第30話 失敗超人一〇二番
彼女に名前は無かった。
しいて言うなら、
超人実験。
その名の通り、人を、人を超えた者、超人に変える事を目的とした研究だ。
本来なら許されない非人道的な研究だったが、その時世界は異世界結合により侵略者に襲われ、ヒーローを求めていた。
もしかしたら、これにより作られた超人が世界を救うかもしれない。
結果、研究は黙認された。
実験対象には、身寄りの無い子供達が選ばれた。
侵略者によって親を殺された子供達が沢山いたからだ。
その中でも特に、死んでも出来るだけ騒ぎになりにくく、何かがあっても存在を伏せたり誤魔化しやすい、移民の子供達が実験に多く使われた。
そうして生まれたのが、実験超人と呼ばれる存在達だった。
実験超人、計百十六名。
実験の失敗により亡くなった者はその何倍もいた。
彼ら実験超人には、一つ大きな問題点があった。
それは、想定していたよりも実験超人がずっと弱かった事だ。
確かに実験超人は常人よりは強い。
普通の人間よりも少しだけ目がよく、少しだけ耳がよく、少しだけ鼻が利き、少しだけ力があり、少しだけ反射神経が良い。
これだけの少しが積み重なれば、常人よりはずっと強い存在になる。
だが、その程度でしかない。
戦う相手は常人ではない。
彼らが戦う侵略者達の強さは、そういうレベルではないのだ。
結局、彼らは同じ超人という呼ばれ方でもっと強い者達がいたので、それらと区別する為に『失敗超人』と呼ばれる事になってしまった。
(………………)
一〇二が銃を構えながらくちゃくちゃと木の葉を噛む。
咀嚼癖とでも言えばいいのか。
集中する時や緊張した時、何かを噛んでいないと落ち着かなくなるのだ。
照準がズレるので良くないとわかってはいるが止められない、悪癖だ。
実験超人達は訓練後、ヒーローになる事は無かった。
犯罪者にされた。
彼らを生み出した研究者達は、自分達の実験が失敗だったと気付くなり、すぐさま逃げ出した。
当たり前だが、この研究にはとてつもない大金がかかっていた。
なのに大した成果も出せずにただ失敗しました、だなんて出資者に報告したら、どんな目にあうかわからない。
そこで研究者達は逃亡資金調達と逃亡先手配の協力を求める為に、失敗超人達を犯罪組織に売り払った。
失敗超人達を買い取った組織は彼らに訓練を受けさせた。
犯罪に使う道具として役立てる為の訓練を。
「ぷっ」
噛んでいた葉を吐き出す。
「そろそろ出てきてくれませんか? もう撃ちませんよ」
太い木に向かって声をかける。
「絶対ね? 信じるからね?」
タァン!
顔を出したところに銃を撃った。
「嘘つきーーーーーー!!!!」
(外したか)
もしかしたら防がれたのかもしれないが。
彼女が狙っているのはシスと一緒に行動していた時狙撃に失敗した、静流だった。
出会ったのは偶然だが、せっかくなので失敗の汚名返上に、彼女を殺す事にしたのだ。
もう一人の英子は無理だとわかっているので、無視する。
シスとの話で英子は防御こそ優れているものの、戦意は全く無いと聞いているので、この二人との戦闘に危険は無い。
静流がただの一般人だという事を知っているからこその判断だ。
ただ、狙撃に失敗した時のように静流にまで英子の防御壁を張られるのは厄介だ。
その為に、彼女はある作戦を考えていた。
「あなたは」
ヒーローには、弱点がある。
「どうしてヒーローになろうと思ったんですか?」
優しい心。
思いやりの心。
その心が、相手に付け入る隙を与える。
「私だって、誰かを守るヒーローになりたかった……」
彼女が語り出したのは、彼女の過ごしてきた日々の話だ。
辛く苦しかった、人生の話だ。
その悲しい話で、相手から同情を引くのだ。
「最初に誘われた時、こう言われたんです。家族の敵をとりたくはないかい? って」
彼女は移民として、生まれ育った国を出てヨーロッパのある国に移り住んだ。
