第46話 もうやめて

 それを見ていた者達の動きが止まった。

 アルナが悠々と身を起こす。

 ティラノサウルスの姿は影も形も無い。

 アルナに絡みついていた鎖の破片がパラパラと地に落ちるだけだ。


「そんな……」


 ジェイガーが震える声で呟く。

 チェーンがいた筈の場所は、跡形もなく粉砕されていた。

 

「……あれでは、助からない」


 クラヴィスが悔しそうな声で言う。







「あっぶない事すなや!」







 『!?』


 赤羽の大きな声に皆の視線が集まり、驚愕した。


「次は無いかんな! ……うぇっぷ、気持ち悪い」


 赤羽は抱えていた物を地面にぶん投げると、口を押さえながらしゃがみ込んだ。


「……お、おう」


 ころころと地面を転がったのは、一人の人間だった。


「サンキュー……」


 ぽかんとした顔で目をぱちくりしているチェーンだった。


「チェーンさん!」


 ジェイガーが駆け寄ろうとしてヒーローキラーに吹っ飛ばされた。


「何をするんですか!」


 ジェイガーガンで反撃し、相手を破壊する。

 だが、これは彼女が悪い。

 気持ちはわかるが今は戦闘中なのだ。


「え、どしたのこれ。何があったの? 私何で生きてんの?」


 チェーンも自分の身に何が起きたのか理解出来ていないようだ。

 



「グァァァァアアアアアアアア!!!!!!」




 その時、竜王の叫び声が響いた。

 鎖の拘束が無くなったアルナが、再度竜王の首に噛みついていた。


「駄目! もう保たない!」

「きゃぁぁああああああああ!」


 他の場所からも悲鳴が聞こえだす。

 新人ヒーロー達の体力に限界が来たのだ。

 ヒーローキラーの攻撃で防御壁が破られ、崩壊の振動が中にいた者達に襲い掛かる。

 すぐさま別の者がそこに新たな壁を作り出すが、それもいずれ破られてしまうだろう。

 

「あららー困りましたねーどうしましょうかー」

「はぁ、はぁ、はぁ…………」


 稲穂を相手にしているシスにも限界が来ていた。

 目は虚ろで足元はふらつき、気力だけで戦っている。

 

「いいんですかー? 本当にいいんですかー? このままでは皆死んでしまいますよー?」


 誰に向けてかはわからないが、稲穂がそう告げながらくるくると回る。

 

