第18話 未来のリーダー
赫音が呆れた表情で梗を見ている。
別にお酒を飲み過ぎているからではない。
そこも呆れていい所だが、今は他に呆れる点がある。
「リーダーさぁ……それ甘やかし過ぎじゃない?」
「……そんな事ない」
「いや、あるでしょそれ」
梗の服が盛り上がって、もこもこと動いていた。
「明らかにおかしいでしょ。もう病気か中毒だよそれ」
「俺の大事な相棒に酷い事言わないでくれるかな!?」
もこもこを服の上から抱きしめる。
「普通だから! ちょっと好みに個性があるだけで普通だから! 病気とか中毒とか言わないであげて!」
「普通なわけ無いでしょ! こら、キリンちゃん! 早く出てきなさい!」
梗の服の中に上半身を突っ込みモゾついていたのは、キリンだった。
お酒を飲んだ梗の体臭を堪能していたのだ。
「ちょっとリーダー! これ! 聞いてこの鼻息!」
すーはーすーはー、はふはふ、ふんくふぐふぐ、がふっ、がふっ、と、もう人間を超越して動物みたいな音が鳴っていた。
「どう思うよ!」
「…………可愛いじゃない」
「本当か!? 本当にそう思うか!?」
「………………勿論」
「現実見なよ! 目を覚ませ! もうここまで来ると可愛げ無いでしょ! むしろ怖いよ!」
「そ、そんな事無いよ………………可愛いよ」
「やっぱり甘い! リーダーの評価が甘い! 甘過ぎる!」
梗のこれは本気だった。
実際鼻息だけの話なら、まだ可愛いもんだと。
梗だけが気付いている事があった。
キリンは服の中で、臭いを嗅ぐだけではなく梗の体を舐めていた。
そしてびちゃびちゃになる位に、よだれを垂らしていた。
服の中をそっと覗くと表情も酷い。
見えないところで梗の体もキリンも、とんでもない事になっていた。
これに比べたら音を鳴らす程度、可愛いもんだ。
「まぁいいよ。一旦キリンちゃんの話は置いておこうか」
「……うん、ありがとう赫音ちゃん」
服はもぞもぞと動き続けている。
「ところでさ、随分と皆の遭遇率高くない? もうこんなに減っちゃってる」
後ろを振り向くと人の数が増えていた。
「あー、それね」
空に氷を入れたコップを差し出して焼酎を注いでもらいながら、スクリーンを見る。
「やっぱ島一個って広いから、出来るだけ多く誰かと会って戦えるように、目標とか目的意識を持って歩かないと無意識に近くの参加者に向かってっちゃうようにしてあるんだよね」
「あー、なるほどそれでー……」
焼酎を飲みながら梗が頷く。
「あとさ、リーダー」
「んー?」
「何ヶ所か映像変になってるとこ無い?」
「ふーん?」
梗がチラッと赫音を見て、口元だけ嬉しそうに笑う。
「どこの事?」
「いや、どこってわけじゃないんだけど……何か違和感があってさ」
「んー、それだけだとよくわかんないなぁ。上手く説明出来なくてもいいから、感じるままに言ってみて」
「え、とー……」
口元に指を当て、何か言おうとしたところで、あっ、と気付き、ムッとした表情になる。
「……リーダー、何か気付いてるんでしょ」
「何が?」
しらばっくれる梗をジト目で見る。
「……事前に知ってたの?」
「そりゃまぁねー、可愛い可愛い新人ヒーローちゃん達を危ない目にあわせるわけ無いじゃない」
「だったらいいじゃん、早く教えてよ。別に私は新人教育受けに来たわけじゃないんだけど」
「駄目ー。赫音ちゃんはレッドなんだから、未来のリーダー目指して頑張ってもらわないと」
「むー、ぶー」
最後の芋かりんとうを手に持ち赫音に差し出すと、猛獣のように歯を見せて、ガリッと音を立てて齧る。
「まぁまぁ、クイズみたいで楽しいじゃない?」
「全然」
「それにほら」
後ろを指さす。
「新人の皆の方が先に気付いちゃったら、プライド的に悔しくない?」
「む?」
赫音が見てみると、確かに違和感に気付いてそうな者が何人かいた。
「赫音ちゃんは強いから、それだけでもいいっちゃいいと思うけどね。戦闘メインの脳筋キャラで行くって事で」
「ちょっと待って考えるから! マジで!」
脳筋のキャラ付けは嫌らしい。
梗がクスリと笑い、空の肩をポンと叩く。
「とは言っても赫音ちゃん一人だと難しいだろうから、空にお手伝いを頼むのを許そう」
「マジで!?」
「でも速攻でカンニングするのは無しね。あくまで赫音ちゃんが自分で考えて、空はその事の証明とか答え合わせ用だと思って」
「勿論わかってるって」
赫音が立ち上がり空をギュッと抱きしめる。
「さ、二人で頑張ろう!」
「じゃあ空、宜しくね」
「は、はいっ」
赫音がここからは男子禁制だと言って席を離れる。
「さて」
腹の中のそれはカウントせず、一人になったと手酌で注ぎ始める。
「あの……」
すると、今まで赫音が座っていた席に誰かが座った。
「宜しければ、お注ぎします」
「え!? あ、アールベックさん!?」
毛布を肩にかけたエスタだった。
「さ、どうぞ」
「い、いやどうぞって、だ、だだ、だってその、それ!」
本当に、毛布を肩にかけているだけだった。
体に巻き付けたりしているわけでは無い。
つまり、横や後ろからならともかく、真正面からだと裸体が丸見えだった。
上半身も下半身も、全てが。
全く隠す様子が無い。
「はい? どうかしましたか?」
「!?」
表情が、わかっていた。
わざとだった。
「私、黒沼梗さんのファンなんです。今こうしてお話が出来て、感激です」
「そー……、そうなんだ、ありがとう」
見てはいけないとわかってはいるが、男の性で視線が吸い寄せられる。
「それで、あの」
「な、何かな?」
「お酒が注げないので、もう少しコップを近付けていただけますか?」
「コップを近付ける!?」
胸元に瓶を持ってスタンバイしてる。
そこまでコップを近付けろというのか。
「あまり手を伸ばすと、その……毛布が落ちて、見えちゃうので」
「見――!?」
そう言われると、従うしかない。
だがそれは、罠だった。
コップを近付けた梗の手に、エスタが偶然を装い思い切り胸を押し付けてきたのだ。
その感触に梗が変な声を出したところで、服の中にいたキリンが顔を出し、赫音が怒鳴り込んできた。
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