振り返ればあの時ヤれたかも
吉城ムラ
異世界召喚編
第1話 異世界召喚されれば
それは大学近くの信号機で青になるのを待ちながら、モテる男の条件を調べているときだった。
俺のスマホ画面の下方に『あなたに素晴らしい出会いを差し上げます!』と大々的に書かれた広告が表示された。
「なんだこれ?」
俺が特に考えることなくタップしたその広告のリンク先には、『あなたに素晴らしい出会いを差し上げます。』の文章とともに、『アンケートにお答えしていただいた方には』と条件も付随されていた。
「なんだよ。条件付きかよ」
しかし、広告にも掲載されていた女性がなかなか俺の好みを突いていた。
豊満とまではいかずとも出るところは出て、へこむところはきちんとへこんでいる。
長いまつ毛に大きく開かれた碧の瞳、それに見るからに地毛とわかる綺麗な金髪。
ここまで整った顔立ちとプロポーションを有している女性はそう多くはないだろう。
もう少し違うアングルや拡大された画像がアンケート画面に載せられていないか、少し確かめてみたい気もする。
「でも、アンケートに答えるときに住所やらメアドやら聞かれたりしそうだしなぁ」
まあ、そのときはそのときで履歴ごと削除しちゃえばいいか。
俺は先は先で考えることにして、『アンケートに回答する』をタップした。
すると、現れた画面には意外にも五択と三択の質問がそれぞれ一つずつあるだけだった。
そこにはこう記載されていた。
あなたは自分がどのような存在であると考えていますか?
A:私は富豪である。
B:私はどちらかというと金銭的に余裕のある方だ。
C:私は一般庶民である。
D:私はどちらかというと金銭的に余裕のない方だ。
E:私は貧乏である。
あなたの性は何ですか?
A:男性
B:女性
C:該当なし
「一般庶民かどうか聞かれてもなぁ…って、なんで性に『該当なし』なんてあるんだよ!」
こんなアンケートをして誰に何の得があるんだ?
暇な奴もいたもんだなぁ、と思いながら選択肢を眺める。
どうせ匿名の任意アンケートなんだし、適当でいいだろうと思いつつも、どれを選ぶか考えてしまう。
よくよく見ると、選択肢の下に『一度選択すると回答が自動送信されますので、変更ができません。ご注意ください。』と書いてあった。
なるほど。きちんと考えてから押せということか。
アンケートでくらい見栄を張りたいしな。
「Aはさすがに押しずらいなぁ。Bにしておこうかな」
「おっす、
俺がBを押そうとしたちょうどその瞬間に、大学で同じ講義を受けている友人が俺のことを背後から小突いてきたせいで、俺の親指はCに触れてしまった。
「おい、ふざけんなよ。間違ってCを押しちゃったじゃねぇかよ。しかも、これ自動送信になってんだぞ」
まあ、性だけは先に男性を選択していたから良かったけど…。
「それ、ただのアンケートじゃねぇか。そんなことでキレるなよ」
「そうだけど話しかけるときに、いちいち背中を叩くことないだろ!びっくるするんだよ!」
「わーった、わーった。俺が悪ぅござんした~」
友人の態度にイラつきと呆れを覚えながらも、確かにアンケートごときで怒鳴ることもないなと少し反省する。
だからといって、こいつの行動を肯定する気は毛頭ないが。
「なぁ、拓斗。何かに当たったみたいだぞ」
「今度は何だよ」
そう言いながらスマホの画面に目を移すと、そこには大層な詐欺文でこうあった。
おめでとうございます!