「ぐっ、あぁ! が! グアァァァァアアアアアア!」


 首から血を吹きながら苦しむ竜王。


「誰か、交代……出来る人……!」

「待って、待って……もう少し回復してから……」

「誰か! こっちのロボット倒して! じゃないと!」


 身を寄せ合い必死に互いを庇い合う新人ヒーロー達。


「…………やめて」


 幼い少女が悲しげな声を上げた。

 だがその声は、他の声にかき消され、誰の耳にも届かない。


「……もうやめて」


 少女が呟きながら歩き出す。


「ちょ、ちょっと! 危ないよ! ねぇ、戻って! ……あぁ、もう! ごめん、ここ誰かお願い!」


 それに気付いた葉が慌てて追いかける。

 他の者達が張っている防御壁から少女が出るギリギリのタイミングで、葉の張った防御壁が間に合った。

 それに気づいているのかいないのか。

 戦場の中まで歩いて行った少女が、叫んだ。







「もうやめて!!!!!!」







 その瞬間、その場にいた者達全員の動きが止まった。


「コトコ……」


 竜王が驚いた顔で少女の名を呼ぶ。


「もうやめて下さい……こんなのもう、やめて下さい! ……こんなの、悲しすぎます……!」


 そう言って、シスの元へと近付く。


「…………何、かしら? お嬢さん」

「もうやめましょう、お姉さん。このままでは死んでしまいます」

「……止める? 冗談はよして。今更何を言っているの?」


 右手を上げて、琴子に向ける。


「くだらない事を言っていないで、早くそこを退きなさい。巻き込まれて死にたいの?」

「お姉さん!」

「……さっきも言ったけれど、どの道私は生きていたって仕方がない。私にとって大切な人が誰もいない、大切な物が何も無いこの世界で、生きる意味なんて無いのよ……」


 稲穂を睨みつける。


「私から大切な人を奪ったあの女に復讐して死ねるなら、それが私にとって一番幸福な人生の終わり方よ!」

「そんなの嫌です!」

「え、嫌?」


 琴子の言葉にシスが驚いた表情になる。


「嫌です! そんなの!」

「……あなたが嫌かどうかは私に関係無いわ」

「関係なくったって、嫌です! わたしはお姉さんに死んでほしくありません!」

「…………お嬢さん、あなたおかしな事を言っているわよ? そもそもあなた、私と今日初めて会ったどころか、今初めて話をしたのよ? そんな相手が死のうが生きようが、あなたには関係無いじゃない。そして、そんな相手の言う事を、私が聞かなきゃいけない義理は無いわ」

「でも嫌です! 死んでほしくないんです! だから、死なないで下さい!」

「………………」


 シスが不機嫌そうな顔で琴子を見る。


「………………」


 その顔を、琴子が真剣な顔で見つめる。


「………………はぁ」


 にらめっこに負けたかのように、シスは表情を崩すと諦めたような笑みを見せた。


「我が儘な子ね」


 そう言って、前のめりに倒れ込む。


「お姉さん!」

「…………時間切れみたい」


 唇を震わせて、目を瞑る。


「………………これは、最後の貴重な時間を使わされて不運だったのか、それとも……幸運だったの、かしら」


 ケホ、と口から血の塊を吐き出すと、苦しそうにしながらも、どこか満足そうに口角を上げた。


「この、出会いが……」

「はーい、いいからいいから、言いたい事は後で。なーに満足そうに全部終わりましたそれではおやすみなさいみたいな顔してんのよ」


 意識を失いかけているシスをひょいと担ぎ上げたのは、静流だった。

 

「ほら、もういいでしょ。あんたもこっちに来んのよ。こんだけ色んな力を持った凄い人達がいるんだから、誰か一人位あんたを治せる人もいるでしょ。死体持って死体に話しかけながら歩いてたなんて経験いらないから、あんた死ぬ気で生きなさいよ。皆の前で下ろしたら、あ、この人もう、息してない、とかなってたらはっ倒すからね?」

「ふふ、流石静流さんですね」

「稲穂ちゃん。後で尋問タイムあるから待ってなさい」

「あら怖い」

「あと、琴子ちゃん、だっけ?」

「は、はいっ」

「こっちのこの人は心配しなくていいから。ほら、行きなさい。まだ言いたい事がある人がいるんでしょ?」

「あ……はい! ありがとうございます!」


 ぺこりと頭を下げると、アルナの方へと走って行った。


「ちょ、何言って、駄目だって! あ~~~~!」


 それを見て葉が慌てて走り出す。

 

