第5話 『我が社』に呼ばれれば

「サラ、あなたに正式に解雇処分を言い渡します」


 俺とサラは以前来たことのある『我が社』のニア支部に来ていた。そしてサラは、眼鏡を掛けた頭の固そうな女性にそう告げられていた。


「え?ちょっと、待ってよ。なんで私が解雇されなきゃいけないの?私が最近仕事に行ってないから?」

「はい、そうです」

「それはしょうがないでしょ。だって、私はタクトの妻に指名されたのよ。タクトから離れられないんだから、どうしようもないじゃない」


 なんか、それだけ聞くと俺が悪いみたく聞こえるな。

 言っておくが、それについては俺は責任を取らんぞ。


「はい、その件に関しては、この間来ていただいた際にお聞きしました。しかし、それは正式な手続きをせずに一か月も無断欠勤をすることを正当化するものではありません」


 頭の固そうな黒髪の女性が、眼鏡をクイっと上げながら当たり前のことを言っていた。


「なんでよ。じゃあ、今すぐ手続きするわよ。すればいいんでしょ?」

「それは不可能です。手続き期限は昨日までですので」


 ギリギリ間に合わなかったようだ。

 一日くらい許容してくれるかと思ったが、ダメなようだった。

 ま、これは完全に、手続きをすればいいなどと契約というものを安易に捉えているサラが悪い。


「なんでよぉ。それならそうと連絡の一つでも入れるべきじゃないの!?」


 そうだな、サラの意見は尤もだ。

 前もって連絡も入れずに当日リストラなんて、日本じゃあるまいし許していいものではないと思う。

 

 まあ、連絡を入れないで…ならな。


「何度もその旨を文書でお送りしましたし、あなたの携帯に電話だって掛けたのですよ?」

「………………」

「自分の失態に、心当たりがあるようですね」

「だけど、それでも……」

「はい、こちらが解雇処分の通知書になります。では、これで用件は済みましたので、早めのご帰宅をお願いします」

「ちょっと、ふざけないでよ。そんなもの受け取るわけ…って、何するの!?痛い痛い!!」


 自分に非があると認めてなおも抗議しようとするサラを、男性二人が両側から取り押さえる。


「タクトからも何か言ってやってよ!!」

「ドンマイ」

「タクト様ぁあぁあぁあ!!!!!」


 若干サラのことを可哀想に思いながらも、俺はサラを引きずって厄日へ追いやった本人からの「良い日を~」というセリフを耳にしつつ、『我が社』を後にした。




   *




 『我が社』に来ることになった経緯はファニエスさん宅に届いた文書による。


 

 サラ・アリーナ様

 『我が社』は、日頃よりあなたの活躍に助けられており、ここにその感謝の意を表します。

 しかし、我々はここ数週間あなたの活躍をお見受けしておりません。

 あなたの復帰を『我が社』の社員一同、心よりお待ちしております。


追記)このまま無断欠勤が続くようでしたら、辞職されるものとみなし、『我が社』の社員として認められなくなりますので、今月末までに『我が社』へお越しくださいますようよろしくお願いします。



 こういった内容の文書がこの他に何通も届けられており、それらがファニエスさんから借りている部屋のサラのスペースに束になって置かれていた。

 

 会社からじゃないのかとサラに尋ねても、何でもないとしか答えが返ってこなかったので、昨夜、サラが風呂に入っている間に興味本位で見てみたのだ。そもそも開封すらされていなかったので、何でもないという回答が返ってくるのはおかしいのだが。

 そして、予想は裏切ることなく的中し、事の重大さに気付いた俺が、サラを説得して『我が社』まで連れてきたのだった。


 

