第32話 常人と超人

(不愉快、不愉快、不愉快!)


 一〇二がナイフを振るう。

 それを静流が体を大きく振って回避する。

 一〇二は静流の事を言葉で上手く騙して楽に倒そうとしたが、失敗した。

 諦めて実力行使に出る事にしたが、銃を撃とうとすると見えない刃物で切断されてしまったので、仕方なくこうしてナイフで戦っている。

 銃を切断したのは英子の仕業だろうかと一〇二が静流の背後を見るが、英子は木の陰に隠れてしまって姿が見えない。


(クソッ! クソッ! クソッ!)


 一〇二が苛立つ。

 振るったナイフが全く当たらず、かすりもしない。

 最初はバリアがまた張られているのかと思ったがそういうわけでも無さそうだ。

 だからと言って、静流が高い戦闘技術を持っているというわけでもない。

 むしろ動き方は完全にド素人だ。

 だが何故か、強い。

 静流は戦闘経験が少ないので、一〇二の攻撃に対して予測して回避する事なんて出来ない。

 同じように経験不足から勘を働かせる事も出来ない。

 ただ単純に、目で見て避けているだけだ。

 だが、一〇二は失敗超人とは言え超人なのだ。

 力も反射神経も、全てが常人より上。

 その上戦闘訓練も受けている。

 そんな彼女と真正面からぶつかって、これだけ戦えているのはおかしい。

 一〇二からしてみれば、静流は素人丸出しで行動の全てが一テンポずつ遅い。

 攻撃をする時も攻撃を避ける時も全てだ。

 なのに全てが一〇二に追いついている。

 つまり、静流は超人である一〇二よりも身体機能や反応速度がずっと上なのだ。

 

「この化け物!」


 一〇二の敬語はもう無くなっている。


「はぁ!? 何よ突然! 失礼ね!」


 静流が一〇二を殴ろうと右手を引いた瞬間、カウンターを狙う。

 一々大振りの攻撃は対処が楽だ。

 ナイフでその手を切り裂こうとする。


(何で!?)


 だが静流は、殴りかかった自分の手にナイフが触れる直前で、引いた。

 ギリギリどころか、絶対に無理なタイミングで。

 

(こいつの身体構造どうなってんの!?)

 

 静流が慌てて距離を取った後、手を撫でる。


「あっぶなぁー……怖ぁー……」


 危なかったどころか、普通なら確実に手を切られていた。

 

「ちょっと! そのナイフ危ないから寄越しなさい!」


 静流が一〇二に接近し、手を伸ばす。

 馬鹿が、とその手を一〇二が今度こそナイフで切り裂こうとする。


「な――!?」


 だが、そのナイフを掴まれた。

 凄く自然な動作で、あっさりと。

 両刃のナイフだったので、刃の無い側面部分を指で掴んでいる。

 何故かそんな持ち方でも一〇二より力があった。

 一〇二がいくら引いても、ナイフが大木に深く突き刺さっているかのようにピクリとも動かない。


「クッ!」


 ナイフを手離し蹴りを入れようとするが、今度はその足を掴まれる。

 

「だからさぁ……」

「や、やめ――!」


 静流が片手でその足を掴んだまま、一〇二の体を上に振り上げた。


「危ないっつってんでしょうが!」

「きゃぁぁぁぁああああああ!!!!!!」


 そのままぶんぶんと子供が玩具を振り回すように腕を回す。


「どぉ~……りゃあ!」


 一〇二が目を回した頃、水切りをするように水平にぶん投げた。

 木や地面に叩きつけなかっただけ優しいのかもしれないが、にしたって酷い。

 どん、どん、と何度かバウンドし、ズザーッと滑っていく。


「ったく」


 腕を組んだ静流が言う。


「どう? 参った? もう人に八つ当たりでこんな事しちゃ駄目よ」

「八つ当たり……?」


 一〇二が立ち上がろうとするが、散々振り回されたせいで目が回っていて、上手く立ち上がれない。


「ええ、そう」


 静流が頷く。


「だって、八つ当たりでしょ?」

「ふざけるな!」


 一〇二が怒鳴る。

 

