第2話 私たち結婚したい

 高三になって受験態勢が本格的になった。結局、高二の二学期にお情けでバスケのレギュラーになった。自分でも実力不足だというのはわかってる。実際、公式戦ではいいところなくスモールフォワードとしての役割を全くといっていいほど果たすことができなかった。一七〇センチメートルの身長も伸びなかった。

 終わったものは仕方がない、これからは受験に集中だ。案の定、高一の雅也からの告白以降、浮いた話しもなかった。これからもなさそうな気がする。妹の予言通りだ。

 一学期の中間テストが終わりホッとして家路についた。今回の試験はまあいいとこ行くんじゃないかな。

 部屋に帰ってカバンを降ろした時、ノックの音が聞こえた。

「誰?」

「私」

 めぐみの声が返ってきた。帰ってたんだ。

「開いてるよ」

 そう返事をするとめぐみはドアを開けてそっと顔を覗かせた。

「お姉ちゃん、ちょっと」

 そう言って手招きをしてきた。今帰って来たばかりなのかな。

「なによ。入ってくればいいじゃない」

 あたしは視線も合わせずにブレザーのリボンタイを外しながら言った。

「私の部屋に来てほしいの」

 外したタイを机の上に置き、不満げに隣のめぐみの部屋に着いていった。

 あたしたちの部屋は二階にある。二階には二つしか部屋がなく、めぐみが小学一年のころは階段寄りの部屋を二人で使っていた。

 奥の部屋は物置がわりに使っていたのだが、父親がその部屋を書斎にしたいと言い出した。

 そろそろ二人で一部屋を使うには手狭だと思っていたあたしたちは断固抗議。結局、母親の後押しもあって父は夢の書斎を断念。晴れてその奥の部屋はめぐみの部屋としてあてがわれた。

 その部屋に妹に連れられて入ると予想外の先客がいた。

「……あんたなにやってんの」

 雅也が部屋の隅で正座をしていた。子どものころからの天然パーマがライトグレーのブレザーを着て、でかい図体に似合わずチョコンといった風情で下向き加減で座っている。

 中学の紺地に白い襟のセーラー服を着ためぐみがその横に同じように正座した。こちらは雅也とは正反対に背筋をピンと伸ばしてあたしのほうに凛とした視線を向けた。ベリーショートのあたしとは対照的に背中まで伸ばした髪をポニーテールにした顔が姉の目から見ても可愛いと思う。

「お姉ちゃんも座って」その言葉に思わず二人に対するように座った。

「あぐらはやめて!」

 めぐみが思わず叫んだ。いけない、うっかりいつもの調子で座ろうとしていた。慌てて横座りに直した。危ない。曲がりなりにも男の子の前で座る座りかたじゃなかったな。

「お姉ちゃん」

 座り直したあたしに向かってめぐみが言った。

「私たち結婚したいと思ってるの」

 ……なんですか?言ってる意味が飲み込めないんだけど。

「私が十六歳になったらすぐに結婚しようと考えてる。だから、婚約したいの」

 あたしは目を瞬かせながら黙って聞いていた。それを肯定の合図ととらえたのかさらに言ってきた。

「それでお姉ちゃんにお父さんたちを説得するのに協力してほしいの」

 なんですって?

「未成年の結婚は親の同意がないといけないのは知ってるよね。だからお父さんたちを説得しなくちゃいけないの。もちろん祝福してもらいたいっていうのもあるけど」

 めぐみが話している間、雅也はただ俯いて黙っているだけだった。元々引っ込み思案なところがあるしお喋りなほうではないが、それにしても当人でもあるのになにひとつ説明も釈明もないのはおかしいじゃないか。気がつくとあたしは雅也のエンジのネクタイを引っ張って持ち上げていた。

「あんた正気なの!」

 そう怒鳴る。たしか、二年前に言っていたのは五年後、つまり雅也が二十一歳でめぐみが十六歳になったらつきあおうだったはずだ。

 それがなに?なんでその歳になったら結婚したいから親を説得してほしいになるわけ?結婚できる年齢になったらすぐにでも結婚したいということは、つまりもう……。

「あんたたちいつからなの?」

 あたしの問いかけを予測していたのか、めぐみが

「私が告白したその日から」

きっぱり答えた。

 やっぱり。ということはこいつは……。

「そんなのお父さんが許すわけない!お父さんが許してもあたしが許さない」

 なおも黙って視線を逸らしている雅也の胸ぐらをつかんだまま、あたしは怒鳴り散らす。

 そんなあたしに向かってめぐみが必死になって

「お姉ちゃんが心配しているようなことはないよ」

と、言ってきた。あたしはめぐみの方を見て聞いた。

「あたしが心配しているようなことってなによ?」

 めぐみは顔を真っ赤にして

「……に、肉体……関係……とか」

 うつむきながらも懸命に答えた。おお、中学生になったばかりの女子が「肉体関係」などという言葉をつかうとは可愛いじゃないか。

 あたしは雅也に向きなおって「そんなの当たり前だ!」と、なおも締め上げる。

 途端、あたしの目の前から火花が飛び出た。おもわずつかんでいた雅也のネクタイから手を離し、彼の胸に向かって倒れ込んだ。

「お姉ちゃん、人の話しをちゃんと聞いて!」

 めぐみが通学カバンであたしの後頭部を殴ったのだ。たいした力ではなかったが、それでもあたしの勢いを削ぐには十分だった

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