第14話 鎖と女騎士と宇宙刑事(元)
森の中に、鎖が張り巡らされていた。
まるで昆虫の巣のように。
「あらあら、どうしたの? もうおしまい?」
鎖の巣の中心には、まるで繭のような白い塊が浮いていた。
真っ白なシーツのような布を巻き付けた塊が。
声はそこから聞こえる。
妖艶な声だった。
「あーっ、当たらないよー!」
その繭に向かって少し離れた場所からビームの出る拳銃を撃つ女性がいた。
歳は二十歳位だろう。
会社かどこかの支給品らしきジャケットを羽織り、タイトスカートを穿いていた。
髪は邪魔にならないようにポニーテールにしている。
銃からは光の弾丸が飛ぶのだが、どうやら相手は鎖を自由自在に操れるらしく、その弾は全て伸びてくる鎖によって阻まれていた。
同時に、女性を絡めとろうと鎖を伸ばして狙う。
それを警戒して女性は繭からある程度の距離を取らざるを得ないので、銃で狙うのも難しくなる。
距離があればそれだけ鎖でも防ぎやすく、威力も下がる。
「そろそろ交代しようか?」
「ま、まだですよ!」
少し離れた場所から木に腕を組んで寄りかかり、声をかける者がいる。
ポニーテールの女性と同じ位の年齢の女性だった。
長く綺麗な金髪で、シンプルなデザインながらも細かい装飾が施された真っ白な鎧を着ている。
美しき女騎士だった。
だが、横に立てかけられている女性の剣は女性や女性の着ている鎧とは違い、禍々しい色と形をしていた。
鞘も柄も含め全て真っ黒な剣に見えるが、よく見るとそれは黒ではなくとても濃い赤色だった。
まるで乾いた血の塊がそのまま剣になったかのようだ。
「ほら、当たった!」
ポニーテールの女性が嬉しそうな声を出す。
だが、布の一部が破れて見えたその内側には、鎖がビッシリと張り巡らせてあった。
「残念ね。あなたの一撃じゃ私の鎖の鎧は貫けないみたい」
「そんな事!」
「ここまでだな。さ、交代だ」
「あっ」
剣を持った女騎士が肩をポンと叩き、前に出る。
「待って下さい! 私はまだやれます!」
「まだは無い。やれるというのが本当だとしても、やるべき時にやらなかった君が悪い」
女騎士が柄に手をかける。
「私は君とは違う。出し惜しみはしないよ。いつだって全力だ」
女性の剣から何かボソボソと聞こえ始める。
「啼け! 怨嗟の魔剣、グォルディオ!!!!」
女性が鞘から剣を抜いた瞬間、何千、何万という人々の悲鳴が、空気をビリビリと震わせ、視界を揺らす程の轟音となって辺りに響き渡った。
「――――っ!」
ポニーテールの女性が真っ青になり、涙目になりながら耳を押さえる。
「何よこの声! 頭がおかしくなりそう! 止めて! 早く止めなさいよ!」
繭から怯えを含んだ叫び声が聞こえた。
「ははは、そう嫌わないでくれ」
だが女騎士はその中心にいながらも涼しい顔をしている。
「この中には私の大切な人達の声も混ざっているんだ」
抜いた鞘の中から、刀身から。
黒に近い赤黒色の瘴気が大量に溢れ出す。
その瘴気に触れた草木はその瞬間茶色く枯れ、ぐずぐずと腐れていった。
「さぁ、おいで」
女騎士がそう言って両腕を広げると、瘴気が彼女の身体に集まっていき、全身を包む鎧と化す。
すると人々の悲鳴が徐々に小さくなり、聞こえなくなった。
「さて、第二ラウンドだ」
元は瘴気だったそれは、身に纏うとしっかりと金属のような質感になっていた。
相手に畏怖と恐怖を与える事を目的としたような、醜悪なデザインの鎧だった。
「なんて禍々しい……」
繭から嫌悪に満ちた声が聞こえると、鎖が伸びてきて女騎士を拘束しようとする。
「無駄だよ」
だが彼女に巻き付いた鎖はすぐに錆び付き、ボロボロと崩れ落ちる。
「!? 錆びが!」
更にその錆び付きは病気が感染するように広がっていくので、慌てて自分から鎖を切断する。
「わ、私だって!」
それを後ろから見ていたポニーテールの少女が、銃を掲げて叫ぶ。
「着甲!」
「やれやれ、それはルール違反じゃないか?」
ポニーテールの少女が光に包まれ、その全身がメタリックに輝く薄い青色の金属製スーツに覆われた。
「スペースポリス!」
「スペースポリス?」
「……も、元! スペースポリス! 現スペースセキュリティガード、ジェイガー参上!」
「一体何なのよ、あなた達は!」
鎖がジェイガーと名乗ったポニーテールの少女に伸びる。
「ジェイガービームバトン!」
引き抜いた警棒から青い光が伸びると、鎖を容易く切断するビームの剣となった。
「ジェイガーガン!」
更に、先程から撃っていた銃の引き金を引くと、今までとは比べ物にならない程の高威力となった銃弾が、一瞬で遮る鎖を破壊し繭にまで到達する。
そして直撃と同時、繭を粉々に粉砕した。
「やった! 倒しました!」
「甘いね、君は」
「え?」
「よく見るんだ」
「中にいた筈の相手が見えないって事ですか? それならリタイアしてすぐに転送されたって事なんじゃないですか?」
「違う、よく見るんだ。あの繭の破片だ」
「?」
「中に人がいたのなら、この鎖の破片は少々量が多過ぎるんじゃないか?」
「あっ!」
確かに女騎士の言う通りだった。
「つまりは……」
「こういう事ですね!」
ジェイガーガンを太い木に向けて撃つ。
すると木が根元から折れ、倒れ始める。
「わわ、わわ、わわわわ!」
木から声。
枝葉の中から物凄い数の鎖が伸びる。
するとその鎖で支えられ、木が倒れずに止まった。
「本体はあそこだ」
「はいっ」
ジェイガーがその中に飛び込む。
「おい、こら、止めろ! 離せ!」
「暴れないで下さい! 暴れると怪我させちゃいます!」
「え、何それ怖っ!」
抵抗を止めたのか静かになり、ジェイガーが人を抱えて女騎士の元へと戻ってきた。
「えーと……」
「思ったよりも小さいな」
「うっさい!」
鎖使いは小柄な少女だった。
上下ダサジャージを着た少女だ。
変声機とスピーカーでそれを誤魔化していたらしい。
「さて、どうするか」
「こんなちっちゃい子相手だと、止めを刺すっていうのも気が引けますよね」
「……こう見えて私、多分君達よりも年上だよ」
「なら遠慮なく止めを刺そう」
「なら遠慮なく止めを刺しましょう」
「あー待って待って! 話し合おう!」
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