第09話 魔法使いと魔女

 小さな少女が一人、森の中を歩いていた。

 右手にピンク色の巨大なハンマーを持ち、フランス人形のような派手な服を着ている。

 揺れるハンマーが軽く当たると、木が大きく揺れる。

 少女は片手で平然と持っているが、実際にはかなり重い物らしい。


「――!?」


 そんな少女が忽然と姿を消した。

 ズボッ、という音と共に。

 そのすぐ後、タブレットに少女がリタイアしたと表示された。


「はーいこれで三人目~」


 その様子を見てやる気無さげに微笑むのは、エスタだった。

 彼女は地面に穴を掘って中に入ると土で穴に蓋をして、そこに作った小さな隙間から外の様子を窺っていた。

 

「……この戦い方ヒーローとしてどうなんだろう」


 エスタは土や砂、わかりやすく言えば地面を操る魔法の使い手だった。

 地面に触れてさえいれば、土を鋭い槍にして相手を貫いたり、巨人を作り出して戦わせたりと思いのままだ。

 地の上に立っている間は無敵と言ってもいい。

 だが今はそういう派手な事はしていない。

 地面に隠れ潜んで獲物を待ち、人が近くを歩いたら土を操って深い地の底まで引きずり込み、操った土で全身を押し潰す。

 地味だが確実で、安全な戦い方だった。


「いいじゃない、いいじゃない」


 タブレットを操作して調べてみると、現段階で三人もリタイアさせた者は少ない。

 このままいけば高評価間違いなしだ。

 

「でも……」


 少し疑問に思う事もある。


「結構広いわよねここ。なのにこんな短時間でこうも都合よく人と出くわすもの?」


 嫌な予感に表情が固くなる。


「ん?」


 すると、風景に変化が出てきた。


「霧……いや、煙?」


 ドライアイスの煙のような白いもやが辺りに広がり始めた。


「これは一体……クシュンッ!」


 ヤバいと思った時にはもう遅かった。


「クシュッ、クシュンッ! ちょ、何これ、目が、鼻が、クシュッ!」


 目や鼻等の粘膜に強烈な刺激が。

 涙が流れてくしゃみが止まらなくなる。

 年頃の女の子なので鼻から流れる物については触れないでおくべきだろう。


「もう無理ぃ!」


 たまらず穴から外に出た。

 



「はい釣れた~」




「へ?」


 穴から出た瞬間、エスタの体が宙に浮かんだ。


「は!? な、何!?」

「アハハハハハハ! 二人も誘導してきた意味あーった」


 笑い声が聞こえた方をエスタが見ると、そこに一人の少女がいた。

 木の枝に足を組んで座り、エスタを指さして爆笑している。

 どうやら女子高生のようだ。

 制服らしきブレザーを着ている。

 だがそのブレザーの着方が少々いやらしかった。

 上着の前を開いているのはまだいいのだが、問題はその下のシャツだ。

 シャツのボタンを一つ二つではなく、胸の谷間が見えるどころか下着が見えそうな位まで外しているのは流石にやり過ぎだ。

 しかもシャツはサイズが小さいのか、胸に押されて今にもボタンが弾け飛びそうになっている。

 そして、スカートもかなり短い。

 今だって足を組んでいるからいいものの、そのまま座れば確実に下着が見えてしまう。

 笑うと一緒に揺れる長い髪は明るい茶色に染められていて、本人の優れたスタイルや派手な身なりから、色んな意味で『モテそう』なオーラを感じる。


「くしゃみ煙の魔法なんて絶対覚える意味無いと思ってたけど、結構使えるもんなのね~」

「そのせいかこのくしゃみ! ……クシュン!」


 少女が裸足のつま先に引っ掛けたローファーをぷらぷらさせる。


「もうわかったと思うけど、私もそっち系なんだー」

「魔法使い?」

「そ。正確には魔女だけど」


 片手をスッと上げると、彼女の背後の空間に、ブツブツと墨を落としたような黒い染みが浮かび始める。

 

「まさかそれ……」


 その染みが、次第に人影を形作っていく。


「悪魔よ。地獄から呼び寄せた本物の、ね」


 身長は二メートル程だろうか。

 ボロボロのローブに全身を包んでいるので、その本当の姿はわからない。

 顔の位置に人とも動物ともつかない、角が生えた不気味な生き物の頭蓋骨が面のように付けられていた。


「魔法使いじゃ魔女には絶対に勝てない。何故だかわかる?」


 少女が骨の顎をくすぐる。


「悪魔の魔力に比べたら人の魔力なんかゴミ、だからよ」

「…………」


 馬鹿にした言い方だが、エスタはそれを否定しない。

 種としての限界という物がある。

 魔力という点では確実に、悪魔は人よりも種として優れていた。

 

「だからって化け物相手に魂と純潔捧げるなんてまっぴらごめんよ」

「えー? 金髪ちゃんは差別主義者なの? こんなに可愛いのにぃ」


 そう言って頭蓋骨を引き寄せると、愛おしそうに額を擦り寄せる。


「私の主様はインポなのか一切手出ししてくれないけどー」


 ゴン、という音がした。


「いったーい。言葉遣いに気を付けなさいって悪魔がそれ言うのー?」


 頭をさすりながら不満そうな顔をする。


「………………」


 そんなコントをしている少女を見ながら、エスタがそっと手を下げた。

 袖口からさらさらと流れ落ちる物がある。

 それは、砂だった。

 彼女は流れる砂をパスにして、地面を操ろうとしているのだ。


「………………」


 気付かれないように慎重に。

 少な過ぎて砂の流れが途切れてしまえば操れない。

 バレないように、けれど少な過ぎないように砂を流す。


「………………?」


 だが、妙だった。

 いつまで経ってもパスが繋がる感じがしない。

 思い切って砂の量を増やしてみる。

 この砂はいざという時用なので、そんなに沢山は用意していない。

 このままでは何も出来ずに使い切ってしまう。


「…………あ!?」

「やっと気付いたんだ?」


 よく見ると、落ちた砂が宙に浮いていた。

 地面からほんの数センチの隙間を作って。


「バレバレなのにかーいーねー」

「ば、馬鹿にして!」


 エスタが屈辱に顔を赤くする。


「さってさてさて」


 少女がニッコリ笑って指をさす。


「リタイアするなら何もしないけど」


 パシッ、とエスタの耳元で風切り音がする。


「しないんだったら、ズッタズタに切り刻む事になっちゃうよ?」


 エスタは即答する。


「どうぞご自由に。自分から負けを認めるなんて恥ずかしい真似、死んでも出来ないわ」


 それを聞いて、少女は嬉しそうに笑った。


「んふふー、凛々しー。では、遠慮なく~」

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