第29話 おいしそうですね

「……無茶しないで下さい、千尋さん……。煽るにしても、相手を選んで……」

「……あは、あはは……すみませぇん……」


 地面にしゃがみ込み、寄り添うようにして天使に向かって手を伸ばす、千尋と牡丹の姿があった。

 二人がかりで天使の攻撃を防いだのだ。

 千尋の煽りを受けた天使の表情で予感し、間一髪防御に入れた。

 だが、無傷とは言えなかった。

 ボロボロになった服は、ところどころ赤く染まっている。


「……どうするんですか。もう一度あれをされたらもう防げませんよ」

「ですねぇ……。……どうだと思います? 今からでも謝ったら許してくれると思いますか?」

「無理でしょうね」

「ですよねぇ~。そもそも謝る気なんて全く無いですし」


 千尋が立ち上がる。


「悔しいですが」

「千尋さん?」

「せめて気持ちだけでも負けないようにしましょうか」


 千尋が牡丹に小声で言った。

 私が注意を引くので、その間に逃げて下さい、と。


「お見事ですよ~天使さん」


 パチパチと血と泥で汚れた手を合わせ拍手をする。





 余裕そうな態度ですが、強がっているのは見ればわかります。むしろ惨めで滑稽ですよ?





 天使があざ笑ってくる。


「いえいえ、本気で褒めているんですよ~」


 千尋がニッコリと笑う。


「あんなしょうもない神様に作られたお人形遊びの人形が、よくもまぁ頑張ってるなぁって」





 ………………。





「だって思いません~? なんとかエル……なんとかフェル? でしたっけ。自分が作った使い魔を上手く扱えずに追放したら、その使い魔に自分と同等の力を持たれて大慌てなんて、ちょっと未熟過ぎるというか情けなさ過ぎるというか~」





 ………………。





「自分が作った使い魔が暴走して反抗されるだなんて、よっぽどの初心者しかしないミスですよ? あ、人じゃなくて神様でしたか。でも、そんな人間の初心者以下のミスをする駄目駄目な神様に作られて、よくそれだけの力を持てまし――」


 千尋の喉が締まる。


「あ――ぅ、が、」





 殺します。苦しめて、苦しめて。残酷に殺します





 天使が片手で千尋の首を掴み、持ち上げていた。

 にこやかにもう片方の手を千尋の顔に近付ける。





 発言を後悔してももう遅いです。謝罪もいりません。あなたは謝罪をしても許されない。それだけの事を言ってしまいました





「がはっ、ぁ、……う」





 まずはその顔を壊します。焼いて、切り裂いて、抉って、むしって。女性であるあなたにはさぞ辛い事でしょうね





「ぅ、あ、はは……怒ってる……」


 千尋が笑う。


「だ、いたい……多神教である私達の国では、あなたの神様だってなんて事もない存在なんですよ……。八百万のうちの一神。沢山いる神様の一人でしかないんです……」





 その歯と舌を抜けば少しは静かになりますかね





「千尋さん!」


 駆け寄ろうとする牡丹が、天使の背にある羽のはばたきで飛ばされ、地面を転がる。


「もう、ぼたちんさん……まだ逃げてなかったんですか? これだから田舎者は……」





 どうせ私から逃げる事なんて出来ないので同じです。あなた達二人は、確実に殺します





「あ、はは…………」


 だが、千尋の余裕めいた笑みは消えない。


「良かった。時間稼ぎ、出来ました……」







「随分とおいしそうな方がいますね」







「ひぃ!」


 天使が千尋を手放し、後ろを振り向くと同時に手をかざす。

 先程同様、いや。

 先程よりもずっと強い光が一瞬辺りを照らす。

 だが、それだけだった。

 光はすぐに消え、木々も地面もそのまま。

 草は風に吹かれて小さく揺れている。

 何も起きていなかった。


「な……ぇ……?」


 天使が顔色を真っ青にし、ガタガタと体を震わせながら自らの身を抱き、しゃがみ込む。


「こ……れは……何? ……一体どういう……」


 動揺しているのか、普通に喋ってしまっていた。


「お腹が減っていたのでちょうどよかったです」

「いやいや、食べちゃ駄目ですってくいなさん」


 神喰らいのくいなと、葉だった。

 タブレットが使えなくなり食べ物が出せなくなった時、面倒にもそのタイミングで、くいながお腹が空いたと言い出したのだ。

 緊急事態だ我慢しろと言いたいが、相手は神喰らい。

 滅多な事は言えない。

 牡丹と千尋がくいなの機嫌を損ねないように我慢するように言うには何と告げればよいかと言葉を選んでいると、くいなは何か食べ物を探してくると言って葉を連れてどこかへ行ってしまった。

 その後にヒーローキラーが現れ、天使が下りてきたのだ。


「神の力を持つあなたは……くいな様にとって美味しそうなおやつでしかないんですよ……」


 げほげほとむせながら千尋が笑う。

 だが天使は千尋の言葉を聞いていない。

 怯え、震え続けている。

 神喰らいは、神を捕食する存在だ。

 神は彼女の前に立つと自身が獲物である事を瞬時に理解させられ、まるで蛇に睨まれた蛙のようにその力を振るう事が出来なくなってしまう。

 神喰らいは捕食者として、捕食対象である神の力や存在を歪めてしまうのだ。

 神に作られた神の使いであり、その力の一部である神力を持っている天使にもそれは当てはまる。

 神では。

 神の力を扱う者では。

 彼女には絶対に勝てない。


「冗談ですよ。食べようとなんてしていません」

「嘘です。その目は嘘つきの目ですよくいなさん。だから食べちゃ駄目ですってば」


 フラフラと天使に近寄ろうとするくいなを、葉が抱き着いて止めた。

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