第23話 和傘とミニ浴衣
「………………」
「もう~、そんな怖い目で見ないで下さいよ~静流さ~ん」
英子を肩車した静流が、木の枝に座る少女を警戒し、睨む。
中学生位に見えるが、大人びた雰囲気から考えると高校生かもしれない。
それ位の年齢の、ミニ浴衣を着た少女だった。
ミニ浴衣という事で一見するとあれだが、その生地自体はとても良いもので、柄も落ち着いた色の物だった。
手には浴衣と合う柄の和傘を持ち、くるくると回している。
真っ黒な髪をツーサイドアップにしているのだが、両サイドの髪を纏めているリボンのデザインがそれぞれ別の物で、両方ともその色含めあまり浴衣と合っていない。
少女はとても可愛らしい顔立ちで、ニコニコと人懐っこそうな笑みを浮かべているのだが、静流の表情は険しい。
「ですから~、私はあなたと敵対するつもりなんて無いんですってば~」
「それが怖いって言ってんのよ」
「え~?」
「素人の私でも見ただけでわかる。あんたは強い。それも半端なく。多分、その気になったら私の事を一瞬でリタイアさせられる位強い」
「そんな~照れちゃいます~、褒めて貰えるのは嬉しいですけど、静流さんは私の事買いかぶり過ぎですよぅ」
「白々しい。……で? そんなあんたが私に友好的な態度を取る理由って、何? 私と仲良くしたってあんたにメリットなんて無いでしょ。……そもそも初対面の筈なのに何であんた私の名前知ってるのよ」
「もー、困りましたねぇ。一度にそんなに沢山聞かれても困っちゃいますよー」
ミニ浴衣少女が困ったように眉尻を下げる。
「ねぇ」
「うぇ!?」
「そろそろ警戒を解いていただけませんか?」
「うわぁぁぁぁああああああ!?」
静流の鼻先数センチの位置に、ミニ浴衣少女が移動してきていた。
「な、なななな、なぁ!?」
移動が見えなかった。
接近に全く気が付かなかった。
瞬間移動でもしてきたのかと思える程の速さだった。
「アドバイスです」
指先で静流の唇を押さえる。
「圧倒的に力の差がある相手と話す時はもう少し――」
「うがう!」
「あら狂暴」
静流がその指先を齧ろうとしたのを、さっとかわす。
「でも」
クスクスと浴衣少女が笑う。
「その態度、素敵です。打算や計算ではなく、考えるよりもまず感情だけで動く。ヒーローとはそうあるべきです」
「うらぁ!」
殴りかかってくる静流をくるくると華麗に回りながら回避する。
「咄嗟の判断や行動が必要な時に、頭脳派ヒーローはまず考えてしまいます。正しい選択はどれか、どうするのが賢明な判断かと。ですが、時にヒーローにはその常識的な考えを超える、突飛な判断や無茶な行動が必要になる事があります」
「おらぁ! どりゃあ!」
静流が振るう拳も蹴りも、怪力なので威力こそあるが全て大振りなので回避は容易い。
……筈なのだが。
その一撃一撃の速度が尋常じゃない。
前動作で判断して先読みで回避しないと間に合わない。
…………筈なのだが。
ミニ浴衣の少女はまるでダンスのステップを踏むように、楽しそうに軽やかに回避する。
「ですので」
「な!?」
バシィ! と大きな音を立て、静流の拳を真正面から片手で受け止める。
最初から回避なんてする必要は無かったようだ。
「は、離せ!」
「あなたのような方を、正義の行動指針となるリーダーに据えます。そして、頭脳派ヒーロー達をあなたの補佐にするんです。あなたの正しくも根性論や理想論でしかない非現実的で無茶苦茶な判断を叶えるにはどうすればいいのか、それを彼らが文句を言いながら考えます」
「ふんぐぅぅうう! ふぬぅぅぅぅうううううう!!!!」
静流が顔を真っ赤にして拳を引こうとするが、全く動かない。
「ヒーローとして理想的なチームの形の一つです」
「ふっぎゅぅぅぅううううぐぐぐぐぐぐ……!!!!!!」
「あなたには、ヒーローとしての素質があります」
ミニ浴衣の少女がパッと手を離すと、静流がコントのように吹っ飛ぶ。
「うわぁぁああああ!!!!」
だが、飛んでいった先に和傘が広げてありそこに飛び込んだので怪我はしなかった。
和傘は何で作られているのか、壊れるどころか衝撃を抑えてくれた。
「…………あんた、一体何者?」
流石に抵抗を諦めた静流が、和傘の上で疲れた表情で聞く。
「私ですか?」
いつの間にか静流の前にしゃがみ込んでいるミニ浴衣の少女が告げる。
「私の名前は、
「じゃあ米」
「………………」
「稲だから、米。宜しく、米」
静流が握手する為に手を差し出す。
「はいっ、宜しくお願いしますね静流さん!」
稲穂がその手を嬉しそうにギュッと握った。
嫌味を流され、静流が少しだけ不満そうな顔をする。
「……ごめん、冗談。宜しく、稲穂ちゃん」
「はいー」
静流が訂正する事を見越していたのだろう、稲穂の余裕ある表情もまた不満に思う。
手を引かれて立ち上がると、静流がまだ嫌味を言う。
「てか、あんたも私と同じ新人ヒーローなのに、何で私にヒーローの素質があるとか無いとかそんな上から目線なのよ」
「ふふふ、何故でしょうねぇ」
「……こーわ。怪し過ぎだし」
「まぁまぁ。とりあえず私に敵意が無いのはわかっていただけましたよね?」
「それはね、うん」
「では」
懐に手を入れると、ストラップを取り出す。
「お近づきの印に、これをどうぞ」
「?」
渡されたのは、彼女が持っている和傘のミニチュア版みたいな物が付いているストラップだった。
「あ、凄い。この傘ちゃんと開く。何気にいい物っぽいんだけど、本当に貰っちゃっていいの?」
「はい、勿論です。沢山あるのでどうぞどうぞ。結構珍しい物なので是非皆さんに自慢して下さい」
「沢山あるのか珍しいのかどっちなのよ」
稲穂がチラリと宙に視線を向けると、クスリと笑う。
「特に、梗さんや赫音ちゃん辺りに見せてあげると、とってもいいリアクションを見せてくれると思いますよ」
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