第6話 初デートを体験すれば
「ねぇ、スズキタクト。あんたさ、わざわざ女を探しに、エデンに来たんでしょ?なのに、ずっとバイト生活をしていていいの?」
「なぁ、そのフルネーム呼び面倒じゃないか?タクトでいいよ、タクトで。それと、何度も言うが、俺は女を探しにこの世界に来たわけじゃない。あのサラに有無を言わせずに連れて来られたんだ」
俺とパフは中華街から少し離れた、商店街に来ていた。
まあ、ぶっちゃけ時間潰しでしかないのだが。
「ふーん、そうなの。じゃあ、タクトは戻る気はないんだ…」
「戻る気しかないんだが、戻れないんだよ。というか、このままこの世界で暮らしていくしかなくなっていく気がする…」
「どんだけ悲観的なのよ、あんたは…。それにあんたに戻ってもらわないと、私が困るんだけど…」
「お前が困るってどういう意味だよ」
「な、何でもないわよ!」
こいつはまたすぐ顔を赤らめて…。
まあ、可愛い顔立ちしてるから、赤くなるのも似合うんだが。
「わかったよ。そう急に大きな声出すなって。それで、馬車が来るまであとどれくらいなんだ?今日中に店に戻らないといけないんだから、もうそろそろここを出ないとマズいんじゃないか?」
「大丈夫よ。あと数分で来るはずだから」
「そうか。なら、いいんだけど…」
サラもそうだが、この世界に来て、連れから聞く『大丈夫』の言葉はどうも信用できない。
厄介ごとに巻き込まれなきゃいいが…。
俺とパフは、商店街の一角にあった土産屋のような小物を取り扱った店に入った。
入った理由はパフのこの一言による。
「ねぇ、ちょっとちょっと。どう?これ、可愛くない?」
そう言って、パフは店に飾られていた木製の子ウサギのストラップを頬の近くでかざして、俺にかがんだ姿勢で見せてきた。
「…か、可愛いんじゃない…か……」
「なにその反応。そんな片言で言われても、嬉しくないんだけど…」
なら、その体勢はやめてくれ。俺は上目遣いとか、そういうあざといことをしてくる女性に耐性がついてないんだよ。
「私に似合うと思う?」
「まあ、そりゃぁ…」
「そういうそっけないの、良くないわよ」
こいつは毎回毎回、俺に良くないだとか、こうした方がいいだとか、上から目線での物言いをしないと気が済まないのか。
「似合ってるよ!すごく似合ってるよ!これでいいか?苦手なんだよ、こういうのは」
「うん、ありがと。言えるじゃん。素直に言わないんだから」
「うるさいなぁ、もう」
あんたが言わせたんだろうが!
「あっ、馬車が来たみたいよ」
「わかったよ。俺が席取っとくから、それ買って来いよ。金は持ってるか?」
「あんた、金を持たずにデートに誘う女がいると思うの?」
「思わねぇけど、そこであんまり持ってないとか、甘えるもんじゃないのか?」
「なにそれ。それも私の知らない日本の常識なの?」
「いや…、常識ではないけど……」
俺がそう言うと、パフは首を傾げて訝し気な表情を見せる。
どうやら、さっきのあざとい感じは本当に素だったようだ。
わざとでない分、逆に質が悪いな…。
「じゃあ、先に行ってるから、買ったら来いよ」
「わかったわ。いい席取っといてよ」
「おうよ」
パフはそう言うと、颯爽とレジに向かう。
まあ、レジといっても機械ではなく、大きな直方体型の水晶なのだが。
この世界では、水晶文化が進んでいるらしく、日本での機械のほぼすべては水晶で代用されている。
俺がこれまでに目にしたのは、転移専用の水晶や金を管理する金庫のような水晶、通話だけでなくメールのようなやり取りもできる水晶などだが、配色や装飾は様々に施されていて、見た目だけでは全く水晶を連想できない。
サラに聞いても「使えればいいじゃない」としか返ってこなかったので、ファニエスさんが厨房周りの器具の説明をしてくれた時についでに教えてもらったのだ。
「キャンベル温泉街への切符二枚くれ」
俺は馬車の切符を購入すると、馬車へ乗り込んで二席確保した。
俺が荷物を荷台に移し、大きく伸びをしていると、馬車の向かい側に座っていたサラが俺に話しかけてきた。
「ねぇ、タクト。あんた、私を置いていったわね」
「いやいやいや、デートするのに違う女を連れて行くバカがいるか?」
俺はアホなことを抜かすサラに……って、サラ!?
