6

朝。

アネはベッドに寝転がったまま、窓の方に目を向けていた。


東の空から陽が昇る。また必ず、世界を明るく照らす。

そんな名前だったな、ウチのフリーカンパニーは。


そんな事を思いながら、少しだけ痛む右目を瞑った。何をする訳でもなく、光を見る。


その静寂を、ガチャガチャ!と騒音が切り裂く。


「っ!?」

誰かがドアノブをガチャガチャと回しながらドアを押し引きしているようだ。

「おい、誰だよ…ノックしろよ…。」

アネはベッドに寝たままの姿勢で声を出す。

「マ!!」

「は?」


ガチャガチャ!とドアノブを回す音は止む気配がない。

ドアの外から「や、やめなよ」と困惑する声が聞こえてきた。

「ぷいさん!何事だよ!」

「ほらマスター起きちゃったよ。寝起き悪いんだから。」

「おはヨウ!」

ガチャガチャ!

「ねこちゃん今挨拶するタイミングじゃないよ。」

「マ?」

ガチャガチャ!


「アネよ、扉を開けるのじゃ。来てやったぞ。」

ドアの外から特徴的な口調が聞こえてきた。


「えっ…ピピさん?」

「おはよう。わらわが出向いたのじゃ。茶ぐらい用意せい。」

ガチャガチャ!

「うあぁ…あ、今日体調悪いわ…。」

「なるほど。エスナしてやろう。開けるがよい。」

「うっ…あ、足もくじいててさ」

「遅いっ!時間じゃ!やれっねこま!」

鋭く刺さるように発せられた声。ガチャガチャ音が鳴り止む。


「ねこちゃん!何を!!マスター逃げてええ!」

「は…。」

慌ててベッドから飛び起き、壁から少しだけ身を出しドアの方を覗き見るアネ。

「マー!!!!」


ズドン!!と大きな音と共に感じる衝撃。

ドアノブがあった場所に、穴ができた。

社長机と位置づけしてある机には、ドアノブを粉砕したであろう矢が刺さっている。

穴の外から2人の顔が見える。

「おはヨウ!」

「ふふ、入るぞ。エスナをかけてやらねばな。」

「マスター、ごめんよ止めれなかった。」


ドアを押し開け部屋に入る2人。


「元気そうじゃな。」

「いや、ドア!!!!」

「仲間の緊急事態じゃろう。エスナは早い方がいい。」

「やめてくれ…仮病は悪かった…。けどドア壊すことねぇだろ!」

「そうせねば窓から逃げるじゃろう。」

「うっ。」

「顔を洗って来るがよい。話はその後じゃ。」

「ああ…逃げないから、待ってて…。あ、ぷいさん。」

「なに?」

「2人にお茶出してもらってもいい?」

「あいさー。」


ぷいさん、と呼ばれた大柄なアウラ・レン。EASTの初期メンバーの1人。いかつい見た目と裏腹に優しい心の持主であり、EASTメンバーの世話をあれやこれやと焼いてくれる。気遣いができる彼の出すお茶は格別なのだ。


「さっぱりしたかの。」

「魚にエサだけやらせてくれ。」

身だしなみを整えて部屋に戻るアネ。

「サカナ!!!」

「こらねこま!ご飯じゃないぞ!」

「ふふ。食べるでないぞ、ねこまよ。」

「ウゥ。」

水槽から残念そうに目を背けるねこま。昨日逃がした魚は大きかったようだ。

「昨日来てくれたんだってね。ありがとう。」

「察知して逃げておったのはどこの誰じゃ。」

「う。」

「怒りはせんよ。お嬢から何かしら言われたのじゃろ?」

昨日の話を思い返す。

アネは2人に対面する形でソファーに腰掛けた。


「次やったら殺すって言われたよ。」

「ふふ、物騒な事じゃの。」

「もう喧嘩は懲り懲りだ。」

「まだりおんくんとも、まともに話せておらんのにな。」

「さっきから痛いとこ突いてくるな。」

「弱点を攻めるのは戦いの基本じゃろう。」

「戦いなのかよこれ。で、今日はどうしたの。」

「ねこまがの。アネが悲しんでおると言うのじゃ。」

「マ。」

脚をぶらぶらさせながら、聞いているのかいないのか、相槌を打つねこま。


「悲しんでる?俺が?」

「どちらかと言うと怒っているように思えるのじゃが、ねこまが言うにはそうでもないらしい。ねこまは度々こういう事を言うのでの。気になったからねこまに着いてきたついでに、一言ちくりと言いに来たのじゃ。」

「はぁ…。わかんねぇけど。」


昨日の別れ際、元気出して、と言われた事を思い出すアネ。


「それでの。わらわがしたいのは今後の話じゃ。」

「今後?」

「そう。お主の妙な体質についてじゃ。」

「おぉ…。」

「治せるのかの?」

「…わかんねぇ。術かけたやつも殺しちゃってるし。調べてはいるけど、なんにも出てこねぇ。」


アネのプライベートスペースに散らかされた書類。それらは全て帝国の内部記事や魔導技術、呪術に関する書類である。


「ふむ。治すのはまだ時間がかかりそうかの。」

「だと思う。」

「お主の闇が払えぬと言うのであれば、りおんくんの眼も時間がかかりそうじゃの。まったく厄介な力を。」

「本当に悪い。」

「であれば、感情を抑制する方法を考えねばな。」

「抑制か…。」

「周りに気を遣わせてばかりか、それでも足りねばまた今回と同じ結末じゃろう。なればそうなる前に、感情を抑制する手段を得ねば仕方あるまい。」

「わかってはいるんだけどな…。」

「髪色から見たところ、お嬢との話でかなり苛立ちを募らせているようじゃが。大丈夫なのか。」

「マ?」


ねこまがアネに向き直る。


ねこまが昨日と同じように言った。

「んー。げんき、だしテ。」

「…お、おぉ…。ありがとう。」

「ねこまには何か見えておるのか…?」

グルルルルル、と突然獣の唸り声のような音が部屋に響く。

「シャチョー!ゴハン!ナイ!!」


ねこまのお腹が、唸っていた。

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