「まったく…、これに懲りたらこれからはきちんと書類には目を通すようにしろよ」

「どれもこれも全部タクトの所為よぉ。タクトが私を巻き込んだんじゃない。責任取ってくれるんでしょうね!」

「何言ってんだ。どう考えたって、会社の救済処置を面倒くさがって無視し続けていたお前が悪いだろ!そもそも、お前らが勝手に俺をこんな中途半端に日本文化を取り入れた世界に連れてきたんだぞ」

「日本人を連れてくることが仕事なんだから仕方ないじゃないの!私だって意地悪してタクトを連れてきたわけじゃないんだから怒らないでよ!」


 俺とサラは帰りの馬車を待ちながら、お互いに声を荒げながらもめていた。


 なんかデジャヴを感じるな。

 俺は、『我が社』へ来ても本来の目的は達成できずにサラと言い合いになる運命にでも縛られているのだろうか。

 

「怒ってねぇよ。ただ、いつまでも俺のせいにし続けるのはやめろって言ってんだよ!」

「私だって、私だって…、あぁあぁあぁ………」

「お、おい、泣くなよ、公衆の面前で。ほら、ティッシュだ。ティッシュを渡すから、それで拭けよ」


 俺とサラの様子は、どう見ても俺が泣かしている構図にしか見えないので、俺は慌ててサラを宥める。

 

「私…、知らなかったんだから…。仕事を休んだこともないし、文書で送られてくるのだって、いつも社員ランキング表くらいだったから、中身なんてどうでもいいと思ったんだもん…」

「そ、そうか…。だから、送られてきた文書の中身を確認しなかったのか?」


 サラはコクりと俺の胸の中で頷く。

 なんだか、本気でサラのことが可哀想になってきた。

 まあでも、結局中身を確認しなかったのはサラの不手際なわけで。


 というか、社員ランキング表って何だ?


