第44話 アルナ
人にとって、ドラゴンとは富の塊だった。
人を襲い、殺し、食らう。
最強の生物、ドラゴン。
だがそのドラゴンに対して人は、恐怖以上に強い欲望を抱いた。
頭の先から尾の先まで、鱗一枚から血の一滴に至るまで、ドラゴンの全てが人にとってとても有益だったからだ。
吐く息一つで村を焼き払い、羽ばたき一つで町に台風かと見紛うような甚大な被害をもたらす。
そのような恐ろしい力を持った相手だとわかっていても、人はドラゴンを追い求めた。
それだけの価値があった。
成体のドラゴンを一頭狩る事が出来れば、何も無い平原に小さな町が一つ出来上がると言われていた。
アルナはそのドラゴンの中でも更に価値のある震壊竜という希少な種のドラゴンだった。
だから、人から狙われた。
人里離れた山の奥でひっそりと暮らしていた彼女の家族達は、人の手によって皆殺しにされてしまった。
だが、その中でアルナだけは殺されなかった。
アルナはその時まだ幼かったので、扱いも容易いと生きたまま捕獲され、監禁されたのだ。
殺すよりも有益な使い道があると。
アルナはそこで、死なない程度に加減されながら、血や鱗等の放っておけばまた再生する物を奪われ続けた。
愛する両親、愛する兄弟を奪った人間達は、更にアルナ自身を奪い続けたのだ。
その代わりに痛みと屈辱、嘲笑をアルナに与えながら。
そんな彼女が人に対して強い怒り、憎しみ、復讐心を抱くようになったのを誰が責める事が出来るだろうか。
捕らえられたアルナは機会を待った。
自分が成長し、十分な力を得る事が出来るまで、従順で脆弱で、無様な家畜を演じ続けた。
プライドの高いドラゴンにとってそれはとても屈辱的な事だったが、そうせざるを得なかった。
彼女には力が無かったのだ。
勿論、人とて馬鹿ではない。
そんなアルナの狙いに気付いていたし、十分に警戒もしていた。
だが、人の時の流れとドラゴンの時の流れは同じではない。
人にとって長い年月の中で、人は得た富による堕落で警戒心が薄くなっていった。
一方、長命なドラゴンにとってそれは短い時間。
恨み、憎しみ、怒りの炎を絶やすには全く足りない時間だった。
結果、アルナの計画は成功した。
復讐に十分な力を得たと判断した時、アルナは自分を縛る戒めを解いて、羽ばたいた。
まず自分を捕えていた牢にいた人間を一人残らず殺害した後、アルナやアルナの家族の血肉を売って得た富で発展した町を襲うと、そこに住んでいた住民を皆殺しにした。
復讐は完遂したが、その行動により危険な討伐対象とされ、人に殺されてしまったが。
「……私は、王という立場にいながら何も見えていなかった。私利私欲の為に狩られる同胞達を見て、人の醜さ、愚かさは知っていた。だが、人の温かさ、優しさも私は知っていた。人と共に生きる同胞達の事も見ていたからな。だから、私はお前達と共に人と争う事が出来なかった」
話を理解出来ているのかいないのか。
感情のこもらない目で七型がジッと竜王の事を見続ける。
「私は自分が選択した答えが間違っていたとは思っていない。だが、正しくもなかったのだろう」
竜王の目に、戦意が宿る。
「王として、責任を取ろう。行くぞ、アルナ」
返事は求めない。
言い終わると同時、その巨体に見合わぬ素早さで竜王が七型の首に食らいつく。
七型は竜王よりも一回り程小さかった。
その大きな顎に噛まれた首は、折れるどころかそのまま食い千切られ、切断されてしまいそうだった。
「――グゥッ!?」
だが、竜王が呻く。
(牙が通らぬ! そしてこの力……!?)
平賀が言っていたオリハルコン合金の装甲は頑丈で、竜王の牙では傷一つ付かなかった。
そして七型は、力も強化されていた。
牙が通らないのならと竜王が噛みついた首をへし折ろうとするが、ビクともしない。
ゆっくりと余裕そうな動きで七型が竜王の肩を掴むと、その鋭い爪が頑丈な筈のドラゴンの鱗を容易く切り裂き、肉に深く突き刺さった。
「グッ、ァ」
苦痛に竜王が呻き声を上げると、七型が逆に竜王の首に喰らい付く。
「グアァァァァアアアア!」
七型の牙は爪同様、竜王の鱗を難なく突き破る事が出来、そのまま肉を噛み千切ってしまった。
抉れた肉の裂け目から血が噴き出す。
竜王の危機に何人かが気付いたが、そちらを支援する余裕がない。
全てを破壊する崩壊の振動と、ヒーローキラー達の対応で精一杯だった。
「クラヴィスさん、どうですか!?」
「……駄目だな。私の力でも壊せない」
剣を構えた鎧の騎士、クラヴィスが残念そうに言う。
ジェイガーやクラヴィスのように全身を鎧やスーツで覆う事が出来る者は、この崩壊の振動の中でも動く事が出来た。
いつまで保つかはわからないが。
動く事が出来るのは、身に纏った物が崩壊の振動で壊れてしまうまでだ。
「オリハルコン合金と言ったか。恐らくこれらもそれで出来ているのだろう。とんでもない金属だな」
クラヴィスの黒い瘴気で包み込むが、円筒形の機械は一切錆び付かない。
「私のジェイガーガンでもビームバトンでも駄目です!」
円筒形の機械はジェイガーの攻撃に弾かれはするものの、すぐに姿勢を戻して宙に浮かぶ。
ダメージは一切無いようだった。
「全く、どうしたものか!」
クラヴィスの振るった剣から出た瘴気を見て、ヒーローキラー達が後ろに下がる。
敵は円筒形の機械だけじゃないのだ。
「ありがとうございます、騎士さん!」
「しっかりして下さい! 今治癒魔法をかけますから!」
「あまり離れないで! もっとこっちに寄って!」
ヒーローキラー達が襲おうとしたのは、互いを庇い合っている新人ヒーロー達だった。
防御に秀でた力を持った新人ヒーローや竜王が張った防御壁の内側に皆が集まり、防御壁に入る前にやられてしまった負傷者を、治癒能力のある者が治療している。
「あらら~大変ですねぇ~」
「うわぁぁぁぁああああああ!!!!!! 死ね! 死ね! 死ねぇぇぇぇええええ!!!!!!」
「おっとっと」
そんなピンチの新人ヒーロー達を見ながら、稲穂がのほほんとした顔でシスからの攻撃を回避する。
シスの攻撃は沢山のヒーローキラー達を巻き込みながら、その先にある木々をも破壊する。
だがそれは、シスの限界を越えた力だ。
一撃の度に足元をふらつかせ、血を吐く。
「……殺す…………殺す、殺す……殺す……!」
「こっちはこっちで大変ですしねぇ~、どうしましょうか」
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