第10話 神喰らい

 べしゃっ、とエスタがリタイア者の待機場所に落下してくる。

 キリンは顔を赤くし、空は慌てて毛布を持って駆け寄り、赫音は爆笑、梗は無言で視線を逸らしている。


「…………あ」


 エスタが叫んだ。


「あの女ぁぁああああああ!!!!」


 全裸の、エスタが。

 叫んだ。


「あはっ、あは、あはははははははは! き、切り刻むって服の事かぁ!」


 赫音がテーブルの上に倒れ込み、笑い過ぎてひーひー言っている。

 少女はあの後、魔法でエスタの服を切り刻んだ。

 そして全裸にした後、エスタに空中で恥ずかしいポーズを取らせようとしたのだ。

 そんな事をされればもう降参以外に選択肢は無い。

 エスタは毛布に身を包み、椅子に座ってキッと憎々しげにスクリーンを睨んでいる。


「えーと……ごめんね? アールベックさん。何か着る物を用意してあげたいんだけど、残念ながらこのバトルロイヤルが終わるまで待機場所からは出られないようになってるんだ」

「勝った人はまだ森の中にいるのに負けた人だけ好き勝手遊ばせとく訳にもいかないしね。ま、罰ゲームみたいなもんだと思って我慢して」


 梗と赫音の言葉に何か言いたげな顔をするが、グッと堪えて頷く。


「あの、出られないと言っても中におトイレやシャワーは用意してありますし、椅子でお尻が痛くなった人にはクッションもありますので」


 キリンの言葉に何人かがホッとした顔をする。


「それと、この空間は温度も調整してあるので大丈夫だとは思いますが、もし寒くなったら毛布をお渡しするので遠慮なく言って下さい」

「……罰ゲームとか私言っちゃったけど、普通に至れり尽くせりよね」







 梗達がリタイアしてきたエスタを構っていた時、スクリーンには梗に宣戦布告をしている少女の姿が映っていた。

 誰も見ていなかったが。


「いいですか!? いずれ私が強くなったらあなたなんてちょちょいのコテンパンですからね!? 聞いてますか!?」


 スクリーンには参加者全員の映像が映る為、指定した特定の画面以外の音声は基本流れない。

 つまり、聞こえていなかった。

 更に、様子を撮っているカメラはバトルロイヤル参加者からは見えないようになっているので、カメラに対する目線もズレていた。


「ふふん」


 言ってやったぜ、とでも言いたげな表情で長めの髪をファサッとかき上げる。

 だがその光景、誰も見ていない。

 彼女は月の住人だった。

 うさ耳が頭から生えているが、それはただの飾りだ。

 地球の一部地域では月にうさぎが住んでいるイメージがあると聞いて面白がり、流行ったファッションらしい。

 彼女は、というより彼女達月の住人は、基本的に梗の事を嫌っていた。

 月の住人は、女が優秀な性で、男は劣等な性だと思い込んでいる。

 だが、だからと言って劣等な性である男を皆殺しにしろだとか、自由を奪い奴隷にしろだなんて過激な事は考えていない。

 人は生まれを選べないと、望んで男として生まれた訳では無いと理解している。

 だから彼女達は、不幸にも劣等に生まれてしまった可哀想な男達を、救済措置として自分達と同じ女に変えてあげるべきだと思っている。

 梗が嫌われているのは、それを阻止したからだ。

 それも、自分達が尊敬し敬愛する、女帝輝夜様を倒して。

 彼女がここに来たのは、その憎き梗を倒す為だ。

 それも、暗殺みたいにこそこそと倒すのではなく、正々堂々皆の前でヒーローとして、完膚なきまでに倒すつもりだ。

 そして今度こそ、世界を女性のみの世界に作り変えるのだ。


「シュッシュッ」


 意味の無いシャドーボクシングをする。

 カメラに向かってしているつもりだが、明後日の方向だ。

 こんなに残念な感じの彼女だが。

 月の住人だけあって、強い。

 伊達に侵略戦争最後の敵として立ち塞がった訳では無いのだ。

 月は異世界接合で地球が大騒ぎをしている時争いに一切関わらず、陰で様々な異世界の技術を手に入れる事のみに尽力した。

 それにより、月は様々な異世界の力を取り込み強大な戦力を持つ事が出来た。 

 そんな彼女達の地球侵略は、あと一歩のところまで進んでいた。

 彼女達は人心掌握にも長けており、地球に住む者達は自分から地球の権利を彼女達に明け渡すところだった。

 攻め入ったのが地球での戦いが一段落したタイミングだったので、人々が疲弊しきっていたのもあった。

 それを阻止する為に、梗がヒーローとしては少々強引な方法を取ったのはまた別の話だ。


「シュッシュッ……う?」


 そんな彼女の元に、誰かが近寄ってくる。

 一人の足音ではない。

 戦っている様子も無いので、ここで仲間を作った者達だろう。


「ふむふむ」


 パーンと手を鳴らす。


「いいでしょう! ここで私の実力を皆様にお見せする事にしましょう!」


 それから数分後。

 リタイア者待機場所に彼女が降ってきた。







「何なんですかあれはーーーーーー!?」

「はーいお疲れー」


 赫音がひらひらと手を振り、空が紙コップに入れたお茶を手渡す。