「あんたに私達の――!」

「あなたにどんな不幸が訪れたのだとしても、それを罪を犯す言い訳にしちゃ駄目よ」


 はっきりとした口調だった。


「私だって馬鹿じゃない」


 それは嘘だろう。


「あなたが昔とっても辛い目にあったって事、今もその時の事で人から差別や迫害を受けて厳しい生活を送ってるって事、ちゃんと理解してる。でも、だからってその不幸や辛さを人に押し付けちゃ駄目でしょ」

「何をわかったような口を!」

「英雄の盾っていうのはあなたにとってよっぽど居心地のいい場所なんでしょうね。似たような境遇の人が集まってるんだろうから、互いの気持ちもわかりやすくて付き合いやすい。それで、あなたはその場所に仲間として居続ける為に私達を殺さなきゃならない。その気持ちはわかる。わかるけどさ。だからってそれ、していい事じゃないでしょうが。英雄の盾がかざすヒーローの為の何とかってあるけど、でもここで私達を殺す事はその英雄の盾の思想を言い訳にした、ただの虐殺よ。だから今すぐ止めなさい。また犯罪者に逆戻りはしたくないでしょ? 今ならまだ間に合うわよ」

「あはははははははは!」


 一〇二が大きな声で笑う。


「そうね、そうだね! 正しいよあんた! 相手の事を全く考えない正論! 正しい事を言っておけば世界は丸く収まると思ってる! だから私は嫌いなんだ、ヒーローが!」


 ふらふらとしながら立ち上がる。


「あんたにいい事教えてあげる! 正論だけじゃねぇ、救えない奴が世の中にはいっぱいいるんだよ! 正しい事――」

「じゃあどうすればいい?」

「……は?」

「だからさ。正論は一旦無しにするわ。はい、無し」


 パン、と手を叩く。


「で? じゃあどうすればあなたは救われるの?」

「そんなの決まってる! 今すぐここであんたが私に殺――」

「いやいや、そういう湾曲的な意味じゃなくてもっと直接的に。あなたが今普通な生活をするのに必要な物は何?」

「ひ、必要な物って……」

「必要以上の贅沢は無しよ? あくまで普通に必要な物。何?」

「普通って……」


 静流の妙な返しに一〇二が怯む。


「ぜ、全部よ! 全部! 居場所も! お金も! 仕事も! 全部! 今の私には全部が足りてない!」

「ふんふん」


 静流が頷く。


「居場所は……ヒーロー協会って寮生活出来るからそれで問題ないわね。はいクリアー。お金と仕事もヒーロー協会に入れば手に入るわよね。クリアー」


 ポンと手を叩く。


「ほら、解決。何も英雄の盾に固執しなくてもいいじゃない。来なよ、こっち」


 静流が手を伸ばす。


「そ……そんな事言っても! い、言ったでしょ!? ヒーローになろうとしても、周りが私にヒーローとしての振る舞いを求めてない!」

「だったらマスクでも何でも被ればいいじゃない」

「は?」


 静流が両手で顔を隠す。


「いるじゃない、そういうヒーローいっぱい。そのままだと何か言われるっていうなら、言われないように正体隠してヒーローやればいいのよ」

「だ、だって……」


 一〇二が困惑した表情で視線を揺らす。


「後は……友達? 仲間とか。英雄の盾が居心地よかったのってそういう人がいたからでしょ? それもあなたがいいなら私がなるし。私ならあなたのそういうの気にならないから」

「………………」

「はい、解決」


 ニッコリと静流がほほ笑む。


「まだ何か不足はある?」


 中身はともかく容姿は最高レベルの静流だ。

 まるで聖母のように見えた。


「わたし……」


 一〇二が静流にゆっくりと歩み寄る。


「わたし……いいの?」

「ええ、勿論」


 静流が受け入れるように両手を伸ばす。


「さぁ」

「あんた……」


 一歩、一歩と歩を進め、一〇二が恐る恐る手を差し出す。




 ――シャコ




「やっぱり馬鹿よね」

「え?」




 パァン……!




 一瞬の出来事だった。

 一〇二の手首の袖口から小さな拳銃が出てきて、静流に向かって引き金が引かれた。

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