8

「リオン、呼んでクル!」

「あー…ねこま、今日はやめとかね?」

バツが悪そうなアネ。心の準備が出来ていないのだ。

「ナンデぇ?」

そう言って首をひねるねこま。

「仲間リしたいノニ?」

「いや、したいって言うか…今日はあんましたく…」

「ウソつく!よくナイ!リオォォォォォン!」

「うっ!」

ねこまが天に向かって叫び声をあげた。低地ラノシアに響き渡るリオンの名。遠くに見える水平線まで届きそうだ。


「何事かと思ったよ…。ねこま、大声で人の名前を叫ぶのはよくないよ?」

「リオンッ!」

「うぇ、本当にいたのか!」

岬の北方から小走りで、金髪ポニーテールがトレードマークのララフェル剣士、リオンが姿を表した。

正義感が強く、いかに強大な悪に対しても折れぬことのない正義で立ち向かう信念を持った剣士。PiPの副社長を務め、明るく優しい彼は人望が厚い。

アネとはウルダハのコロセウムに出場した際に剣を交えるも決着はつかず、以来ライバルとして互いに意識し合うようになるがそれと同時に親友としても互いを認め合っていた。

その見知った顔には、アネの見慣れぬ眼帯が巻いてある。


「…アネもいたのか。」

「…よう。」

「なんでこんなところに?ここって…」

「カニ!リオン!カニ、タベル?」

ねこまは先程運んだ山積みのカニ足の隣でヨダレを垂らしている。そんなねこまを見てアネに笑みがこぼれた。

「はは。さっき狩って来たんだ。一緒に食べようぜ。」

リオンは大量のカニ足に一瞬戸惑いを見せたが、ふぅ、と息をついて答える。

「じゃあ僕も少しいただこうかな。」



リオンとアネは協力してカニ足を剣でさばいて身を取り出す。出てきた身はすぐさまねこまに回収され、胃袋に入って行く。


「アネ…僕達はいつになったらこの蟹が食べられるんだ?」

「ねこまもそのうち腹いっぱいになるから大丈夫だろ。」

「マ?」


「リオン、眼は大丈夫なのかよ。」

「そう言うアネは大丈夫なのかい?」

「…。」

「お互いにそうでもないようだね。」

「…悪かった。」

「やめてくれよ、お互い様だろ?」

「…。」

ねこまが心配そうに2人を見る。

リオンの右目はアネとの決闘の際にアネの放ったエーテルにより汚染され、ほとんど見えなくなっている。


「…お嬢に怒られてピピさんからはなんとかしろって頼まれてるんだけどよ。」

「うん?」

「感情を抑制する方法なんて思い付かないんだ。苛立ちも悲しみも人より何倍も強く受け取って、自分の中で膨れ上がって行くのを止められない。」

「…。」

「なんとかしなきゃいけないのはわかってるんだけどな。」


カニをさばきながら愚痴をこぼすアネにカニ足を何本も抱えたねこまが駆け寄る。

「マ。あげル。」

そう言って差し出されたカニ足。

「…はは、ありがとな。」

剥き出た大きなカニ身に食らいつく。

「お、結構うめぇな!」

「カニ!ウマイ!」

「量もまだまだあるし、ここに来たのは正解だったな!」

「げんき、デタ?」

「おう!ははは。」

「ヨカッタ!」


カニをさばきながらその光景を不思議そうに眺めるリオン。

「いつからそんなに仲良くなったの…?」

「え?あぁ…あれ、いつからだろう。昨日から気づいたら近くにいるんだ。」

「マ?」

「アネ、お嬢とぴぴさんに怒られてたときの髪色ってそんなに明るかったかい?」

「ん?」

そう言って前髪をぴん、と引っ張り髪を見る。

今朝は紺色に近かった毛先の髪色が、今は青く見える。

「あれ?」

「アネ、げんき、デタから!」

「うーん。カニ食べたくらいでアネのストレスが解消されるなんて思えないんだけどな。」

「…そうだな。それなら毎日カニ食ってりゃいいだけの話だもんな。」

「マイニチ、カニたべれるのカ!」

「今日で飽きるほど食わせてやるよ。ほれ。」

「マー!!」

「ははは。」


「もしかして、ねこまのおかげなんじゃないか?」

リオンがカニをさばく手を止めた。

「え?ねこまの?」

「ねこまと話す時、やたらと楽しそうに話すじゃないか。」

「そうか?普通だぞ。」

「普通ダゾ。」

アネの言葉を真似る。意味を理解しているのかは定かではないが、ねこまはこうして言葉を覚えているようだ。

「ねこまも、なんでアネのそばにいるんだい?」

「げんき、なかッタから。」

「これ、ずっと言ってんだ。元気出してって。元気なはずなんだけどな。」

「うーん。ねこま。」

「マ?」

「ねこまにはアネの気持ちがわかるのかい?」

「ンー。ナンカ、ワカル。げんきナイのわかる。」

「え?」

「アネ、ケンカしテ、げんきナカッタ。仲直リしたいって思っテタ、ケド、おジョーとシャチョーにおこらレタの、落ちこんでタ。」

「元気ないなんて一言も言った覚えはないぞ。」

「ワカル。げんきナイーって、ミエル、聞こえル。」

リオンがねこまの言葉に反応した。

「見える?」


少しの間、リオンは腕を組み難しい表情で思考を巡らせる。

「もしかしたらだけど。」


「光の戦士に与えられた力の影響なのかな。ねこまは野生じみた環境で育ってるから五感が鋭そうだし、その辺りが敏感なのかも知れない。きっとアネの感情をずっと聞いていたんじゃないかな。」

「え…それで俺が元気ないって?」

「キコエテタ。カラ、キノコあげタ。」

「あぁ…昨日の…。」

「はは。アネが自分でも気づけない心の声を聞いて、フォローをしてくれてたんだ。」

「マ!」

「アネ。」

「ん?」


リオンはアネに向き直り、顔を見上げる。

「今の君に必要なのはねこまの力なのかもしれないね。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る