第2話 異世界生活に慣れてくれば

「申し訳ございません。サラはこの世界の者ではないので、あなたを地球に帰すわけにはいきません」

「そうですか。わかりました。では、あとはこちらで何とかします」

「良い日を~」




   *




「だから言ったでしょう!私を伴侶としたって、日本には帰れないのよ!」

 

 俺の目論見は外れた。

 俺はサラを妻に娶れば、日本に帰れると思ったのだ。そしたら、こいつを解放して、大学にまた通えるだろうと。


 しかし、サラはエデンの世界の者ではないので、規定上俺を日本に帰すことはできないらしい。


 じゃあ、アイテムを使った意味ねぇじゃねぇか!


「でも、お前、誰でも伴侶にすれば、日本に帰れるって言ったじゃねぇか!」

「それはこの世界の人間なら誰でもってことよ。私がこの世界の者でないことくらいわかるでしょう!」

「わからねぇよ!!お前、地球人とたいして変わらない容姿してるんだから」

「じゃあ、もう私を解放してよ!」

「そしたら、本当にアイテムの無駄遣いになるだろうが!それは俺が気に食わない。だいたい説明不足なのがいけないんだろうが!それに何なんだよ、この世界は!出会いの地って豪語してるくせに、女性が人口の一割も占めていないってのはどういうことだよ!!」


 そうなのだ。

 俺は、この世界が綺麗な女性の歩き回る男のユートピア的世界なのだろうと考えていたのだ。それならば、魅力値が平均クラスの俺でも…と期待したのだが、サラに「何言ってんの?」と一蹴されてしまった。



 『そんなわけないでしょ。どんどん違う世界に連れ去られてるんだから、この世界の女性は徐々に減ってるのよ。それに日本で頑張って相手を見つける人だっているんだから、タクトみたいな人間ばかり贔屓することはできないでしょ』



 …っじゃねぇよ。

 何回も言わせんな。俺は、その『日本で頑張って相手を見つける人』側でいたかったんだよ!


「そんなことより、今日はどこに泊まる気?私はもういい加減、野宿は嫌なんですけど…」

「贅沢言うな。俺があのときたまたま財布をポケットに入れてたから、こうして風呂にだけは入れているんだぞ。俺だって宿泊したいけど、宿代高いんだよ」


 この世界では文字は違うのに、日本円が使えるようだった。

 サラによると、この世界に飛ばされた日本人によって普及していったらしい。

 金貨、銀貨よりも扱いやすいということで受け入れられ、異世界でも福沢さんや野口さんが貨幣として活躍しているようだ。


「そうだ。この街の中心部にはまだ行ってなかったろ?案内してくれよ」


 俺とサラはニアの街に入ると、小さな望みをかけて、サラの『我が社』なる会社へ行くことにした。そして、先程、担当してくれた社員さんに、「サラは……」と言われて現在に至る。


 本来ならば瞬間移動でちょちょいと行けるはずが、サラが街の門前で水晶玉を落として割ってしまったもんだから、俺たちは丸二日かけて街外れにある『我が社』へ徒歩で行かざるを得なくなったのだ。


「いいけど、また歩くの?もう足がもたないわよ。馬車を使いましょうよ、馬車を」

「でも、そうすると今度はお金の方がもたないしなぁ」

「タクトは馬車に乗るのは初めてでしょう?ね?いいでしょう?ほら、すぐそこに留まってるあの安そうな馬車でいいから!お願い、お願いだからぁ!歩くのはもう嫌ぁ!」


 こいつは足にだけでなく精神にも疲労が溜まってきたらしい。

 俺も疲れるのは嫌なので、仕方なく…というていでこいつの意見に賛同することにした。


「わかったよ。ただし、一番グレードの低い馬車にするからな。ケツの痛みは我慢しろよ」

「タクト今、レディに向かってケツって言ったわね。だからモテないのよ、あんたは」

「お前だけ歩かせてもいいんだぞ。どうせ俺から離れられないんだろ?」


 イラっときたのでそう言うと、サラは俺に抱きついて嘆願してきた。


「ごめんなさい、私が悪かったから、馬車には載せてぇ!グレードが最低でも許してあげるし、今度からケツって言っても何も指摘しないから、馬車に載せてください、タクト様ぁ!」

