第11話 強者、強者、一般人

「……あの、そろそろ行きませんか?」


 船の上で式神を出していた少女が二人の仲間に聞く。


「………………」


 ぼーっとした顔でどこかを見ているのは、神喰らい。


「……ふっ、あはははは」


 木に寄りかかってしゃがみ込み、携帯電話に落としておいた映像を見て笑っているのは、退魔師としての力を持った少女だった。

 式神を出していた少女よりも二つ三つ年下に見える。


「あの、二人共」

「はーい今行きまーす」


 面倒そうな声で返事をしながら、退魔師の少女が式神を出していた少女の方を見る。


「ぼたちんさん真面目ですねー。別にここで待ってればいいじゃないですか。いずれ誰か来ますよ」

「……ぼたちんと呼ぶのは止めて下さい、千尋ちひろさん」

「はーいすみませーん、牡丹ぼたんさーん」


 式神を出していた少女は牡丹、もう一人の退魔師の少女は千尋と言うらしい。


「あ、そうだ。いい事思いつきました」

「?」

「ぼたちんさん、式神出して下さいよ。背中乗れるやつ。だって、こんな汚い雑草まみれの森の中を私が歩くとか無理じゃないですか?」

「………………チッ」

「ん? 今舌打ちしました?」

「いえ、まさか」


 牡丹が懐から一枚の紙を出して宙に投げると、それが一頭の馬となる。


「ではこれに乗って下さい」

「えー、こんなのパスですよー」


 千尋が指で軽くピンと馬を弾くと、馬が八つ裂きにされて一瞬でただの紙切れに戻った。


「こんなのに乗ったら私の可愛いお尻がお猿さんみたいに真っ赤になっちゃいますよ」


 そう言って牡丹にお尻を向ける。


「もー、そこら辺考えて下さいよー気が利きませんねー。これだから修行一辺倒の田舎者はー。わかってます? 私アイドルなんですよ? そういうとこちゃんと考慮してくれないと困りますよー。もしこれで私のお尻にあざでも出来たらどうするんです? お茶の間の皆さんの笑顔の責任、取れますか?」

「……チッ!」

「今舌打ちしました?」

「はい。いえ、してません」


 千尋は本人の言った通り、アイドルだった。

 退魔系アイドルだなんて色物臭いジャンルのグループを組んでいるが、アイドルとしての実力は勿論、退魔師としての実力もメンバー全員優れていた為、二つの意味での実力派アイドルグループとして人気があった。

 こんな舐めた態度の千尋だが、容姿は確かに優れていて、黙って微笑んでいれば清純派アイドルとして男達を簡単に騙す事が出来るだろう。

 だが、亜麻色のセミロングヘアーを一房つまみ、牡丹の鼻先を挑発するようにくすぐるその様は、牡丹にとってはただただ憎たらしい。


「ね~、ぼたちんさ~ん」

「…………」

「ねぇねぇ~」

「……………………」


 牡丹の忍耐力がキレるまで、あと三秒。


「二人共」


 そこへ、神喰らいの少女が声をかけた。

 彼女もまた、美少女だった。

 千尋が可愛い系とするならば、彼女は美人系の顔立ちと言ったところか。

 そのぬぼーっとした何を考えているのかわからない目をもう少しキリッとさせれば、正に絶世の美女、という言葉が当てはまるほどの美しさだった。

 ……いや、絶世の美女と呼ばれるには頬肉を落とし、もう少しだけ顎のラインをシャープにする必要があるかもしれない。

 ほんの少しぷくっとした頬のせいで、どこか子供っぽい印象を与えるのだ。

 別に太っているわけではないので、そのままでも十分なレベルの美しさではあるのだが。


「遊ぶのも程々に。そろそろ行きますよ」

「はーい今行きまーす、くいな様ー」

「チィッ!」

 

 牡丹が不愉快そうに大きな舌打ちを響かせた。







         *







 二人の女が向かい合っていた。


「どうやら君は、やる気満々みたいだね」


 一人は二十代半ば位で、女性ながら恰好いいという表現が合うショートヘアーの女性だった。


「マスクドインセクターズ……」


 もう一人は、セミロングの髪を縦ロールにした少女だ。

 顔を見た限り恐らく高校生位なのだろうが、身長は平均よりも少々下だった。

 白いシャツに紺色のスカート、その上に何故か赤いマントを羽織り、白いとんがり帽子を被っている。 


「おや? そうか、君は私の事を知っていたか」


 女性が上着のボタンを外すと、ゴツいベルトが姿を現す。

 彼女はマスクドインセクターズという、昆虫の特性を植え付けられた変身型改造人間だった。


「私は、」

「存じております。本名は神田かんだ友里恵ゆりえ。インセクタータイプ、ローカスト。ですわよね?」

「へぇ? 詳しいなぁ、驚いたよ。もしかして君、私のファンかい?」


 友里恵が親しげな顔で手を差し出す。


「ファン? ふふっ、ご冗談を」


 口元に手を添え、クスクスと笑う。


わたくしは――」







         *







 三人の少女が仲良さげに話をしながら歩いている。


「テレパシーとテレポート。合流するのにこんなに都合のいい能力は無いよね!」

「私が遠くから居場所を聞いて」

「……私が皆をテレポートで集める」


 三人は超能力者だった。

 それぞれ一つずつ超能力が使える。

 念動力、瞬間移動、テレパシー。

 その力を上手く使い、彼女達は合流した。


「戦闘でも私達は最強!」

「私がテレパシーで意識を統一させて」

「……私がテレポートでサポート」

「そして、念動力を使える私が相手をやっつける!」


 完璧、と三人が手を合わせる。

 

