手方にも記憶が残った状態になりますから、両想いは成立すると思いまして…。そしたら、鈴木さんのお望み通り日本へ帰還することもできるかと」


 なるほど。考えもつかなかった…。


 だが…、それでは……。


「サラを見捨てることはしませんので、それは無理です」


 確かにサラを捨てれば、俺はパフと結ばれ、この異世界ともおさらばできるのかもしれない。

 だが、俺は私情で自分が負った責任を投げ捨てるほど、薄情な奴じゃない。


 すると、お姉さんは見るからに嬉しそうにニコニコと笑顔を浮かべていた。

 まるで、サラに解雇処分を言い渡した女性とは思えない程、嬉々とした表情だった。


「そうですか。そう言い切れる方に拾えてもらえてサラは幸せ者だと思います。では、本題に入りましょうか?」


 ……は?本題?


「申し訳ありません。少し鈴木さんを試させていただきました」


 なんだよ、試すって。


「試練といえど、その人には不可能なものが設定される場合があります。ごくたまにですけどね。例えば、足の不自由な方に見つけた相手とともにジャングルを駆け巡れ、ですとか、人見知りの激しい方にこの街で一万人以上知り合いを作りその中から相手を見つけろ、とかですね」


 おい、試練の内容が過酷すぎるだろ。

 というか、二つとも試練自体は恋愛に関係ないじゃねぇか!


「そういった方のために、試練を変更して、努力次第ではクリア可能な試練を新たに私共で設定するのですが、その前にその方の人柄を試させていただいているのです。だれかれ構わずに試練を変更してしまっては、試練自体に重みがなくなってしまいますから」


 なるほど。

 理屈はわかったが、そもそも試練をもっときちんと考えてから言い渡すようにさせろよ。

 試練をサラみたいな派遣社員に一任しているのが一番の問題だろ。


「では、私共の方で試練をどうするのかを決めるわけですが、もう鈴木さんは好きな相手が見つかったのですよね?」


 好きな相手?

 あぁ、パフのことか。

 嫌いではないし、むしろ好きではあるが、あんなにも真剣な表情を向けられるほど愛してはいない。

 

「結婚してもいいという程ではないですが…。好きになれそうな相手なら見つけています…」

「それでしたら、自分の恋愛を成就させるのではなく、他人の恋を実らせてあげるのはどうでしょう?」


 きたよ、こういう意味の分からない発言。

 なんでそういう発想に行き着いちゃうかな。しかも、だいたいこういう理解のしがたい言葉ほど、重要なことだったりするんだよな…。


「いいえ、そういうのは手馴れていないものですから…」

「はい、決まりですね。では、その明細書を今発行してきますから、少々お待ちください」


 そう言うと、眼鏡を掛けた即断で思い込みの強いお姉さんは、カウンター裏に引っ込んでしまった。


 なんとなく予想はしていたが、やっぱりこういう展開ですか。

 それに、散々『私共』と言っていたくせに、決定したのはお姉さんの独断でしたよね?


「はぁぁ…」


 あぁ、やっぱりここに来ても溜息かよ…。


 俺の異世界生活って、この一言に尽きるんだが、やはり、


「もうなるようになれ…だな……」


 日本に早く帰りたいと切実に思いながら、俺は自ずとそうぼやいていた……。

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