自己を確立し正当化するべく

「また、切っちゃったんだよね~。」


表面上だけの言葉で繋がっている。


其の宗教集団の一員は、幼さの残る白い手首に、薄っすらと桜の線が見える。


折角綺麗な身体なのに、

何故自ら傷を付けるのだろう。


チャイムが鳴り、各々は自分たちの巣へ帰っていく。


ぼくも、ボロボロの鞄を肩から掛け、

靴の中に金属類が無いか確認してから足を入れる。




ー笑顔で手を振る仲間たち。

どうも、レンズの度数が合っていない様だ

ーまた明日な!

ごめんね、ぼくはラジオを聴くのが趣味なんだ。




この監禁施設から出させまいと、コンクリート製の森には雨が叩きつける。

傘は二週間前から骨だけなんだ。


鞄でなくなく遮ろうと頭の上に持っていく。

軽いな、なんて、

よく知ってるくせに。


ぼくは心の内で一応、帰りを告げる。


冷たい空気にはもう慣れた。


ひしひしと無機質な空間にぼくの足音だけが残る。


薄暗い自室は所要範囲以外、埃が被っている。


窓を開けて屋根に登る。

唯一、偽りのない風景。

日が沈むのを見届けるのが最近の日課だ。

風が痛い、雨粒に刺される。

外の世界は何処に在るのだろう。


浮遊感を味わってみたい。

身体が赤くなって暖かくなりたい。

とろりとろりとアスファルトと一緒に溶けていたい。


『だけど、ぼくは馬鹿とは違う』


辺りが紫色に呑まれた。

銀の星々はお高い所からぼくを見物し笑うのだろうか。

窓の枠から見える景色はネオンのおかげで自室より明るいと思う。


玄関のドアが開いて無機質な空間から有機質へと変わる。

生活音が響き渡る。

周りの時間を気にせず元気いっぱい響き渡る。


ぼくは無機物になる。


『あ』

部屋の中にも星は居た。

すかさず、袖のボタンを外した。

星を手に取り手首にあててみる。

体温なんか無いはずなのに、其れは暖かく感じたのだ。

失笑した。


星を投げ捨てて、膝を抱え込んだ。

教室に居たカルト集団の一員を思い出した。

ぼくは無宗教だ。


大きな、鈍い音がした。


雨が降って居るのに、

運動会は中止にならないなんて可笑しいや。


星がぼくを呼ぶ。


もう一度手首にあててみた。

優しく微笑み掛けてくれるそれに、ぼくは酔ってしまった。

赤い直線を引いた。

ぷくっと顔を出した液体が滲んで流れ星と化した。

ぼくは確信した。


陶器のような殻だけれど。

内側には、呼吸をしている臓器がちゃんと存在している。

人工物ではない。


いつの間にか陽は昇り、ネオン街は沈んでいた。

星を胸ポケットに入れて。

歪む、怪物の巣靴を後にした。


チャイムと共に1日が始まり、チャイムと共に1日が終わる。

教師という名の監視官が居て、仲間たちと言う名の宗教団体が群れている。

カースト制度が渦巻く中、ぼくはラジオの周波数を合わせた。


「ねぇ、また切っちゃったんだよね~。」

聞いたことのあるフレーズに既読が付いた。

アイドル志望なら、歌ぐらい歌ったらどうなんだ?

自分の魅力ではなく、その行為で目を集めることに優越感を感じるのだろうか。


これは中毒性の有るドラッグだ!


