第17話 横取り

 川の横で戦う、二つの人影がある。

 一人は制服を着た日本人の女子中学生、もう一人は白人で大学生位の女性だった。

 

「いやー、これ私ツイてるのかなー」


 女子中学生は明るい口調だった。

 髪は短いツインテールで、少々釣り目がちのつぶらな瞳は、まるで子猫のような印象を受ける。

 その女子中学生の手には赤い剣が握られていた。

 その剣は普通の剣ではないらしく、振る度自由自在に形を変える。

 どうやらそれは、赤い液体を操作して形状や硬さを変え、剣のように扱っているらしかった。


「……あ、あの……それだと私はツイていないんでしょうか?」


 オドオドと気弱そうな声の女性は、それを古びた西洋剣で受ける。

 女子中学生のトリッキーな剣筋は普通の剣一本で受けるには大変そうだったが、腕力や身体能力、剣の技術は女性の方が上らしい。

 そのお陰で互角、いや、互角以上に戦えていた。

 

「血液を操る私にとって、」

「……私達吸血鬼にとって、あなた達は天敵の一つですから」

「あはは、それそれ」


 長い一本の剣を途中で二本に分け二刀流で斬りかかり、距離を取られると今度はそれを槍にして伸ばし、貫こうとする。


「ひぃっ」


 それを吸血鬼と名乗った女性が剣で受け止めると、受け止めた血液の槍が突然弾けて散弾のようになり、襲い掛かった。

 その直撃を受けて吹き飛ばされる。


「本来ならこれで終わりなんだけどねー」


 女子中学生が不満そうに言うと、散弾に吹き飛ばされ倒れた吸血鬼がむくりと起き上がる。


「……ここでは傷が付きませんから」

「そ。ここだとあなたに会ってもツイてるとは言えないから」


 女子中学生が一歩後ろに下がる。


「逃げる」


 女子中学生は血液を自由に操る事が出来た。

 自分の血液は勿論、相手の体内に自分の血液を一滴でも混ぜる事が出来れば、その相手の血液を操る事も出来る。

 三年前彼女と同じ力を持つ者達が病院の輸血用血液に自分達の血を混ぜて、人々を無差別に自分達の配下にしようとした事件もあった。

 使い方にもよるが、彼女の力はそれ位強力なのだ。

 そして、吸血鬼に対しても彼女の力は強い。

 噛まれても血液の操作で感染を無効化する事が出来、それどころか逆に相手が吸った自分の血液から相手の血液を操作する事も出来る。

 噛まれずとも、血を使ってほんの少しでも傷つける事が出来ればそれで勝利が確定する。

 つまり。

 ダメージが防がれ傷がつかないこのバトルロイヤルでは、その力のメリットの大半が失われているのだ。


「それじゃ」


 女子中学生がピョンピョンと岩を足場にして川を越える。

 

「まったねー」


 対岸に着くと手を立てて、別れを告げた。


「………………」

「あれぇ!?」


 だが、吸血鬼はジャンプ一つであっさり付いてきた。


「えぇ!? 吸血鬼って川とか流れる水は渡れないんじゃなかったの!?」

「……種によってはそういうのがあるみたいですけど、私には関係ないです」


 今度は吸血鬼から斬りかかってきたので、女子中学生が慌てて血の塊で盾を作り、受け止める。


「……私に出来る事は吸血による支配と身体能力や治癒力の高さだけで、伝承で聞くような特殊な能力はほとんど持っていませんが」

「それだけ、でも!」


 吸血鬼は表情こそ怯えているようだが、その動きは熟練された者のそれだった。

 

「十分厄介なんだけど!」


 血液を操るという事はつまり、人にとって命そのものを体外に出して戦っているという事。

 剣を長くし過ぎたり大きくし過ぎたりすると、貧血になるどころか失血死してしまう可能性すらある。

 そして、剣みたいな使い方なら体内にまたすぐ戻す事が出来るが、さっきの散弾みたいにばら撒く攻撃だとそれも出来ないので、多用する事は出来ない。


「……少し、疲れが見えますね」

「まぁね! 疲れもするよね!」


 打ち合う度に血液の剣が少しずつ欠け、散っていく。

 少しずつでも体内から血液が失われていく事で、体力も削られていく。

 吸血鬼と人間ではそもそもの体力に大きな差があるわけだが。


「しまっ――!」


 一瞬の隙に強く斬りかかられ血液の剣が上段に弾かれると、胴体ががら空きになった。


「終わりです……」


 そこに吸血鬼が剣を突き出してくる。


「まだ!」


 だが、女子中学生は体から血液を出して盾を出し、その剣を受け止めた。

 他者からの攻撃は防がれるが、自傷行為のような内からの傷は防がれないらしい。


「血は全身を流れてるんだよ!」


 更に。


「傷が付かなくてもこれなら!」

 

 ぷっ、と口から唾液交じりの血を吐き出し、吸血鬼の目にかける。


「あっ!」


 目にかかった血を操作し、そのまま覆って視界を奪う。


「あ、み、見えない……」

「よーし!」


 周囲が見えなくなり、闇雲に剣を振り回す吸血鬼の前に立ち、血液の剣を出す。


「ちょっと卑怯な気もするけど、ごめんね?」


 その剣を腰の位置で構える。


 





「ごめんはこっちだけどねーーーー!」







「な!?」


 一瞬だった。

 女子中学生が踏み込もうとした瞬間、真っ黒い影が突進してきて吸血鬼を吹き飛ばした。


「今の何!?」

「りーちゃんいいよー!」


 突進してきた何者かが空に向かって叫ぶ。

 女子中学生が空を見上げると、そこには少女の姿が一つあった。

 右手から二翼の翼が生え、空を飛んでいる。

 その際に羽ばたいたりしていないので、ただの翼ではないのだろう。


「はいはーい、りょーかーい!」


 空を飛ぶ少女が右手を吸血鬼に向ける。


「フェザーバレット!」


 吸血鬼に向かって、翼から沢山の羽が銃弾のような速度で飛ぶ。

 着弾の際地面に当たると大きく地を揺らし、激しく土を巻き上げるので、見た目通りに軽い羽が当たった威力では無いのだろう。


「私が目潰ししたのにー」


 女子中学生が不満そうに言いながらも、逃げるように走り出す。

 後ろでは吸血鬼がリタイアさせられていた。

 次は自分だと思い、駆けだしたのだ。


「んっふー」


 吸血鬼を吹き飛ばした影が姿を現す。

 黒い影に見えたのは、その服装のせいだった。

 黒いとんがり帽子に黒いマント、真っ黒だった。

 箒を手に持ち、明らかに魔女な感じの少女だった。


「りーちゃん!」

「うん!」


 魔女の少女と右手から翼の生えた少女が頷き合う。


「「次はあの子だ!」」

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