ふれない
塚内 想
第1話 宮中恵子、十六歳。高校一年の春に生まれてはじめてされた愛の告白はどさくさのうちに妹に横取りされた
「まさくん、だったら私とつきあおうよ」
と声がした。あたしの隣から。西嶋雅也とあたしはめぐみの方に向きなおった。
「お姉ちゃんがまさくんの彼女になる気がないなら私がなってあげるよ」
やはり、めぐみが声をかけていた。なにを言っとるんだ、こいつは?
「私は今、フリーだし。お姉ちゃんと違って放課後もあいてるから一緒に遊んであげられるよ」
そりゃあんたは放課後はあいてるでしょうよ。
「なによりお姉ちゃんより若いし」
妹だからね。ってそんなことで雅也があんたの方を向くわけないでしょう。
「……それもいいな」
雅也がポツリと言った。なに?今なんて言った?
「あと、十年たってまだ気持ちが変わってなかったら声をかけてくれよ」
そう言って二十センチは背の離れためぐみの頭をポンポンと軽く叩いた。あ、そういうことね。体よく断ったわけだ。ホッとした。
「十年も待つ必要ないよ。お姉ちゃんとは六歳、私の誕生日がきたら五歳しか違わないんだから」
そういうことを言ってるのではないのだよ妹よ。そもそも小学五年のお前さんは相手にされてないのだよ。あんたを傷つけないように配慮しているその優しさをわかってあげてほしいな。
「そっか五年でいいのか」
雅也はそう返した。……おいこら待て、どういう意味だ?
「そうだな、宮中の妹だからきっと俺好みの美人になるだろうし。悪くないかもな」
そう言って雅也はひとり合点がいったようにうなずいていた。そっかあたしを美人だと思っていてくれてたのか、って今はそんなことで喜んでいる場合じゃない。
たしかにめぐみは美人になるでしょうよ。目鼻立ちも整ってるし。それに比べてあたしの顔は薄いわよ。五千円札の肖像画だってもう少しはっきりした顔立ちしてるでしょう。
でもね、あんたに今告白してるのは小学生だよ!水色のランドセルを背負った。ツインテールを赤い飾りのついたゴムでくくった、小学生!
「じゃあ、決まりだね」
めぐみはそう言って右手を差し出した。雅也はその手をとって
「よろしくお願いします」
と頭を下げた。あたしにふられたすぐ後に彼女ができて、めでたし、めでたし。……いやいや、ちょっと待ってよ。
雅也とめぐみが二人並んで住宅地の歩道を歩きはじめた時、思わず雅也の後頭部めがけて手にしていたカバンを叩きつけた。
「あんた、なに考えてるのよ!あたしにふられてすぐに小学生に手をだすなんて」
カバンで殴られた頭を押さえながら雅也はキョトンとした顔でこちらを見た。
「いや、握手はしたけど手はまだ出してないよ。五年後の話だから」
「そんなこと言ってんじゃないわよ!」
「お姉ちゃんはまさくんをふったんだから関係ないでしょう!」
めぐみも反論してきた。あたしはめぐみに向き直って
「あんたも本気なの?小学生が高校生とつきあえるわけないじゃない」
「五歳差なんて珍しくないじゃない。それに今つきあおうなんて言ってないでしょう。なにを聞いてたのよ」
普段あたしにケンカをふっかけることなんてなかっためぐみが珍しく噛み付いてくる。
そこまで言われてあたしも少し冷静になった。たしかに今つきあうというわけじゃない。結局はこの場の流れで言っただけに過ぎないのかもしれない。五年後に二人がつきあうという可能性の方が少ないじゃないか。なにを熱くなってたんだろう、あたしったら。
「ごめん、悪かった」
あたしは雅也に頭を下げた。さすがに殴るのはよくないよね。
「ねえ、まさくん。宿題でわからないとこがあるんだけど教えてくれない」
「ああ、いいよ。じゃあ、いったん家に帰ったら一緒に図書館に行こう」
頭を下げたあたしを放って二人仲良く歩き出した。
どこまで本気なのか冗談なのかさっぱりわからない。もしかしたらあたしに告ったのもなにかの冗談だったんじゃないだろうか?
そう思ったらまたムカついてきた。気がつくと二人の間を割って入るように歩いていた。
「なによ」
めぐみから不満の声が上がる。
「別に」
あたしも視線を合わせずに返す。
「そんなんだからお姉ちゃん、モテないんだよ」
なに言ってんの。告られてふったのはあたしだ!もしかしたらそれだって冗談なのかもしれないけど。
二人を尻目に先に歩き出した。
宮中恵子、十六歳。高校一年の春に生まれてはじめてされた愛の告白はどさくさのうちに妹に横取りされた。
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