思った時にはもう遅かった。

左手首は痛痒い。

ぼくもあの子と同じなのだろう。


蛹の段階なのだ、まだ羽化するのには早い。

もう少し時間が必要。

机の中の教科書にはソレの死骸が挟まれているんだけれどね。


急に催す吐き気と眩暈。


「椅子を使えよ!窓際の席で良かったな!一思いに逝けよな!」

拍手喝采、アイドル志望のあの子よりぼくの方が注目されてしまう。


御手洗いの個室ではロッカーの中と同じ安堵感を覚える。

胸元のポケットをなぞる。

触れたそれは温かくぼくを包む。


背中には沢山のレッテルと付箋の数々。

『静かにして居たいだけなのに』

これは、心底想う。


巣に帰れとチャイムが急かす。

何も言わない星が微笑む。

ぼくは選択できるだけマシなのだろうか。


このまま、時間任せに長い長い人生を歩んで行かなければならないのか。

そう想うだけで、視界がぼやけ。

胃から逆流してくる胃酸が口に広がり気持ちの悪い酸味に襲われるのだ。


何も考えなくて良い、

一時の安心を感じる事に嫌悪感は必要ない、

今、したい事をすれば良い、

星が誘導する。


ぼくは、ぼくに構わず実行した。

自己嫌悪とナニか分からないうごめく感情がとぐろを巻く。

前とは違う、ナニかがぼくの中で生まれた。


滲む赤を舐めて確認した。

陽を見届けること以外にも、出来ることが嬉しかった。

死への恐怖は確かにぼくの中に在る。

ただ、死への幸福論も存在した。

これは、自殺衝動なのか?

生きている事を実感する為の儀式。

ぼくはぼくを崇め星を使い教祖となったんだ。


『無宗教では無くなった』


信仰を始めた、信者は生憎自分のみだけれど。

教科書に載っているものだけが全てでは無いので、まぁ良しとしよう。

気分が軽くなって、何処までも飛んで行けそうな。

口角が上がったのは何年ぶりだろう。

明日は筋肉痛になるでしょう。


気づいたんだ。

一つ言えるコトは、あの子とは宗派が違うってコト。

同じでは無いんだ。

勧誘なんかも、しませんし。

大切な証だから、容易に見せびらかすものでもない。


個室から出たら世界が別物に観えた。


日に日に証は膨れ上がり痒くなる。

絆創膏で手首が埋まる。


星に汚れが付いていたようで、傷口が膿んだ

信仰道具は清潔にすべきと学習した。


ぼくは変われたが、

人気者の素質は天性的なものらしい。

皆んなの教祖はぼくに夢中なのだ。

ほら、また机の中に沢山のラブレター。

机の上には告白の言葉がご丁寧に油性ペンで書かれていた。

『……彫り込むこともないだろう』


ラジオでは、誰も知らないような曲が流れていた。


巣に帰ると、怪物が居た。

今日は大人しくしているらしい。

遠い国の言葉を喋るんだ。

理解ができなくて困る。

そして、ぼくを見るなり左手首に目を付けた

ヘッドフォンを取り上げられ。

ラジオの周波数がズレてしまった。


破壊衝動が過る、心電図から聴こえるノイズは転調した。

星は何も言わない。

ここは分岐点では無い。

答えは自ずと出ていたはずなのに。

ぼくは失笑した。


嗚呼、鈍い音がした。

戯言を浴びせられ。

気がつけば薄暗い自室。

高い天井は語らない。


ぼくは眼を閉じた……


コンクリート製の森、絡まるはドクダミ。

独特な匂いを放ち、繁殖力が高い。

しぶといから好きではないよ。


概念で有るのか、

ぼくが考える概念は少し違うのかもしれない

何でも一括りにする為の紐だ。

まとめて仕舞えば、其れ等について首を傾げる事も無いからだ。


深く考えない様にしていたけれど、結局はぐるぐると徘徊していた。


教祖となって、ナニかが生まれてしまった

如何でもよくなってしまったのかも知れない。


ナニかとは何なのか。


腐ったこの世界から抜け出せる勇気なのか、それとも張り詰めた自己への癒しなのか。


『臆病になってしまったのか』

一時の安心を覚え、それを繰り返すことを存在意義だといつの間にか勘違いする。


良いも悪いも決断するのは、誰でもないぼくってこと。

ぼくが一番理解してたはずなのに。

気付いた時には、肉がもりあがり消すことは難しくなっていた。


辞めた、辞めた。

惑わされたんだ。

星を使う行為が、教祖で有り全ての凶源。

招いたのは精神力の弱さからなのに。

都合の良いこと。


ぼくは床の埃をはらった。

星は鍵付きの引き出しに仕舞い。

特等席から銀の星に目掛け鍵を投げた。

ナニかも、共に消えていった。


ぼくの考え方は変わらないが。


ぼく自体がこの世界から前進した気がしたんだ。


『無宗教でも良いじゃないか』


これがアイデンティティーだとぼくは想う。




チャイムが鳴った。




14/12/08

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『分岐点』 千代音(斑目炉ヰ) @zero-toiwaku

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