「おい、お前どうしてこんなとこにいるんだよ!!」
「どうもこうもないでしょ。すっごく痛かったんだからね!!」
俺の質問の回答にはなっていなかったが、俺はそういえば…と思いだした。
俺はサラのことを娶り、そしてサラは俺から片時も離れられないのだ。
つまり、俺が朝起きてすぐ出かけてしまったので、こいつは痛みで目覚め、いやいやここに来たわけか。
どうりで寝間着姿のわけだ。
「おまたせ、タクト…って、なんでサラがここにいるのよ!!」
「そういえば、言ってなかったっけな…」
俺が事情を説明すると、パフが最後まで話を聞かずに「えっ…」と声を漏らす。
「じゃ、じゃあ、あんたは妻がいるくせに、私と二股掛けようとしてたってわけ?」
「おい、人聞きの悪い言い方をするな。俺は…」
「言い訳なんか聞きたくないわよ!!このバカ!!!」
「どこ行くんだよ!!ちょっと待て!!まだ説明は終わってない!!」
パフはそう叫ぶと、馬車を飛び出して行ってしまった。
「おい、サラ。パフを追いかけるぞ」
しかしサラからは返事が返ってこない。
見ると、スヤスヤと気持ちよさそうに寝てなさった。
「こいつは…」
どこまでもマイペースなサラだった。
このまま、こいつを置いて行ってやろうかな…。
そう思いつつも、サラを背負うと馬車を降りてパフを追いかける。
「くそっ、見失っちまった。なんか、いい手はねぇのか…」
「ん、んん~、おはようございます…」
「おはようございます…っじゃねぇよ」
「何してるの?なんで今私タクトにおんぶされてるの?」
「どっかに行っちまったパフを探してるんだよ。お前も起きたんなら、手伝ってくれよ」
まあ、こいつの場合、俺から離れられないから手分けして探すのは無理なんだが。
そういう意味ではこいつとの関係は面倒だよな。
「パフを探してるの?じゃあ、人探しの専門店でも行けば?水晶で見つけてくれるわよ?」
「…………………」
「どうしたのよ。急に黙り込んで…」
それだーーー!!!
