第13話 怪力美少女と無口な幼女

「ん……おいし」


 美少女がとんかつ弁当を食べながら微笑む。

 彼女は超能力を使う少女三人をあっさりとリタイアさせてみせた怪力美少女だ。

 岸間きしま静流しずるという名前だった。

 尻の下に敷いているのは先程まで読んでいた本だ。

 内容が理解出来なかったからと酷い扱いだ。


「ふーん」


 行儀悪く箸を咥えながらタブレットを弄る。

 バトルロイヤル中の食事は、タブレットから注文する事で転送されてくる。

 自分の好きなタイミングで食べられるようにとの配慮からだ。

 注文は量の制限無しだが、明らかに食べきれない量を頼むのは禁止と言われている。

 多少残す位なら許されるが。

 

「ゴミも転送出来るって便利過ぎじゃない? これ一個家に欲しいんだけど」


 弁当の種類も飲み物の種類も色々ある。

 弁当だけじゃちょっと足りないという人用にサラダやスープみたいなサイドメニューまであるので、これさえあれば部屋に引きこもっていても快適な食生活を送れそうだ。


「あーでもお弁当ばっかだとすぐ飽きそうな気もするなぁ」


 どういうシステムなのか、サクサクな揚げたて状態のとんかつを齧りながらふと横を見て。




「うおわぁぁああああああ!!!!」




 悲鳴を上げた。

 可愛げなく威勢のいい。


「ビッ……クリしたぁ……」

「………………」


 かなりの至近距離に幼い少女が立っていて、ジッと静流の事を見つめていた。


「えーと……お母さんはどこかな?」


 動揺して変な事を言ってしまう。

 静流は知らないが、この少女は花子の激しい攻撃をあっさりと退けたあの偽名少女、偽名英子だった。


「って親子連れで参加してるわけ無いか。それで君は? お姉さんに何か用なのかな?」

「………………」

「お? なんだぁ? 無視かぁ? もしかしてお姉さんとやる気なのかぁ?」


 箸を持っていない方の手で拳を握り、ふにゅ、と英子の頬に優しく当てる。

 彼女は超能力少女達に突然攻撃を仕掛けたように短絡的で好戦的な面もあるが、子供相手にはこうして甘かったりもする。

 ここでは人の見かけは全く判断基準にならないというのに。

 現に英子だってこんなに小さくても花子の攻撃が一切通用しない位の実力者だ。

 根本的なところに甘さがある。

 結局のところ、静流は良くも悪くも一般人なのだ。


「………………」

「うーわ、何このほっぺ、ぷにょっぷにょ。何で出来てるの?」


 またも箸を咥え、両手で英子のすべぷにょほっぺを堪能する。

 もにもにむにゅむにゅやりたい放題だが、英子は一切抵抗せずに無反応だった。


「それで? 君は本当に何の用があって私に近寄ってきたの?」

「………………」


 ほっぺたをこねくり回しながら尋ねるが、英子は無言のまま、ジッと静流の顔を見ていた。


「んー……どうしようかなぁ」

 

 これだけされても無抵抗なので、戦うつもりで寄ってきたわけではないとわかる。

 そもそもそれが目的なら、静流が気付かない内に不意打ちの一つでも食らわせていただろう。




 くぅ~……




「ん?」


 小さくお腹の鳴る音が聞こえた。


「もしかして、これ?」


 お弁当を持ち上げて指さすと、頷きはしないが一瞬だけそちらに視線が行った。

 すぐにまた静流へと戻ってきたが。


「あぁ、はいはい、お腹減ってたのね」

「………………」

「ご飯ならタブレットで出せばいいのよ。説明されたでしょ?」

「………………」

「使い方がわからない? じゃあ教えてあげるからタブレット出して」

「………………」

「タブレットなんて持ってないって? 大丈夫、これも最初に説明されたでしょ? タブレットを出したいと頭の中で考えれば出てくるし、仕舞いたいと思えば消えるって。ほら、ためしにやってみて?」

「………………」

「ねぇ!? 何とか言ってよオチビちゃんねぇ!?」


 頬を手で挟んで揺らす。

 だが全くの無反応だった。


「…………いいけどね。だったら今回は特別サービス。どうせタダだし、お姉さんが出してあげるから食べたいもん選びなさい。次は自分で出すのよ?」

「………………」


 タブレットのメニュー一覧を見せるが、やはり無反応だった。


「はいはい、何でもいいのね。じゃあ子供が好きそうなハンバーグ弁当にしようか」


 ハンバーグ弁当を選択して地面にタブレットを置くと、そこにハンバーグ弁当が転送されてくる。


「ほら、お食べー」


 容姿が外国人ぽいので箸が使えない事を考慮して、プラスチックのフォークを渡す。


「………………」


 だが、食べない。




 くぅ~……




「おい」


 もうこれどうすりゃいいのよと疲れたように静流が頭を下げる。


「何? ハンバーグが嫌なの?」

「………………」

「じゃあこれは? ほら、とんかつ」


 さっき一口齧った食べかけのとんかつを、箸でつまんで目の前でふらふら振ってやる。


「こっちなら食べ……る?」


 小さい口が、あーんと開いた。


「あ、食べるんだ」


 それならと食べかけのとんかつを戻し、もう一切れの口を付けていない方を箸で掴み、あーんと開いている口元に寄せる。


「………………」

「何で!?」


 口が閉じた。


「さっき開いてたよね!? 食べるんでしょ!?」

「………………」


 ぐいぐいと口元に寄せるが、口はピッタリと閉じて開かない。


「もう何なの!?」


 もういいとそのとんかつを齧る。


「ほら、こんなに美味しいのに」


 すると。


「やっぱり食べるんじゃない!」


 またあーんと口が開いていた。


「だったら最初から……」


 そう言って今の食べかけを口の中に放り込み、新しいとんかつを箸で持ち上げると。


「………………」


 閉じた。


「またか!?」


 いや、と考える。


「…………あ、もしかして毒味か?」


 一口齧って安全が確保されていないと嫌なのか。

 まさかとも思うが、着ているドレスを見るとそういう身分に見えなくもない。

 試しにさっきの食べかけを口元に近づけてみると。


「開いた」


 そのまま口の中に入れてやるともぐもぐと咀嚼し、飲み込んだ。


「そういう事かー、ってどういう事よー……もー……」


 まるで野生動物に餌付けしているようだと、静流がため息をついた。

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