第21話 大切なお友達

「はぁ? シウマイ弁当の杏をふっ飛ばしたぁ?」

「ええ、超笑えたわ」


 ふふ、と雪女が口元だけで笑う。


「デザートのつもりで残していたみたいだから最後の一口に大口開けたところで氷を飛ばしてぶつけたの。本当にビックリする程の馬鹿面だったわ」

「……あんな事されても自業自得だよ」


 二人の会話を聞きながら、クスクスとエルフの女性が笑う。


「でも、どうして私の事を助けてくれたの?」

「そりゃまぁ……ヒーローだから?」

「そこまで露骨に嘘臭い顔をされるといっそ清々しいわね」


 言いながら軽くふらつく。


「大丈夫?」

「……ええ、大丈夫」


 支えようとする葉を手で押しとどめると、深く頭を下げる。


「助けてくれて、ありがとう」

「え? いいよいいよ、そんな改まって言わなくても。たまたま通りがかっただけだしさ」


 照れ隠しかぶんぶんと大袈裟に手を振る葉を見て、口元に笑みを浮かべると雪女が背を向けた。


「え? どうしたの?」

「私、行くわ」

「どこに?」

「さぁ? 適当に歩いてみる」

「何で突然。そんなにふらふらなんだし、せめてもう少し休んでから行ったら?」

「いえ、大丈夫。ありがとう」


 雪女があからさまに別行動をとりたがる。

 千尋達が追ってくる事を危惧しているのだろう。

 ダメージを負った自分がいると足手まといになりそうだからと気を遣っているらしい。


「どうするの?」


 葉が行ってしまった雪女の背を見ていると、エルフの女性に聞かれた。

 それに対して首を竦める。

 エルフの女性がチラリと葉の背後に視線を向けると、フフ、と笑う。


「じゃあ、私達は先に行っているわね」

「追うとは言ってないですけど」

「気を付けて」

「お互いに」


 雪女を追っていったエルフの女性を見送ると、後ろを振り向く。


「バレバレですって、くいなさん」

「あら」


 木の陰からくいなが出てきた。


「お久しぶりですね」

「いやくいなさん、先週会ったばかりじゃないですか」

「そうでしたか。そうでしたね」


 くいなが葉の元に歩いてくる。


「あの二人はいないんですか?」

「あの二人?」

「ほら、さっきの弱い者いじめしてた」

「あぁ」


 くいなが後ろを見て、あら、と驚いたようで平坦な声を出す。


「はぐれてしまったみたいですね」

「言い方軽いなぁ」


 相変わらずだなこの人は、と葉が苦笑する。

 

「リタイアする前に葉さんに会えてよかったです」

「私がそんなに早くリタイアすると思ってたんですか?」

「いえ、私がです」

「くいなさんはリタイアしないでしょう……」

「しないですかね?」

「しないですね」

「そうですか」


 ボケているのか素なのかわかりにくい会話だった。


「それで」

「はい」

「くいなさんはどうしてここへ?」

「ここへ来た理由ですか? ……少し恥ずかしいのですが。私、学校生活という物を経験してみたかったんです。ここなら私が学校に通っても大丈夫だと思ったので。と言っても、年齢的に通えるのは高校三年生の一年間だけなのですが」

「いえそういう事ではなく、って何気に可愛い理由だったんですね。でも私が聞きたかったのは今この瞬間の話で」

「今ですか? それでしたら、葉さんを見かけたからです」

「え、私?」

「はい。私にとって数少ない、大切なお友達ですから」

「………………」


 葉が少しだけ恥ずかしそうに顔を赤らめる。


「え~? そういう事だったんですか~?」


 媚びた声が聞こえた。


「千尋さん、牡丹さん」


 くいなに名を呼ばれて牡丹が浅く頭を下げる。


「裏切りですかくいな様ー、その子と仲良く話なんかしちゃってー」

「別に裏切りでは無いですよ」

「だってその子ー」


 流石と言うべきか。

 エルフの女性の霧で撒いたと思ったのに、あっさりと追いつかれてしまった。


「彼女は私の大切なお友達です」

「わう」


 くいながギュッと葉の事を抱きしめる。


「ふひゅ」


 葉の顔がくいなの胸に埋まる。


「嘘!?」

「え!?」


 くいなの言葉に二人がギョッとする。


「と、と、とと、友達!?」

「あなた一体何者ですか?」


 かなり動揺していた。

 

「あなた名前は?」


 牡丹が尋ねる。


「もむ、もぅ……」

「彼女は山吹葉さんです」


 胸に口を塞がれて喋れない葉に代わり、くいなが名前を告げる。


「山吹……」

「……千尋さん、知っていますか?」

「……いーえー、知らないです。山吹家なんて聞いた事無い」


 葉がぷはっ、と胸から顔を離し、くいなを押しのける。


「お話も弾んでいるようなので、私はそろそろ……」

「行かせると思います?」


 そっと逃げようとした葉に、千尋が符を構える。


「聞きたい事が山程ありますし、逃がしませんよー。あなた何者なんですか? くいな様との事もそうですけど、さっきの技についてもです。私の符もぼたちんさんの式も簡単に解いて、それどころか自分の物にしてしまうなんて」

「えー?」


 葉が参ったなぁと頬をかく。


「たまたまだよ、たまたま」

「たまたまであんな事やられたらたまったもんじゃないですけどね」


 牡丹も式神にする紙を構える。


「いじめちゃ駄目ですよ」


 くいなが葉を背に隠す。


「彼女は私の、」

「はいはい、大切なお友達なんですよねー」


 でも、と千尋が少しだけ真面目な顔になる。


「あの人はどこですか? あなたが連れていった雪女です。リタイアまであと一歩だったのにあんな横槍入れてきて、それをはいそうですかと受け入れるわけにはいきません」

「食べ物の恨みは怖いねぇ」

「?」

「食べ物?」


 くいなと牡丹が不思議そうな顔をする。


「…………――――!」


 千尋がカァっと顔を赤くする。


「あれって、楽しみにしてた杏が食べられなかったから怒ってたんだよね?」

「な、何の話ですかぁーーーー!」


 図星だという事は明らかだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る