「俺がイラついたのはそこじゃねぇよ!俺がモテないとか言ったことを訂正しろよ!」

「だって、それは事実なんだから、訂正の仕様がないでしょう」

「よし、決めた。おっちゃん、大人一人分の切符くれ!」

「タクト様ぁあぁあぁあ!!!!!」




   *




「さっきは悪かったって。謝るから泣き止めよ。周りからの視線が痛いんだよ」

「だって、こうしてないと一人分の料金で私たちを乗せてくれないんでしょ?」

「お前の分の料金をきちんと後で払ってやるから。な?いい加減、そうやって膝抱えて泣くのはやめてこっちに来てくれ」

「ホント?私の分の料金を払ってくれるって言った?じゃあ、荷台じゃなくて、席に移っていいの?」

「あぁ、いいって」

「やったぁ、タクト様ぁ。愛してる~」

「お前の愛は数千円で買えるのかよ…」


 あの後、俺は有言実行して切符を一枚買った。

 馬車に乗る前にサラが謝ればもう一枚追加で購入してやったのに、こいつは拗ねて泣き始めたのだ。

 そしたら、馬車のおっちゃんが「荷台ならいいよ」と親切にも言ってくれたので、ありがたくその言葉に甘えただけなのだが。

 俺が体操座りしていじけ始めたサラを抱きかかえて荷台に乗せると、周囲がドン引きしていた。



「おっちゃん、平城京にはいつ頃着けそう?」


 俺はサラが荷台から上がってくるのを手伝いながら、運転手のおっちゃんに尋ねた。


「まあ、半日くらいかね。それまでゆっくり寝てるといいさ」

「わかった。ありがとう」


 半日かぁ…。ちょっと暇だなぁ。

 サラと日本の手遊びでもして、時間潰すかな…。


 そう思って隣を見やると、『我が社』の派遣社員さんは見事によだれを垂らしながら、気持ち良さそうにスヤスヤ言っていた。


「お前、寝るのだけはとてつもなく早いよな…」


 サラの寝顔にいたずらしてから、仕方なく俺も睡魔に身を委ねることにした。




   *




「お客さん、お客さん。着きましたよ。平城京ですよ」

「ん、んん~。おはようございます…」


 俺は大きく伸びをしながら、運転手のおっちゃんに挨拶する。

 伸びをしていると、左肩に重さを感じた。

 見ると、まだ寝ている俺の連れだった。


「おい、起きろ、サラ。お前、俺より先に寝ただろ!」

「ん、んん~。おはようございます…」

「アハハハ。お似合いですねぇ。お二人さん」

「…はい?」


 おっちゃんが訳の分からないことを口走ってきた。


「今、何時ぃ~?」

「知らん。俺のスマホはもう充電が切れて時計の機能を果たさなくなったんだ」

「お嬢さん、大丈夫ですかい?かなり顔が赤いですよ」

「へ?別に火照ってないんだけど」

「おっちゃん、はいこれ、こいつの分ね。乗せてもらってありがとう。おかげで楽できたよ」


 俺はこれから始まりそうな話の流れを断つように、おっちゃんにサラの馬車代を払うと、忘れ物がないか見回してから馬車を降りる。

 