「私、真面目に仕事に取り組んでいたのに…」


 それは普段の態度から、なんとなくわかる。

 サラは仕事を疎かにしたりはしないのだ。きちんと指示に従って真剣に取り組んでいる姿には、俺も素直に素晴らしいと感じる。

 ただ、真剣に取り組んでもミスを連発するので、同時に溜息も漏れるんだが。


「仕事の件は俺も協力するから、そろそろ泣き止んでくれよ」


 でないと、周囲から感じる痛覚にすら響きそうな視線が収まってくれないんだ。


「ホント?今タクトも協力するって言った?」

「言った言った。安心しろ、無駄な嘘はつかない主義だ」

「ありがとう、タクト様ぁ!」


 ここまで泣き付かれると、もう俺にはどうしようもできない。

 そして、こいつの調子良いときだけ様付けする癖はどうにかならんのか。


「おっ、おい、顔を上げろ、サラ。馬車が来たぞ」

「今日は最初から座席に座ってていいの?」

「あぁ、いいぞ」


 今日も何も、この間だって最初から座席に座ってよかったのだが…。その分の料金を支払ったわけだし。


「おお、これはこれは。覚えていますかい、お客さん?」

「おっちゃん!久しぶり!今日も平城京まで頼むよ!」

「あいよ。じゃあ、荷物を乗せたら、上がってくださいね。十分後に出発しますんで」

「わかった。サラ、トイレ済ませに行くなら、先に行ってきていいぞ。荷物持っといてやるから」


 サラは首を横に振ると、先に馬車へ乗り込んでいった。

 こいつはまたすぐに寝そうだな。よく泣いてよく寝る…ってなんか子どもみたいだが、まあそれも含めてサラなのだろう。


「じゃあ、荷物任せた。俺は今のうちに行ってくるから」

「わかったわ」


 相変わらず立ち直るのが早いサラだが、ついつい口角が上がってしまうのは、そんなサラの一面を気に入っているからだろう。

 俺も他人のことを物好きだなんて言えないな。


 俺はその後トイレから戻ると、荷物番を任せたにもかかわらず寝ていたサラにいたずらをして、半日の旅を懐郷の念にかられながら過ごすのだった。




   *




「おい、パフ。あんた今なんて言った?」

「だから、今度の祝日に街を案内してあげるって言ったのよ」


 俺はファにエスさん宅に戻ると、店にパフが来ていた。

 無視するのも気が引けたので、当たり障りのない挨拶をしてみたのだが、すると予想だにしない提案が彼女の口から飛び出して来たのだ。


「なあ、それを何と言うか知ってるか?」

「知ってるわよ。日本ではお見合いと言うんでしょ?日本人の男はそうやってすぐに結婚したがるんだから…」

「いいや、違う。お見合いは確かに結婚を前提とした顔合わせの場ではあるが、そもそも日本では男女連れ立って遊びに行くことをお見合いとは言わない」

「じゃあ、何て言うのよ」

「デートだよ。遊びに行ってすぐに結婚じゃ、流石におかしいだろ?」

「そうなの?」


 またこの流れか。常識がズレ過ぎてて、いい加減ツッコむのが面倒になってくる。

 しかし、やらざるを得ない。

 なんせ、ツッコまないと話があらぬ方向にしか行かないからな。


 ……はぁぁ、早く日本に帰りたい。


「そうだよ!この世界ではどうなのかは知らねぇが、日本ではそうなんだよ!」


 八つ当たりを兼ねて、敢えて大袈裟にツッコんでおいた。


「なーんか、あんたから日本の常識を説かれると、日本人って大して私たちと変わらないんじゃないかって思えてくるわ…」


 いや、だからそれは、お前らが嘘を教えられて信じ込んでただけだっての。


「どうしたの、タクちゃん?」


 俺とパフが人気のない食堂で騒いでいると、ファニエスさんが厨房から出て尋ねてきた。


「ちょっと、パフに日本について教えてただけですよ」

「あら、そうなの?いいわね。私もぜひ今度教えて欲しいものだわ」


 すると、パフが要らんことを言ってくる。


「私たち、今度の祝日にデートに行ってくるんです」

「いや、オーケーした覚えはないぞ」

「えっ?ダメなの?」

「えっじゃねえわ!何シレっと約束取り付けてんだ。そもそも俺はその日もバイトなんだよ。祝日だからってあんたみたいに暇じゃないの!」

「タクちゃん、デートって何?」


 えっ、もしかしてさっきのくだりをもう一回やらなきゃいけないのか。

 だが、俺が言葉を発するよりもパフの口の方が早かった。


「デートっていうのは、お見合いのことですよ。おば様」


 口走るとはまさにこのこと。

 パフがまた珍解答ならぬ珍回答していた。もう面倒だから、訂正しないけど。

 

 それと、おば様はやめろ。まったくおばさんには見えないし、それにその言い方だと俺の母親みたく聞こえるから。 


「あら、いいじゃない、タクちゃん?折角なんだし、してきなさいよ、お見合い」

「だから、デートですって」


 普通なら、こういう流れの時は「それ、デートじゃん」とか言われた後、照れて「デートじゃねぇよ!」って突っ込み返すはずなのに…。

 さすが定石というものが通じない世界だ。


「スズキタクトもいいでしょ?オーナーの許可も取れたんだし。それとも私とのデートは嫌だって言いたいの?」

「はぁぁ……って、いててて、いてぇよ!!頬をつねるな!!」

「あんたが溜息つくからでしょ!今度そんな態度取ったら、あんたの社会性を消し飛ばすわよ」

「怖ぇよ!!それはやり過ぎだろ!!わかったから、いい加減放せ。いや、放してください、お願いします、パフ様!!」


 様付けをすると、やっと俺の頬をつねるのをやめてくれた。

 こいつ…、意外に力が強かった。


 まあ、デートがまったく楽しみじゃないって言えば嘘になるけど、どうにも何かに巻き込まれそうな気がしてならない。

 

 俺は何事も起こらないように祈りながら、どんなデートになるのだろうかと、今度の祝日に思い巡らすのだった。

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