試練編

第7話 やっと相手を見つければ

「ここは一体…」


 気が付くと、俺はあの土産屋の前にいた。


「どうしたのよ。無断転送されたみたいなセリフ吐いて。私としては感想を聞かせて欲しいところなんだけど…」


 見ると、パフがこちらを下から覗き込むような形で見上げていた。


「何を言ってるんだ…?それにここは…、いったい…」

「何を言っているのか聞きたいのはこっちよ。いきなりどうしたのよ。二人で温泉に行こうって話をしたら、馬車を待っている間に商店街で時間を潰そうって言い出したのはあんたでしょ?」

「いや、そうなんだが…」


 俺が聞きたいのはそれじゃない。


 そんなことは知っている。

 なんせ半日前に実際に経験してるのだから。


「もう…、感想の一つも言ってくれないとか、ホントつめたいわね、あんた。ちょっと見損なったわ」


 俺は彼女の手元にあるストラップを見て問いかける。


「なあ、それってもう買ったんじゃないのか?」

「今、取り上げて見せたばかりなのに、買ってるわけないでしょ。バカなの?」

「…………………」


 なんとなく、俺が今置かれている状況が呑み込めてきた。

俺としては理解のしたくない状況だが…。

 

 そうか。この世界って……、


「タイムリープも起こんのかよぉおぉおぉお!!!!!」




   *




「ねぇ、タクト。この状況は何?起きたら宿じゃなくて馬車の中にいたんですけど…」

「それを聞きたいのはこっちの方だっての。っていうか、お前も覚えてるんだな。アレか。俺と離れられないから、タイムリープするときすら一緒なのか」


 俺はやはり馬車の中にいたサラを見つけると、連れ出して事情を尋ねる。


「サラも宿の記憶があるってことは…。またお前が何かやらかしたんじゃないだろうな?」

「私は何もしてないわよ。いつも何かあると、すぐ私のことを疑うのはどうかと思うの」


 いや、お前以外に原因が考えられないんだが。

 

 すると、こちらもまた状況を呑み込めてないパフが、話をややこしくしてくる。


「なんでサラがこんなとこにいるのよ!」


 すでに説明したんだが、記憶のないパフが思い出せるわけもなく。


「なんでって、昨日説明したじゃない」


 どうやらサラは自分がタイムリープしていることに気付いていないようだった。


「パフ、少し状況を整理するから、サラと二人で話させてくれ」

「え?どういうことよ。それって私にも説明してくれるんでしょうね!」

「あとできちんと事情は説明するから」


 パフは「わかったわ……」と言いながらも、むくれた表情を見せる。

 たぶん、その『わかった』ってのは、サラがこの場にいることを俺が問いただすと思っての返事だろうけど、今気にするべきはそこじゃない。


 俺は、ちょいちょいと手招きをして、ネグリジェ姿のサラを呼ぶ。


「なによ?本当に私は何もやってないわよ」

「俺もお前が宿で寝ているところは見てたから、たぶん意識的にはしてないんだろうが、無意識に何かをしなかったか?」

「どんだけ疑ってるのよ。それに無意識に瞬間移動なんてできるわけないでしょ!」

「これは瞬間移動じゃない。自分の格好とさっきの馬車に見覚えがあるだろ?つまり過去に戻ったんだよ」

「…え?そうなの?なにそれ。凄いじゃない!タクトって、そんなことできたの!?」


 あぁ、ダメだ。ポンコツだ。


「できるわけあるかよ。そんな能力があったら、とっくに日本に戻ってるわ!そうじゃなくて、『我が社』とかで聞いたことないか?こんな出来事があると過去に戻ってしまうだとか、タイムリープ能力にいきなり目覚めることがあるだとか…」

「ないわよ。基本的に『我が社』で任される仕事なんて、日本人男性をこの世界に送り込んで、案内して試練を設けるだけだもの」

「おい、今何て言った?」

「だから、『我が社』では日本人の男をこの世界に連れてきて、日本に連れて帰る伴侶を見つけてもらうだけだって言ってるの!」

「いや、それだけじゃなかっただろ。試練を設けるだとか言ってなかったか?」

「あぁ、試練のこと?そんなものもあったわね。覚えてなかったけど」


 おい、そういう大事そうなことはきちんと覚えておけよ。

 ってか、この世界に連れてきたときにしっかり説明しておかなきゃダメだろ。


「その試練では実際にどんなことがあるんだ?」

「試練は担当する社員によって違うのよ。私は考えるのが面倒だったから、広告を作ってくれた人にどんな試練がいいか聞いて、会社に提出したけど」


 なに、しれっと仕事サボったこと暴露してんだ。

 お前、仕事だけは真面目にやるキャラだっただろ。


 まったく、こいつって奴は…。

 お説教でもかましてやりたいところだが、今はそれどころではない。


「で、その内容とは?」

「よくわからないことを言っていたわね。確か、やっと結ばれそうになった相手を見つけたら、それが台無しになるみたいな内容だった気がするけど…。なんか、努力が理不尽に無に帰して愕然とする人を見るのが好きだって言ってたわ」


 なるほど。それでタイムリープですか。

 自分がやっと伴侶となってくれそうな相手を見つけると、少し過去に遡るわけか。

 そりゃぁ、愕然とするわな。


 要は、俺は相手を作ろうとしても過去に戻るから、一からやり直さなきゃいけないと。

 

 

 …………………………。



 …って、おい、ふざけんなよ!!