「あいよ。どうもね」

「ねぇ、顔が赤いってのは何のこと?」

「向こうにトイレがあるから、おっちゃんにお礼を言ったら見てこい」


 サラは頷いて運転手のおっちゃんに「ありがとう」とだけ言うと、ふらふらと便所のほうに向かった。

 まだ寝ぼけてるのか、あいつは。大丈夫だろうか。


「そうかい、そうかい。あんたも日本人かい。さては彼女を娶ったね?」

「え?あ、いや何のことでしょう?」

「惚けなくてもいいよ。ここは日本人が多く集まる街だ。しかも、彼女は本物の女性だろう」

「もしかして、連れて来られた日本人の目的をご存じで?」

「あぁ、知ってるとも。女作りだろう。でも、あんたらはいつもの日本人とはちょいと違う様にも見える。深くは聞かんが、彼女のことは大事にしぃさい」


 なかなかの観察眼の持ち主だ。俺たちの関係を一発で見抜いて見せた。

 しぃさいってのはよくわからんが、大事にしろってことでいいだろうか。


「タクトぉ!!あんた、私の顔に何してくれてんのよぉ!!!」


 どうやら、サラが寝ている間にこっそり付けた朱肉のことがバレたようだ。


「連れが呼んでいますんで、ではこれで。今日はどうもありがとうございました」

「いいんだよ。仕事だからね。あんたら、盗人どもには気ぃ付けなよ。日本人は特に狙われやすいからね」


 おっちゃんは掌を見せると、「良い日を~」と言いながら去って行った。

 『我が社』を出るときも聞いたけど、『良い日を~』って一体なんなんだろ。


「ねぇ、タクト、あんたでしょ。この朱肉落ちないんですけど。ねぇ、どうしてくれるの、ねぇ!!」

「ねぇねぇうるさい。なんだよ。あまり違和感ないように、頬にしかつけてないだろ」

「気を遣うところはそこじゃないでしょ!」

「そうだな。もう少し薄く伸ばした方が、リアリティあったな。男と歩いて緊張気味の女って感じで…」

「ちっがうわよ!そもそも朱肉はやめなさいよ。落ちづらいんだから」

「いや、そうじゃないだろ!そこはいたずらするなって言う場面だろ…って、いたずらした本人が言うのもおかしいんだが…」


 こいつは若干価値観が人とズレている感じがするんだよな…。

 俺がモテないって言った時といい、今回といい、ツッコミどころも訂正どころも、問題はそこじゃねぇよ!って逆にこっちが突っ込みたくなってしまう。


「ほらよ。これで拭けよ。ウェットティッシュ使えば落ちるだろ」

「あるなら先に言いなさいよ。トイレの手洗い場で顔洗ってたら、水道止められてるんですかって聞かれたんだから!」

「まあ、水道止められてるどころか、水道のある家すら持ってないから、さらに酷いけどな」


 ドン引きされなかっただけまだマシだと思うんだが、隣で頬をゴシゴシこすっているこいつは金がないと思われるのが相当嫌らしい。

 どこか稼げそうな場所はあるだろうか。

 まあ、それも含めて、この平城京なる場所に来たんだが。


「言ってはいなかったが、一応目的があってここに来たんだ。俺はここで仕事を探そうと思う」

「ねぇ、今なんて言った?仕事探し?ふざけてるの?じゃあ、私はこの場所でタクトと生計を立てて、生活していけって?ふざけてるの?そんなことしてたら、私は一生自由を取り戻せないじゃないの!ふざけてるの!?」

「ふざけてないし、連呼するな。そもそも、これ以上お金を使うと、その日の暮らしにも支障をきたすんだ。それに住み込みで働ければ、野宿しなくていいんだぞ」

「なるほど。それもそうね。じゃあ、さっそく探しに行きましょうか」


 いや、そこはもう少し抵抗しろよ。納得するの早すぎだろ。

 しかも、野宿生活からの脱却と一生の自由を天秤にかけて、前者を取るなよ。

 まあ、俺としては無駄な論争をしなくていい分、楽ではあるが。

 とりあえず、こいつとアレコレ言い合うこの生活に慣れていくのが当面の目標だろう。


 俺はそんなことを考えながら、「早くしてよぉ」と叫んでくるサラを、追いかけるような形でニアの中心部、平城京の門へと駆け足で向かうのだった。

 もちろん、心の中でお前が早いんだよとツッコミを入れながら。

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