元の国での辛い生活からやっと抜け出せたと思ったら、ここでも新たな悲劇に襲われた。
母国に全てを置いてきた彼女にとって、今の全てであった彼女の家族達は、異世界から来た者達に皆殺しにされてしまった。
家族を殺した者達への怒り。
これからの生活に対する不安。
研究組織の人間は言った。
復讐の為に必要な力を得られる実験を、君達に施す。
更に、実験の間君達の生活は保障する、と。
全てを失った彼女や彼女と同じ境遇の孤児達が、その言葉に騙されてしまったのは仕方のない事だったのかもしれない。
復讐と、生活基盤。
彼らが求めていた全てを用意すると言われたのだから。
「全てが嘘だったとまでは言いません。ですが、私達はいいように利用されました。そして、最終的に裏切られ、捨てられました」
始まりは、侵略者への復讐心だった。
だが、同じ境遇の仲間達と話す内に、強さを欲する理由はそれだけではなくなっていた。
自分のように、仲間達のように悲しい思いをする人達を減らしたい。
人々を助けたい。
そう思うようになった。
しかし待っていた結末は、失敗という呼び名と、犯罪者としての生活だった。
「私達の心が弱かったと言われればそこまでです。ですが、犯罪者になる為の訓練なんてしたくない、犯罪を犯すなんてしたくない、と抵抗したり逃げようとすれば殺されるという状況で、自ら死を選べる者はそう多くないと思います」
別件でその犯罪組織がヒーローによって壊滅させられ、その時やっと彼女達は助け出された。
「その後、言われたんです。今度こそ、本当にヒーローを目指してみないかって。被害者の痛みや気持ちがわかる君達なら、きっといいヒーローになれるって。……嬉しかったです。自分達のやってきた事で誰かを救う事が出来るならって。けど……受け入れてもらえませんでした。私達のような犯罪者が、殺人鬼がヒ-ローだなんて……。市民の方達は私達の事を信用してくれませんでした」
(……まずは第一段階)
話の途中、遂に静流が木の陰から出てきた。
作戦が上手くいっている。
(焦らない)
だが、まだ撃たない。
英子が近くにいる時に撃っても防がれてしまう。
もっとこっちに引き寄せてからだ。
「英雄の盾に誘われたのは、そんな時です。ヒーローを作る為だとか言って、子供を騙して人体実験を行う。実験が失敗だったと思えば子供達を売り払って、関係者は逃げ出す。そこに、本当に正義はありましたか? と聞かれました。私達を救ってくれたのは、ヒーローです。それはわかっています。ですが、自分達は正しい事をしていると、正義を名乗る正義ではない者達がいる事を、私達は知りました。だから、市民から嫌われる私達に出来る正義は、これしかないと思ったんです」
静流がジッと一〇二の事を見た後、口を開く。
「ねぇ、ちょっと聞いていい?」
「はい」
「あなたが辛い目にあってきたのは何となくわかったけど……」
スッと目線が細くなる。
「それと私が殺されるのって、関係なくない?」
「え?」
「あなたは私の何を知ってるって言うのよ」
「何を知ってるって……」
「何も知らない癖に、勝手にここにいる者は全員不適格だから殺すって、それ無茶苦茶でしょ。もし私がこれから一億人以上を救うスーパーヒーローになったらどうすんのよ」
「それは、」
「未来視出来るわけじゃないんでしょ? 人間先でどうなるかなんてわかんないわよ? 自分で見極めもしないで人に言われたから殺すって、何よそれ。判断基準が間違ってるかもって考えないの? 雑過ぎない? ヒーローの判断基準。もっとちゃんと調べなさいよ」
一〇二が強く歯を噛み締める。
彼女が長々と語った可哀想な話をバッサリと無視し、今思った事だけを告げる。
いつもなら可哀想な話、の方に意識がいき、上手く自分のペースに引き込めるのだが。
(思ったよりも厄介だ、この女)
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