「さて、次の相手はどんな人かな~?」


 元々の知り合いだけあってチームワークもバッチリで、既に三人で一人、参加者を倒していた。

 まだ一人ではあるが結果を出せた事で、自信も出た。


「この勢いで次も軽ーくいっちゃおう!」

「おーう」

「……おーう」


 浮かれながら歩いていた三人の前に、ちょうどよく相手が現れた。


「じゃ、さっきみたいに」

「うん」

「……大丈夫、任せ……」


 だが、その相手をしっかりと見た瞬間、三人の足が止まった。


「「「………………」」」


 思わずほう、と熱い吐息が漏れる。

 テレパシーを使うまでも無く、心が一つになった。


(((う、美しい…………!)))


 そこにいたのは、とても綺麗な容姿の美少女だった。

 モデルのようにバランスが良い体形は、頭の先から足先まで一分の隙もない。

 体形だけではなくその顔を見ても、目や鼻、唇等、パーツ一つ一つが理想形とも言えるとても整った形と配置をしている。

 着ているのは学校の制服なのだろう、そのスカートは短過ぎず長過ぎず。

 育ちの良さを感じさせる、品のある装いだった。

 木に寄りかかり、片手に本を持ちながら風で邪魔になる栗色の長い髪をもう片方の手で押さえているその姿に、三人が見惚れて声を発する事も出来ず、ただ見つめる。

 

「…………?」


 少女が三人に気付いた。


「あ」

「あ、あの」

「……ぁ、ぅ」


 倒す気満々で相手を探していた筈なのに、彼女相手だと狼狽えてしまう。


「………………」


 目が合うと、少女が三人の元へと歩いてきた。


「ど、どうする?」

「どうするって言っても……」

「このままじゃこっち来ちゃうよ?」

「う、うん……」


 敵意があるようには見えないが。

 だが、警戒はする。

 近くまで歩いてきた少女は、握手を求めるようにスッと手を差し出してきた。


「…………」


 彼女の近くに立っていたテレポートを使う少女が、抵抗なく握手を受け入れる。


「………………」


 手を握ると、カァっと顔が赤らむ。


「…………あの」


 うっとりした顔でテレポートを使う少女が話しかけようとすると。







「だらっしゃぁぁぁぁああああああ!!!!!!」







「!?」


 グイッと手を引かれてそのまま関節を決められ、ヤバい方向に首を捻られた。

 

「はぁ!?」

「ちょ、ちょちょ」


 他の二人が反応する暇も無い。

 あっという間にリタイアとなり、テレポートを使う少女は待機場所へと転送されていった。


「な、何なのよこいつ!」


 念動力使いの少女がすぐさまその力で相手を拘束する。


「いきなりどういうつもり!?」

「いいよもう! 何かヤバい! そのまま念動力で同じ目にあわせちゃいなよ!」

「うん!」


 テレパシー使いの少女の言葉に頷き、残酷にも全身の関節をねじ切るように力を込める。


「すぅ、ふぅぅ…………」

「な!? こいつ!」

「はぁぁ………………!」

「ど、どうしたの!? 早くやっちゃってよ!」

「やろうとしてる! でも!」




「ふんんんんんんん!!!!!!」




 バキィン! と何かが壊れる音がした。


「な、何!?」

「そんな! ただの力任せで私の念動力を――!?」




「オラァァアアアアアア!!!!!!」




「ごふぉお!」


 念動力の拘束を破り、走り込むと全力のフックを相手の腹部に叩き込む。

 その一撃は、念動力使いの少女を即座に待機場所へ送り込んだ。


「な、な……」


 一人残されたテレパシー使いの少女が叫ぶ。


「何だこのゴリラの擬人化はぁぁああああああ!!!!」

「誰がゴリラかぁぁぁぁああああああああ!!!!!!!!」


 叫びながら放たれた美しき少女の蹴りを受ける直前、テレパシー使いの少女は自らギブアップし、リタイア者の待機場所へと転送されていった。


「………………」


 三人がリタイアした事をタブレットで確認すると、バッと右腕を高く振り上げ。




「うぉっしゃぁぁぁぁああああああああああ!!!!!!」




 少女は荒々しく、吠えた。


「あーっはっはっはっはっは!!!!!!!!」


 彼女は今回の参加者には珍しい、というか普通はあり得ない、本当にただの一般人だった。

 特殊な力を使えるわけでも無く、特別な戦闘術を習っているわけでも無い。

 ただの一般人。

 ただの、とんでもない怪力持ちなだけの、一般人だった。

 足元に落ちた本、『ゴリラでもわかる立ち関節』を拾い上げると、また木に寄りかかる。


「…………いや、人間が読んでも全然わかんないんだけど、この本」


 知能がゴリラ以下なのだろうか?

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