第15話 置いてかないで
「ふーん、英子ちゃんか」
静流がタブレットを操作して英子の名前を確認する。
「可愛い名前ね。私の名前は岸間静流って言うの。まだ教えてなかったよね」
「………………」
「手止めてこっち見なくてもいいわよ。耳だけこっちに向けてくれればいいから、そのまま食べてて」
「………………」
「お弁当、美味しい?」
「………………」
「あーはいはい、喋りかけてごめん。だから律儀にこっち見なくていいから。ほら、食べて食べて」
「………………」
静流が英子の頭を掴み、無理やり自分の顔から弁当の方へと顔を向けさせる。
その弁当は全てのおかずが一口ずつ毒見されていた。
「……さて」
静流が立ち上がる。
「………………」
「私、そろそろ行くね」
「………………」
「英子ちゃんはいいのよ、来なくて。そのままお弁当食べてて」
「………………」
「だーから立たなくていいってば。ほら、座って」
「………………」
「あのね? 聞いて? 私もそんな余裕あるわけじゃないから、私が手伝ってあげられるのはここまでなの。ここから先は自分一人で頑張ってみて」
「………………」
「いや、だから連れてかないってば」
「………………」
「そんな目で見ても駄目。大体出会ったばかりの私にどうしてそんなに懐いてるのよ」
そう言って座らせてその場から離れようとするが、英子はお弁当を置いて歩いて付いてくる。
「だー! もう!」
埒が明かないと静流が英子に背を向け、全力で走り出す。
「それじゃあ、バイバイ! また会えたら会いましょう!」
「………………」
英子も無表情のまま静流を追って走り出すが、足が遅いので全然追いつけない。
静流の足が速いのもあるが、あっと言う間に追いつけない位距離が開いた。
(簡単に逃げ切れちゃった)
ある程度離れたところで立ち止まり、木の陰に隠れてソッと様子を見てみる。
「………………」
英子がキョロキョロと辺りを見回していた。
(だから気にせずお弁当食べてなさいって言ったじゃない)
相変わらずの無表情だが、動きを見れば焦っているのがわかる。
(あ!)
闇雲に走り出そうとして、ドレスのスカートを踏ん付けてコケた。
(こ、これは……)
勢いよく顔からいった。
受け身も取れずに。
かなり痛そうだ。
それを見て静流の心も痛む。
(どうしよう……)
面倒ごとを抱え込むのはごめんだ。
ここはバトルロイヤルの場なのだ。
こんな子供を連れていては勝ち残れない。
英子を守る余裕がある位強いのならいいが、自分がそこまで強い方じゃないのは理解している。
(けどこれ見ちゃうとさぁ……)
自分を求めて一生懸命になっている幼い少女。
これを見捨てて置いていくというのも、かなり心苦しい。
(いやー……でもなー……)
無責任に連れていってもしょうがない事はわかっている。
でも、と静流がうー、と唸りながら頭を抱えて悩む。
「…………しず、」
(えっ?)
小さく、とても可愛らしいが、心細そうな声が聞こえた。
(まさか今の……?)
倒れ込んだまま顔だけ上げて、英子が口を開く。
「しずる、おねぇ、ちゃー……ん……」
( )
静流の敗北が決まった瞬間だった。
「何よー、喋れるんじゃない」
「………………」
「ずっと黙ってるからてっきり喋れないのかと思ったわ」
「………………」
「ってまただんまり?」
「………………」
「あーいい、わかったから。お弁当食べて」
「………………」
「……? なんか英子ちゃん顔色悪くない?」
「………………」
「……英子ちゃん、ちょっとお腹触らせてみなさい」
「………………」
「やっぱり! もうお腹ぽんぽんじゃない! お腹いっぱいなら無理に全部食べなくていいの! 残しなさい!」
「………………」
「…………はぁ、犬猫の面倒見るより大変だわ」
ティッシュで口元を拭いてやりながら、もう諦めるしか無いと腹をくくる事にしたものの、疲れたように頭を垂れた。
「お腹いっぱいになったなら行きましょうか」
「………………」
「こ、今度はもう置いていかないわよ。そんな目で見ないでよ」
静流が立ち上がり、英子の手を握る。
「ほら、これなら大丈夫でしょ」
「………………」
キュッと握り返してくる。
「よし、じゃあ向かう場所なんだけど……」
カッ、と眼前で火花が散った。
「な、何!?」
「………………」
火花と共に出た煙が消える前に、もう一度火花が散る。
「狙われてる!? どこから!?」
英子の手を引き太い木に身を隠す。
「何今の火花。あれ攻撃なの!?」
「………………」
英子の身と自分の身を確認するが、無傷だった。
ではあれは、どういう効果のある攻撃だったのかと考える。
実際には銃を使った狙撃だった。
それを英子がバリアを張って防いだのだ。
花子と会った時のように。
弾だけではなく音と衝撃も防ぐバリアだったので、静流には突然目の前で無音の火花が散ったように見えていた。
そのせいで銃撃だと気付かず、今のは何だったのかと考え込む事になってしまった。
*
地面にうつ伏せになって横になり、大きなライフル銃を構える少女がいた。
可愛い顔つきの少女なのだが、目つきがゾッとする程に鋭い。
その目つきは元々のつくりからではなく、日々の積み重ねでそうなった物だろう。
「………………」
その目だけで射殺せそうな視線の先には、静流と英子がいる。
二人共無傷だった。
「あら、防がれちゃったわね。流石お姫様」
後ろに立つストールに身を包んだ女性が、ふふ、と上品に笑いながら話しかける。
二十代前半の女性だった。
こんな足元の悪い場所なのに、サンダル履きにロングスカートという格好だった。
「人類の作った兵器程度なら完全に防げる強力なバリアを張られてますね。これ以上続けても無意味です」
「そうなの? 残念ね。じゃあ気付かれる前に閉じましょうか」
そう言って女性が手をかざすと、視線の先の静流と英子の姿が消える。
どうやら空間を操作して、本来なら狙えない程遠くから狙撃していたらしい。
「すみません、お役に立てなくて」
「いいのよ、仕方ないわ。まさかあのお姫様が他人を守ろうとするだなんて思いもしなかったもの」
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