「あの! アルナさん!」


「止めろ、コトコ! 死ぬぞ!」


 竜王が慌てて庇おうとすると、アルナがその尾で巨体を殴り飛ばした。

 倒れたその体に、先ほど鎖で作ったティラノサウルスを一撃で葬り去ったあの攻撃を放つ。


「ガッ、ググゥ!」


 呻き声を上げ、竜王が動かなくなった。


「りゅーおーさま!」


 心配して駆け寄ろうとした琴子のすぐ横に、アルナが足を下ろす。

 風圧と振動に琴子が足を止めると、アルナがじぃ、とその小さな体に視線を向けてきた。


「アルナさん……」


 一瞬竜王に視線を向けるが、すぐにアルナに戻して話しかける。


「もうやめましょう、こんな悲しいこ――」


 シスに対してと同じ言葉を吐いている途中。

 アルナの爪が彼女めがけて振り下ろされた。

 地に突き刺さった爪が、大きな音と振動と共に土煙を巻き上げる。

 何人かが悲鳴を上げたが、それらは全てその音にかき消された。


「………………」


 土煙が晴れると、そこに琴子の姿があった。

 わざと外したのだろう。

 爪と爪の間に彼女がおり、その身は無事だった。


「………………」


 琴子の顔に怯えは浮かんでおらず、真っ直ぐにアルナの事を見つめていた。

 しばらくアルナの事を見つめていた琴子だったが、ゆっくりとまばたきを一つすると、目を逸らし、アルナの爪にそっと触れた。


「っ!」


 触れた瞬間、驚いた顔になるとその瞳からつーっと涙を流す。


「そう、だったんですね……」


 そして、その気になれば琴子の事を軽くつつくだけでその身体を刻み潰せる鋭い爪に、そっと身を寄せた。


「そんなの酷いですよね、あんまりですよね」


 ぼろぼろと悲しそうな顔で涙を流す。

 それは、ともだちリングが持つ力の一つだった。

 体に触れる事で、心にも触れる事が出来る。

 琴子はそれで、アルナの過去を見た。

 

「人の事が許せないと怒るのは当然です、人の事を嫌いになるのは当然です」


 アルナは、触れられた爪を動かさず、だが何かを言いたげに、声を出せない口を開いた。

 

「わかりましたか?」


 琴子がその顔を見上げる。


「はい、そうです。わたしのパパは、竜に殺されてしまいました」


 その言葉に新人ヒーロー達が驚いた表情になる。


「それはとても悲しい事です。でも……」


 竜王の事を見る。


「わたしは竜を嫌いではありません。パパを殺した竜は……好きにはなれません。でも、だからと言って、全ての竜が酷い事をするわけではないと知っています。きっと、人も竜も同じなんです。悪い心を持つ方も、優しい心を持つ方も。どちらかだけではありません。どちらもいるんです」


 ズゥン! とアルナがもう片方の手の爪を不機嫌そうに振り下ろした。

 それは怒りを表していた。

 だから、何だと。

 だから、どうしたと。

 全ての人が悪いわけではない、だから人を許せと言うのかと。

 平和に暮らしていた自分達を私利私欲の為に襲い、家族を皆殺しにした者達を友と呼べと言うのかと。

 だが琴子は、怯まなかった。

 怒りの感情を向けられても、怯えなかった。

 ただひたすらに真っ直ぐに、アルナの瞳を見つめていた。


「わたしには、あなたに酷い事をした人間を許して下さいとは言えません。人間を憎まないで下さい、恨まないで下さいとは言えません。……ですけど、お願いします。少しだけ、わたし達の事を見て頂く事は出来ませんか? 気持ちや感情を押さえつけて、無理矢理抱く想いを塗り替えて下さいとは言いません。ですけど……」


 爪にぎゅっと抱き着く。


「お願いします。わたし達人間に、チャンスを下さい。わたしが沢山の竜を見て、会って、優しい竜を、尊敬出来る竜の皆さんを知ったように、あなたにも人間を知って欲しいんです。そうすれば、きっと……」


 琴子が小さな声で告げる。


「あなたの悲しみや苦しみが、ほんの少しだけ和らぐと思うから」


 そう言った琴子とアルナがしばらく見つめ合う。


「誰かを恨むのも、憎むのも、とても辛い事です。長く長くそう想い続ける間、心はずっと苦しくて、悲しいんです。だから、その気持ちを、ほんの少しでも……」


 小さく口を開けたアルナが、ゆっくりと顎を下げて地に付けた。


「アルナさん?」


 金属製の瞳から光がスゥっと消えていく。

 破壊の振動を放つ円筒形の機械達もアルナの羽へと戻っていく。

 アルナが戦う意欲を無くし、行動を停止したのがわかった。


「………………」


 琴子が爪に額を押し付ける。


「ありがとうございます、アルナさん」


「まさか、こんな事が……」


 竜王が驚愕した顔でアルナと琴子の事を見る。


「コトコ」


 そして、続いて何か言おうとした時。




「あはははははははははははははははははははは!!!!!!」




 平賀が手で目元を押さえながら、おかしくて仕方がないという顔で哄笑した。

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