「ナイスだ、サラ!!じゃあ、その店はどこにあるんだ?」
「この街の郊外にあるらしいわよ」
「よし、わかった。そこまでナビを頼む」
「知らないわよ、詳しい場所までは。この街広いんだし、噂で聞いただけだから」
「…………………」
たまにはやるじゃねぇか…と思ったら、やっぱりサラはサラだった。
肝心なところが抜けている。
こいつは、落ちを作らないと気が済まないのだろうか。
「ねぇ、その目は何?すっごく失礼な感じがするんだけど」
「何でもないよ、サラ。じゃあ、その郊外にでも向かうか。ただ、その前に…」
サラの服装を何とかしなければ…。
こいつが来ている服といえば、ファニエスさんの娘さんのおさがりのネグリジェのみである。靴を履かずに裸足で、髪はぼさぼさ。
さすがに、この状態のサラを背負いながらの人探しは、周囲の視線を集める。
「どこか好きな服屋はあるか?そこでチャチャっと服そろえて、すぐにその郊外に向かうぞ」
「え?服を買ってくれるの?本当に?」
「あぁ、今日だけな」
「じゃあ、『我が社』御用達の高級素材のみで編まれた……」
「よし、じゃあ、あそこの服屋で上下と靴を新調すっか!」
どうにもとんでもない高額の店に連れていかれそうなので、こいつの好みは二の次にして、近場で済ませることにした。
「ちょっとぉ、そんな場所で服を買うなんて嫌よ。どうせ買うならしっかりしたものがいいもの!」
「贅沢言うな!!そういう状況じゃねぇだろうが。今は時間が第一なんだよ。お前のわがままに付き合ってる暇はねぇんだ!!」
「わ、わかったわよ。私、今回は本当に何も悪くないんだから、そうやって怒鳴らないでよぉ」
サラのその言い分は尤もだと思いながらも、俺はそれを無視することにして、近くにあった、いかにも安物ばかり揃えてそうな服屋に入って行った…。
*
「ここに、いたのか…。やっと、見つけた…」
「…え?、タ、タクト!?どうしてここがわかったのよ…」
「探したんだよ。おかげで散々な目にあったぜ…」
まず、服屋で売れ残りの詐欺商品を売りつけてくるババアを退け、相変わらずわがままばかり言うサラともめ、やっと服を買い揃えて郊外に出たら変な宗教団体からの勧誘を受け…。
終いには、ようやく見つけた人探し専門店で見知らぬ日本人にばったり出くわし、日本談義を持ち掛けられて、それにサラが乗ったもんだから、やむなくその店を後にするほかなかったのだ。
どうして、俺の異世界生活には安穏という文字が一欠けらも見当たらないのだろうか。
「探してくれたの…?そ、そんなことされても…、私は嬉しくなんかないわよ!」
なら、頬を赤らめて笑顔を作るなよ。
「なによ。その言い草は。せっかく探してやったってのに!」
後から追いついてきたサラが、余計なことを言ってきた。
「そんなこと、頼んでないわよ!…って、なんであんたも一緒なのよ!」
「しょうがないじゃない。私はタクトから一生離れられない運命なんだから」
「おい!!誤解を与えるようなことを言うな!!」
まったく…、これ以上話をややこしくするのはやめてくれよ。
俺はパフに先程説明しそびれたことを付け加えて話した。
「なんだ…、そうだったの。じゃ、じゃあ、サラを娶ったのは帰るためだったってわけね」
「そうだよ。思い込みで先走るなよな…」
「ごめんなさい…。でも、それも大変よね。彼女が他の男性と結婚するまで、ずっと面倒見なきゃいけないんでしょ?」
ん?今、こいつ何て言った?
「アハハハ、まーた、変な嘘を吹き込まれたのかな?そんなわけないだろ~?」
「違うわよ。それはこの世界での決まり事なの。この世界で妻にした相手は生涯面倒を見なきゃいけないのよ。当たり前でしょ」
当たり前でしょとか言われても、俺は知らんぞ、そんなこと。
「いや、おかしいだろ。なんで別れてからも、相手の世話役で居続けなきゃいけねぇんだ!」
「それくらい、この世界での結婚が重い意味を持つってことよ」
「遊びに行ったくらいで結婚しなきゃいけない世界のくせに、そんな決まりがあってたまるか!!」
この世界での常識という概念がまったくわからん。
もう本当に、日本に帰りたい…。
「そんなことも知らないで、タクトは私を指名してきたの?」
「連れて来られたばかりなのに、そんなことわかる訳ねぇだろうが!!」
俺はサラに八つ当たりした。
もうそれ以外、矛先の分からないこのイラつきを解消する方法が見当たらなかった。
「もうあきらめなさいよ。私はもうとっくに梅福亭で一生働く覚悟ができてるわよ」
おい、お前はファニエスさん宅でこのままずっと住み込みバイトを続ける気か?
「はぁぁ……」
諦め方もだいぶおかしいサラに、俺はもはや溜息を吐くしかなかった…。
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