「相手が悪かったね」


 梗が残念だったねと労う。


「あ、相手って!」


 彼女が指さすスクリーンには三人の少女が映っていた。

 その内の一人は、あの船の上で式神を出していた少女だった。


「あの人おかしいですよ! 反則ー!」


 だが彼女が指さしていたのはその少女ではない。


「いやー……ははは、ねぇ」


 梗が否定も肯定もせず、笑みで誤魔化す。


「でもさ、リーダー」

「ん?」

「確かにあの人は、ここにいるのおかしくない? 三年前一緒に戦ったじゃん。新人とかそういうんじゃないでしょ、あの……」


 赫音がスクリーンを見ながらタブレットをたちたち叩いて表示したのは、高校生か、もしくは大学生か。

 それ位の年齢に見える少女だった。


「おっぱいお化けさん」

「そういう言い方しないの」

「じゃあおっぱい神喰らい」

「おっぱい要らないでしょ、神喰らいでいいじゃない」

「じゃあ神喰らい」

「うん」


 変な会話だった。


「そう! おっぱい! おっぱいおっぱい! ギガントデカおっぱいモンスター!」


 それを聞いていた月の住人の子が興奮したように叫ぶ。


「あのおっぱい何なんですか!?」


 皆が胸の事ばかり言うだけあって、確かにその少女は胸が大きかった。

 それも、とんでもなく、桁外れに。

 その片方だけでも確実に体重がキロ単位で増えている。

 そういうサイズだ。


「彼女はね、こういう言い方しちゃ駄目なんだろうけど……」


 少し逡巡した後、まぁいいかと口に出す。


「君が勝てなくて当たり前な相手だから、今回の負けは気にしなくていいよ」


 スクリーンには言いたい放題言われていた少女がぼーっとした顔で映っていて、ジッとこちらを見ていた。


「彼女は神様を捕食して大きくなっていく、言わば神様の天敵ともいえる存在。神喰らいなんだ」

「大きく?」

「そこじゃないよ」


 胸を抱えて聞く赫音に突っ込みを入れる。


「物理的な意味じゃなくて力的な意味だよ。食べた神様の力を取り込んで食べた分だけ強くなっていく、神以上の存在。それが彼女なんだ」


 薄手のタートルネックにミニスカート、薄手のストッキングを履いており、腰まで届きそうな長い髪を紙の紐で縛り、まとめている。


「そのままでいると高位存在としてのオーラというか、何て言えばいいのかな……。威圧感? も違うか。とりあえずそういうのが出ちゃうから、それを抑える為にあぁやって肌の露出を少なくしているんだ。あの服は特別製で、繊維一本一本に本人の力を抑え込む特別な術式が組み込んである。本人かなりの暑がりだからそれも大変みたいだけど。唯一露出してる顔とか手にも術をかけたクリームみたいな物を塗ってる筈だよ」

「…………」


 キリンは何故か顔を青ざめさせ、視線をスクリーンから逸らしていた。


「彼女は今回新人としてやってきたヒーローの中で間違いなく最強だろうね。それどころか俺含めた世界中のヒーローの中でも確実に上位の存在だよ」

「は? 何それ。私負けないけど」

「相性の問題もあるんだよ、赫音ちゃん。赫音ちゃんのファンタジーフレンズ、ホウオウでしょ? あれ神獣だからモロだよ」

「はぁ? もういっぺん言ってみろ!」


 赫音が梗に襲い掛かる。


「ちょ、ちょっと赫音ちゃん! キレ方が意味わかんないよ! 何でキレたからって俺にキスしようとするの!?」

「訂正しろ! あの人が最強なのはおっぱいだけだって! 訂正しろ!」

「つ、強! 力強! わかったよ! わかった! 彼女が最強なのはおっぱい! おっぱいだけです!」

「だったらちゅーしろ! 私とちゅーしろ!」

「何でだよ! もう無茶苦茶だよ!」


 本当に無茶苦茶だっだ。


「で、どう?」


 キスしようと顔を近付けてくる赫音を押し返しながら、月の住人の少女に聞く。


「え?」

「彼女にどうすれば勝てるか、思いついた?」

「………………」


 少女が真剣な表情になる。


「そうですね……さっきみたいな不意打ちじゃなければ、もっと『もった』と思いますけど……」


 ん~、と唸る。


「勝つには、ですよね……。んー……。あっちが全力じゃなかったのはわかりますけど、こっちだって隠し玉の一つや二つ用意してましたし……。でも……」


 ん~! 叫びながら頭をかきむしる。


「ちょっと考えてきます!」


 そう言って後ろの方の椅子に向かった。


「へぇー」


 赫音がちょっと驚いた表情を浮かべる。


「あれでまだ勝とうと思えるんだね」

「ね」


 梗が嬉しそうに頷く。


「だから言っても大丈夫かなって思ったんだ」


 言いながらスクリーンを見つめる。


「にしてもこれはなぁ……ちょっと強い子が揃い過ぎてるよなぁ」

「神喰らいに天才退魔師が二人。もうここのチームは勝ち抜け決定だね」

「似たような方向性の力を持つ者同士、顔見知りで互いを知っていたからこうしてチームを組んだんだろうけど……。どうにかしないとなぁ」

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