あなたはこの度、『素晴らしい出会いキャンペーン』で見事当選されました。
よって、あなたを素晴らしい出会いの地『エデン』へご招待します。
「エデンって何のことだ?」
友人がそう聞いてくるが、そんなこと俺が知りたい。
そもそも当選したとして、こんなすぐに結果通知が来るわけがねぇだろ。
俺は友人に「知らん」とだけ答えてからその画面を左にスワイプして消そうとするも、スマホが通知画面から動かない。
「くそっ、こんな時にフリーズかよ…」
俺がイライラしながらスマホの電源を切ろうとした刹那だった。
急にスマホ画面が光り出し、俺は見知らぬ土地のベンチに座らされていた……。
*
「鈴木拓斗さん。ようこそエデンへ。私の名はサラ・アリーナ。気軽にサラとでもお呼びください」
俺の目の前に美人が立っていた。しかも、あの広告に載っていた女性だった。
俺は、街道の脇に備え付けられたベンチに座っている。
「急に見知らぬ土地に召喚されて、あなたはさぞお困りのことでしょう。でも、ご安心を。私がこの世界であなたが何をすれば良いのか、しっかり案内いたしますので」
「あの…、案内は要らないので、質問に答えてもらってもいいですか?」
「質問は常時受け付けておりますが、その…案内なしというのは、召喚された方の案内が我が社の規定で必須となっておりますので、お引き受けできません」
「そうですか…。じゃあ聞きますけど、このエデンという世界は一体日本のどこなんですか?」
「いえ、ここは日本ではありません。そもそも地球上の場所ですらありません。この世界は地球から遠く離れた土地です。地球の方々の言葉をお借りしますと、異世界と呼ばれる世界になります」
「そうなんですか。俺は魔王でも倒しに行けばいいんですか?」
「確かに、この世界には魔王が存在しますが、魔王を倒してもらうためにこの世界にあなたを召喚したわけではありません。我が社は日本の少子高齢化を対策するべく、あなたのような子どもを作るのが大変そうな方に出会いの場を設けることを主軸にして事業を展開しております。ですから、あなたにはこれから出会いを求めて、旅をしていただきます。この世界で出会った女性は、日本にヤっていただいても構いません」
ここは日本ではない遥か彼方の地である『エデン』と呼ばれる異世界で、さらに俺は子作りのために出会いを求めてこの世界で奔走しろということか。
伝えられた内容はわかった。
でも、意味はわからない。
というか、ヤるとか言うなよ。
「あの…、冗談を言っているわけではないのは何となくわかったんですけど、つまり俺はこの先このエデンなる場所で生きて行けと?それと、あまり女性がヤるっていう言葉を使わない方がいいと思いますよ」
「はい。伴侶となる相手を見つけるまでは日本へ帰還することは不可能です。この世界では、『日本に帰ってヤってもらって日本の子供の数を増やしてもらう』を訳して『ヤる』と言います」
「なるほど……」
……って、
「納得するかぁ、ボケェ!!ふっざけんなよ!!何が相手を見つけろだ。しかも、俺は日本では結婚相手を見つけられないみたいなこと言いやがって。今すぐ日本に返せ!魔王を倒してこの世界の英雄となるまでの冒険の旅ならまだしも、たかが出会いのためだけに日本での生活すべてを投げ出して、異世界に来る奴がいるかぁ!!それに、『ヤる』っていう表現は完全におかしいだろうが!!」
「急にどうされたのですか?落ち着いてください。今から案内する街、ニアでそのように叫ばれますと、同行している私の品位まで疑われます」
「なんだ、その言い草は。『ヤる』なんて俗語を使っている奴に言われたかないわ。ていうか、そんな街には行かねぇし案内もいらん」
「それは困ります。きちんと旅をしてもらわねば。それにここからはニアにしか行けませんし、ここにいても餓死するだけですよ」
「え、マジで?なら、案内はその町まででいいから、早く日本に帰る手段を教えてくれ」
「頑なに案内を拒否されるのには理由が?他の方々は喜んでお受けくださいましたよ」
「なんかあんたの掌の上で踊らされそうな気がするからだよ」
というか、この世界に飛ばされた時点で、俺は踊らされている気もするが。
