第48話 お疲れさまでした
「つか、れた……」
少女がゾンビのようによろよろと力無く歩いている。
やっとの事でベッドに辿り着くと、力尽きたように倒れ込んだ。
「赤羽さーん」
「……はーいよ」
呼ばれた少女、赤羽愛美が布団に埋もれてくぐもった声で返事をする。
「…………ごめん、今日はもう~無理。眠過ぎてヤバい。明日でお願い……」
「うん、わかったよ。そうだよね。じゃあおやすみ」
「んー……」
愛美の目はもう一ミリたりとも開かない。
少しすると、閉じたまぶた越しに部屋の明かりが消されたのがわかった。
(疲れた……)
疲労は限界を超え、眠気もあるのだが、疲れ過ぎているせいなのか眠ろうとしても中々意識が落ちていかない。
なので目をつむったまま起きた事を思い出す。
アルナが活動を停止した後の事だ。
あの後どこからかキングブラックとなった梗が現れ、稲穂に襲い掛かって。
そこからは怒涛の展開だった。
梗と稲穂は愛美がヤムチャ視点になってしまうような理解不能な速度で戦闘を始め、それに付いていけず皆がぽかんと見ていると、空に英雄の盾の活動拠点だと言われる宇宙戦艦がワープしてきて、新人ヒーロー達に攻撃を仕掛けてきた。
それに驚き慌てふためいていると、今度は地面が揺れだし、島が宙に浮き始めた。
実は今までバトルロイヤルで戦っていた島は、ヒーロー協会の所有する宇宙要塞だったというのだ。
それからはもう滅茶苦茶だ。
宇宙戦艦vs宇宙要塞。
稲穂を撤退させようとする英雄の盾の者達と、そんな英雄の盾を捕まえようと密かにスタンバイしていた現役ヒーロー達との激しい戦闘。
その場にいた新人ヒーロー達も当然巻き込まれる。
ひたすら逃げ回る者、参戦して英雄の盾と戦う者。
どちらも必死だった。
最終的に稲穂と宇宙戦艦には逃げられてしまったが、幸い双方共に死者も大きな怪我を負った者もいなかったようだ。
とりあえず一安心と落ち着いた後、これからどうするのかと思ったら、梗がとんでもない事を言い出した。
色々とあって中断してしまいましたが、バトルロイヤルを再開します、と。
しかも、英雄の盾のせいで色々とごちゃごちゃしてしまったので、リタイア者は全員復活で全部一からやり直します、と。
冗談かと思い新人ヒーロー達は笑っていたが、彼は本気だったらしく、本当にバトルロイヤル第二回戦をやらされた。
今度は特にトラブルもなくきっちり本来の予定通り二日間戦わされ、それらが終わると今更というか何と言うか、協会への入会式という物が行われた。
式は大半の者が疲れて居眠りをした状態で進行し、つつがなく終わった。
そうして、やっとの事で今である。
これから寝泊まりする場所、部屋を教えられ、ようやく休息をとることが出来たのだ。
部屋は一人部屋では無かったので、寝る前に多少同室の者達と親交を深めるべきなのかもしれないが、そんな元気は残っていない。
(………………)
ぼんやりとした意識の中で、愛美が思い出す。
稲穂が逃げていく時の事。
『稲穂ちゃん!』
キリンブラックになっていた梗の中から幻獣のドラゴンが人の姿で抜け出し、涙を浮かべた目で稲穂の事を呼んだ。
呼ばれた稲穂が振り向くと、ドラゴンは自分のワンサイドアップに結んだ髪を掴み、揺らして見せた。
『――っ!』
それを見た一瞬、稲穂は何かを堪えるようにギュッと口元を引き結んだ後、下手くそな作り笑いを浮かべ、ドラゴンがしたように自分の結んだ髪を掴むと、ぴょこぴょこと揺らして見せてから去っていった。
「………………バカ」
その光景を思い出し、愛美が小さく呟く。
「……バカだよ、みんな」
*
「皆、今日は本当にお疲れ様でした」
椅子や机を端に寄せた会議室のような部屋で、梗がにこやかに告げる。
机は全てが端に寄せられているわけではなく、いくつかは食べ物や飲み物を乗せた状態で置かれていた。
部屋の中にはバトルロイヤルに参加していた一部の新人ヒーロー達がいた。
「ごめんね、大変な事をお願いしちゃって。新人ヒーローに紛れてバレないように皆をサポートしてくれだなんて」
彼の話を半ば聞き流しながら、めいめい料理や飲み物を楽しんでいる。
「全く、よく言うよ。あんな事を仕組んでおいて」
改造人間、マスクドインセクターズの神田友里恵が、フルーツのタルティーヌを手に取りながら呆れた笑顔を浮かべる。
「彼女と出会ったのは、偶然じゃないね?」
「さぁ? 何の事? よくわからないけど、偶然じゃないかな」
当然その発言を信じる事はせず、肩をすくめて友里恵がタルティーヌを齧り、彼の元を去る。
「楽しいですよ」
切り分ける前のローストビーフにそのままフォークを差し、小さく口を開けながらわたあめでも食べているかのようにむしゃむしゃとその肉塊を胃におさめていくのは、くいなだった。
「こういうのも楽しいです」
「ならよかった。楽しんでもらえているなら何よりだよ」
「まぁ~さぁ~……私達も頑張るけどさぁ~……」
グラスに注がず、ワインを直接瓶から飲む酔っぱらった女性が、んふぅと鼻から熱い息を吹く。
「すぐにバレちゃうと思うよ? 勘鋭そうな子も多いし」
「だろうねぇ。既に気付いててあえて言わないでいてくれてる子もいるみたいだし。ま、皆にバレちゃったら仕方ないよ。とりあえずバレるまでって事で続けてもらえるかな」
「ふーん」
グビリ、とワインを喉に流し込みながら女性が歩き去る。
「………………あんな飲み方して、あれ一本いくらするのかわかってるのかな」
そう言って自分も何かアルコールを飲もうかと一歩踏み出したところで、止める。
「…………はぁ」
まだ仕事が残っているのだ。
報告、書類作成、やる事は沢山ある。
飲み食いをする彼女達を見ながら、悲しげな顔でソフトドリンクを手に取る。
「……頑張ろ」
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