5


夕刻のラベンダーベッド。辺りを包む夕陽が木の葉の隙間から漏れ、キラキラと輝きを生む。どこか懐かしさを纏う、オレンジ色の風景。


「よいしょ…ただいま。」

キノコを抱えたアネが脚でドアを開け、ハウスへと帰ってきた。入ってすぐの共有スペースの電気は点いておらず、窓から射し込む夕陽とテーブルに置かれたランプだけが室内を照らしていた。

薄明かりの中、部屋中央に置かれた椅子にお嬢が寝そべっているのを、アネはなんとか確認できた。

「お嬢。寝てたのか。」

「さっき起きたとこだ。おうおう、なんだそのキノコ。」

「ねこまがくれた。俺の飯だ。」

「ねこまに餌付けされてんのかよ!ハッハッハ!!」

「餌付けじゃねぇ!たぶん飯がないこと言ったから、同情されたんだ…。」

「ハッハッハ!気が利く野生児だなぁ!」

「我ながら哀れだよ。」


キノコをテーブルに置き、ベンチに座り込むアネ。ふとピピミの事が頭をよぎった。

「そう言えば、ピピさん来た?」

「おう。怪我の具合を見に来たーって言ってたから、酒飲んで釣りしてるって伝えといたぞ。」

「馬鹿野郎、余計な事言うと怒られるだろ。」

「ハハハ、嘘も良くないだろ?」

「はぐらかせば嘘ついたことにはならないだろ。」

「お前のためにそこまでする意味がわからねぇ。」

「ひでぇな。一応社長だぞ。」

「お、そうだったな。また次回気をつけるよ。ハハハ。」


お嬢がふぅ、と息をつき、立ち上がる。

すでに陽は沈み、卓上のランプだけが光源の薄暗い部屋。少しの静寂。


「アネ。」

「お?」

「今さら怪我の事をとやかく言いたくねぇ。お前はリオンに怪我を負わせて、変なもんまでなすり付けて来やがった。それに関してはお前も傷を負ってるし、右眼もほとんど見えてねぇんだろ。」

「…。」

「決闘の勝敗は痛み分けって形でなんとか収まった。けどよ。俺が言いたいのはお前のめんどくせぇ体質の事だ。」


お嬢は壁に背をあずけ、アネを見下ろす。いつもの豪快な笑い声とは違った、低く響く声。


「お前のストレスが溜まりやすい体質はみんな理解してる。妙な髪色の変化でどんだけイラついてんのかも大体把握できるさ。けどよ、お前のご機嫌1つで仲間に対して殺す気で剣を向けるなんて事は、あっちゃならねぇことだろ。」

「殺す気なんて…!」

「殺さずに後遺症を与える気はあったのか?」

「ちが…」

「まともに食らってたら死んでたろ。お前もリオンも。」

「…。」

「もうねぇと思いたいけどよ。その体質じゃわかんねぇだろ、今回みたいに。次もしもそんな事があったらよ。」


「俺はお前を殺すからな。」


暗闇の中、お嬢の鋭い紅色の眼がアネに向けられている。アネの髪色が変化する様を、お嬢は捉えていた。


「殺れるもんならな。」

「ハハ、まぁそうならねぇ事を俺らは祈ってるからよ。こんなんでもウチのかしらだからな。頼むぜ。」

「…。」

「じゃ、キノコ1個貰ってくぜ。じゃあな!」

「あ、おい」

お嬢はお得意の瞬歩でテーブルに近づいたと思うとキノコを1つ持ち去りハウスを後にした。



ポンっと瓶からコルクが抜ける音が、暗闇に響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る