第45話 チェーン・T・レックス
アルナは強かった。
機械化されているとはいえ、アルナはメスのドラゴンだ。
そして、竜王はオスのドラゴン。
月の呪いによる強化と弱体化、それが決定的な力の差となった。
「魔法は使わないのかい? 取っ組み合いじゃオリハルコン合金製のアルナには勝てないよ?」
「………………」
平賀が聞くが、竜王は返事をしない。
竜王はかなりの実力を持った魔法の使い手だ。
現に今も琴子や新人ヒーロー達を守る為に魔法で防御壁を張っている。
だが、それを攻撃に使うとなると話は別だ。
彼の魔法は自分と同じドラゴンやそれに匹敵する力を持った強力なモンスターと戦う事を想定した物ばかりなので、今ここで使うと威力が強過ぎ、足元の新人ヒーロー達を巻き込んでしまうのだ。
加減をして威力を下げて使用するという手もあるが、相手はオリハルコン合金に全身を包まれたアルナだ。
生半可な魔法は通用しない。
それに、月の呪いによる弱体化で魔力の微調整がし辛くなっているのもある。
力が弱まっているせいで感覚が違うのだ。
下手に使うと加減を間違えて足元の皆を傷つけてしまう可能性があった。
竜王が魔法を使わないのはそういう理由からだ。
(……まずいな)
アルナにやられた傷口を魔法で癒そうとするが、竜王は魔法に対して耐性があった。
攻撃魔法だけではなく、癒しの魔法に対しても。
そのせいで、戦いながらでは応急処置程度にしか傷を癒せない。
そして真正面から挑む肉弾戦ではアルナは竜王より優れていた。
このままでは間違いなく負ける。
(だが――)
足元を見て小さく笑みを浮かべる。
勝てない相手だからと言って、引く事は出来ない。
今ここで竜王が引けば、新人ヒーロー達は、琴子は、殺されてしまう。
時間稼ぎにしかならないとしても、状況が好転するまで竜王が耐えるしかない。
強力な力を持ったドラゴンと、崩壊の振動から身を守りながら戦う。
それが出来る者はこの場には少ない。
竜王が戦うしかなかった。
(何か手立ては……)
「しゃーない。こんな状況なら私でもいないよりはマシかな」
チェーンが全身を鎖で包み、防御壁から出る。
「私の力は鎖を出して操るだけだけど……」
シャリシャリと音を立てながら、チェーンが身に纏う鎖がどんどん大きくなっていく。
「単純に質量を生み出す力って考えれば、これはこれで中々なもんだと思うんだよね」
「おぉ……」
竜王が驚嘆の声を上げる。
「力は勿論劣るけどさ」
チェーンが生み出した鎖が巻きつき、絡まり。
竜王やアルナと同等のサイズとなった。
「これで、二体一だよ」
鎖で出来た巨体が頭を上げて口を開けると、ジャラジャラジャラと鳴き声のように音が鳴る。
そこに、全身が鎖で出来たティラノサウルスが姿を現した。
「さて、行こうか。チェーン・T・レックス」
ティラノサウルスが地を駆け、アルナの目前で身軽に跳ねて頭上から襲い掛かる。
アルナは自分の力に余程自信があるのだろう。
全く回避せず迎撃もせず、その攻撃を受け入れた。
「ま、そうだろうね」
ティラノサウルスが両足でアルナを押さえ込もうとするが、ビクともしない。
その大きな口で噛みついても、鎖が絡み合って出来た牙と顎では、その身を傷付けられない。
それどころか、破壊の振動でその表面の鎖がボロボロと崩れていく。
すぐにまた鎖を出す事で補充は出来るが、無限に出せるというものでもないだろう。
はっきり言って、鎖の恐竜はアルナに対し、全くの無力だった。
「やー、参ったね」
だがその声色は軽い。
「でもさ。別にこれ、そういう勝負じゃないから」
ティラノサウルスの全身から鎖が伸び、アルナに絡みつき始めた。
それだけではない。
アルナを押さえつけようとしているティラノサウルスの体にも鎖が絡みついていき、その体がどんどん大きくなっていく。
一本一本は大した重さの無い鎖だが、アルナどころか竜王よりも大きくなる程に集まれば、それは無視出来ない重さとなる。
「はい、バターン」
重さにアルナがグラついた瞬間、チャンスだと全身に絡めた鎖を引いて体勢を崩し、そのまま押し倒す。
「竜王様だっけ? お願ーい。私が押さえとくからやっちゃってー。私じゃ決定打が無いんだよね」
「情けない話だが、二対一では卑怯などと言っている余裕は無いな」
竜王が魔力を溜め始める。
「合図をしたら離れてくれ。一瞬で終わらせる」
「あいよー」
アルナがもがき、力任せに鎖を引き千切るが、それ以上の速度で鎖が増え、しっかりと抑え込む。
鎖の重さでアルナの体が地面にめり込んでいく。
「しばらくは保つだろうけどさー」
アルナがもがくのを止め、口を開いた。
「あんま時間かけられると――」
「!? いかん! 逃げよ!」
「え?」
竜王が叫んだ瞬間、アルナの口から凝縮された破壊の振動の力が放出された。
直撃を食らったティラノサウルスは、アルナに絡んだ少量の鎖を残して粉々になり、その姿を消滅させた。
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