「なるほど。わかりました。では、私の案内はニアに着くまでとさせていただきます。この場所からニアまでは約一キロ。つまり、すぐに着いてしまいますので、大まかな説明になりますがよろしいでしょうか?」
「あぁ、いいよ」
「では、この水晶に手を重ねてください」
「こうすればいいのか?」
「そうです。はい、着きましたよ」
「…え?」
水晶が一瞬光ったかと思うと、そこはもうすでに先程までいた街道沿いのベンチではなかった。
見上げると、『ニアへようこそ』の文字が彫られたアーチ型の金属門があった。
「なぁ、もう着いたの?」
「はい、ここがニアになります。あと、こちらが願いを一つだけ叶えてくれるアイテムです。では、これにて」
「おい、ちょっと待て。すぐに着くから大まかな説明になるって言っても、瞬間移動してアイテム渡すだけってのはおかしいだろ」
「面倒な方ですね。案内して欲しいのかして欲しくないのか、はっきりしてください」
いきなり何の説明もなく瞬間移動を初体験させられ、シレっとマジックアイテム渡されて、「はいわかりました」言う奴がいるか。
「いや、この町の案内はいいけど、このアイテムって結構大事なものだろ?せめて使い方くらい言ってくれなきゃ困る」
「はぁぁ…。仕方ないですね…」
「おい、溜息吐くな」
「そのアイテムは~、保持者が願うものなら~、一応なんでも願いをかなえてくれるそうですよ~。アイテムのボタンを押して~、願いを言えば~、叶えられま~す」
おい、さっきまでと明らかに口調も態度も違うぞ。面倒そうにやるな。
「へぇ、じゃあ大概どんな願いをするもんなんだ?」
「普通は魔法とか願うんじゃない?でも、この人を伴侶にしてくださいとか言って娶れば、日本に帰れるんだからその方がいいと思うけどね。って、もういいでしょ。私帰るから、あとはそっちで好きにやって」
「待て。今なんて言った?」
「まだ何かあるの?もういい加減あなたみたいな面倒くさい人に構ってるとこっちが疲れるんですけど」
「こいつで伴侶を作れば、早く日本に帰れるとか言わなかったか?」
「言ったけど。だから何?」
「それって相手は誰でもいいんだよな?」
「いいって言ってるでしょ。もういい加減にしてよ。私は早く戻って録り溜めてたドラマを見たいんですけど」
「おい、これはあんたの仕事だろ」
さすがにそれは身勝手が過ぎる。
「そうだけど、あなたは私の案内要らないんだから、それなら早く帰らせてくれたっていいでしょうが」
「そっちの都合で勝手に連れてきたくせに、よくそんなことが言えたな。早く帰りたいのはこっちだっての!もう頭に来た」
思いついてやめようかと思ったんだが、俺はこいつの所為で知らない世界に放り込まれたんだ。
こいつの名前は…、確かサラ・アリーナだったよな。
体育館の呼称みたいな名のあんたには、こうしてやるよ。
「俺の願いは決まったわ。サラ。あんたを俺の妻とする」
そう言って、俺はアイテムのボタンを力強く押すと、
『願いを受諾しました。サラ・アリーナ、あなたはこの鈴木拓斗を夫とし、一生付き従いなさい』
というマジックアイテムから音声とともに、赤いレーザーがサラの胸まで伸びて、サラは「え?」と驚きの声を漏らした。
同時に水晶玉を落として、ガシャンという音を辺りに響かせる。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!何それ、笑えないんですけど。私どうされちゃうのよ。こんな奴の妻なんて、絶対いやよ!私は……って、痛い痛い痛い!!!」
「どうだ。ざまあみろ。俺の人生を狂わせようとしたんだ。なら、その責任くらいとってもらおうじゃねぇか!!」
「ふざけないでよ!あんたは帰れるからいいかもしれないけど、私は一生あんたの傍から離れられないのよ!日本に帰ったら、私を解放してくれるんでしょうねぇ!!」
「無事、日本に帰れたらな。それまでは精々こき使ってやるから、覚悟しろよ」
こうして俺とサラの異世界生活は、お互いに反発しながらも離れることのできないジレンマを抱えながら始まったのだった。
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