 日本に帰れねぇじゃねぇか!!


 人の努力が散るさまを見たいだとか、どんな悪趣味してやがんだ!!

 いつか絶対、そいつを見つけて、いい加減な奴に依頼したサラもろともとっちめてやるからな!!


「はぁぁ……」

「何よ。ひとりで納得したみたいに溜息つかないでよ」


 俺は、またこいつ――というか、こいつらの所為で振り回されなきゃならんのか…。

 そう考えると、サラの言葉を聞いても、俺の口からは溜息しか出てくるものがなかった……。




   *




 事の始まりはパフとデートに行った夜に遡る。

 パフは初めから俺と一泊二日のデートを考えていたようで、俺とパフは途中参加のサラを連れて、ニアの街のはずれにある温泉街に来ていた。


 どうやら泊りであることは俺以外は知っていたらしく、親公認ならぬファニエスさん公認のため、デート翌日もバイトはお休みということだった。

 パフはそういう根回しは早いらしい。


 源泉百パーセントのお湯につかり、店自慢の海鮮料理を食べて至高の時間を過ごした俺たちは、広々とした和室に布団を敷いて床に就いた……


 ……まではよかったのだが、俺が寝始めようとするとパフが俺の布団にいきなり入ってきたのだ。

 パフによると、


 『なんでせっかく一泊二日で遊びに来てるのに、すぐ寝ようとするのよ』


 とのこと。


 いや、知らないし。

 久々の余暇を満喫できたんだから良かったんじゃないのか、と思ったのだが、パフはそれだけじゃ満足できなかったらしい。


 幸いなことにサラは隣でスヤスヤとお休みになられていたので、あらぬ誤解を広められたりする心配はなかったのだが、同じ部屋に他に人がいる中でイチャついたりなんぞしたくないわけで。


 いやね、パフだって美人だし、プロポーションも申し分ないし、嬉しいんですけど……


 ……さすがに、急すぎて俺が対応しきれなかった。

 

 俺は掛け布団を勢いよくオープンにすると、布団の上に座ったままサラのことなど気に掛けずに大声で言い放った。


 『お前、何する気だよ!明かりだって月明りしかないし、他にすることないだろ!』

 『だって、おかしいじゃないの。私にあんなこと言っておいて、あの後何のアプローチもなかったのよ。寂しくならないわけがないじゃない』

 『おい、何のことだ?俺は知らんぞ。というか、俺はお前に振られたんだ。好みじゃない発言したくせに、その男の貞操を脅かすような行動を取るのはやめろ!』

 『いつ私が振ったのよ!』

 『俺はお前の口からタイプじゃないって言われたのをしっかり覚えているからな。俺がどれだけ傷ついたことか』

 『タイプじゃないってのは日本人のイメージが違うって意味でしょうが!』

 『……は?』

 『だから、日本人として思い描くようなタイプじゃないってことよ』

 『……………………』


 あぁ、なるほど、そういうことね。

 つまり、俺の早とちりだったってわけか。

 まったく紛らわしいことこの上ない。


 『あなたこそ、私に告白したくせに、愛想つかしたような態度じゃない…。実際、どうなのよ。私のこと好きなの?』


 ………え?


 はあぁあぁあ!?


 いや、藪から棒に何を言い出すのだ、このビッチは!!

 俺がいつどこで告白したって言うんだ!!


 『何か勘違いさせちゃったのかもしれないけどさ、俺に告白した覚えはないぞ』

 『…え?だって、私に呼び名を付けてくれたじゃない』


 この世界では呼び名を付けただけで、告白になるのか!?

 

 『もしかして、あんた、それを知らずに、私にパフなんて呼び名を付けたの?』

 『そうだ…けど……。なんか勘違いさせたみたいで…すまん……』


 別に俺が悪いわけではないと思うが、それでもこの件ばかりは謝っておいた方がいいな。


 というか、俺の『パフ呼び』が告白になるんだったら、ファニエスさんの『タクちゃん呼び』だって告白にならないか?


 『はぁぁ……。なんとなく察しがついていたから、いいわよ…。それで、結局私のことは好きなの?』

 『……は?その告白ってのは誤解だったってわかっただろ。別に俺が好きかどうかなんて…』

 『鈍いわねぇ、あんた。もういいわ。私から言うから』

 『何をだよ』


 すると、パフはグッと俺に顔を寄せると、下から見上げる形で——


 『私、あんたのことが好きよ。日本に連れ帰って欲しいくらい』


 ——と、告白してきたのだった……。



 

   *




 その後のことは俺はあまり覚えていない。

 というか、俺は嬉しすぎて悶絶していた気がする。


 俺は付き合った経験はあれど、ああも堂々と告白された試しがなかった。


 月明りがちょうど彼女の整った顔立ちを写し出し、彼女の少しはだけた浴衣姿が異様に美しく映えていたのだけは鮮明に覚えているのだが、俺は告白されたあと舞い上がってしまって、何と返したのかいまいち思い出せない。


 そして、数分と経たないうちに、俺は過去へ飛ばされ、現在に至る。


「本当にどうしたもんかなぁ…」


 俺は、この世界に来て何度目かもわからない嘆息を吐いて、自分の運命を嘆くのだった…。

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