第08話 上には上が

「リタイアする?」

「………………」


 森の中に、可愛く首を傾げ降参を促す花子と、それを無視して無表情で森の木々を見ている幼き少女がいた。

 少女の年齢は五歳か六歳か、それ位に見える。

 長い髪を一本の三つ編みにしているのだが、不器用なのかあまり綺麗に作れていない。

 着ている白いドレスも物は良さそうなのだがサイズが少々大きく、手は完全に隠れてしまいスカートも地面に届いてしまっている。

 色々とちぐはぐな子だった。


「リタイアしないと、ボコるぞ?」


 そんな少女相手に、花子は笑顔で怖い事を言う。

 だが、彼女は本気だった。

 少女に向けて様々なサイズと形状の銃が、宙に浮いた状態で向けられていた。

 船上で見た威力を思えば小さな少女の体を吹き飛ばすにはその中の一丁あれば十分だろう。


「カウントダウン」


 花子が人差し指を立てる。


「ゼロ」


 指を倒す。


「ばきゅん」


 カウントワンで即座に一斉発射だった。

 爆風で花子の髪が後ろに流れる。


「んーっ」


 楽しそうに目を瞑る花子。

 花子の前方にあった木が、広い範囲で地面ごと抉れ、跡形も無く消し飛ばされていた。


「やべー」


 だが、瞑っていた目を開けた瞬間、何故か花子は後ろを向いて全力疾走で逃げ出した。


「あれおかしーよ?」


 土煙の向こうに、あれだけの砲撃を受けていながら平然と立つ少女の影が見えたのだ。

 だから花子は視界が完全に晴れる前に出来るだけ遠くへ離れようと走り出した。


「むーりーだー」


 花子の攻撃方法は基本転送してきた銃で相手を撃つ事なので、それが通用しないのなら逃げるしか無い。

 だがその銃は、ビル街の中心で発射して銃口をぐるりと一回転させれば、その町を一瞬で廃墟に出来る程の威力がある。

 なのでそんな物が通用しないだなんて、それ自体がそもそもあり得ない事なのだが。


「ぜはぁ……ぜはぁ……ぜはぁ……」


 残念ながら、花子は足が恐ろしく遅い上に体力も恐ろしい程に無かったらしく、あまり離れてもいない場所で死にそうな顔をしていた。

 早めに逃げた意味が無い。


「………………」


 少女はそんな花子の背をどうでも良さそうな目で見た後追う事も無くくるりと振り向き、どこかへと歩き去っていった。







         *







偽名ぎめい英子えいこってこれ超偽名じゃん! 英子ってA子って事でしょ!?」


 赫音がタブレットを操作して、先程の少女の情報を確認する。


「え、しかもこの子の親ってこれ……」


 赫音や梗のタブレットはバトルロイヤル参加者の物よりもっと詳細な情報を見られるようになっている。

 それを見て赫音が驚く。


「そりゃ強いわけだわ……。でもこの子、何でヒーローになろうと思ったんだろう」

「キリン、これ食べた? から揚げ鶏肉じゃなかったよ」

「え、そうなんですか?」

「うん、これ車麩なんだよ。だから肉が苦手なキリンでも食べられると思うよ」

「くるまふ?」

「あ、そっか。キリン車麩知らないか。んー……何て言えばいいかな。とりあえずお麩なんだけど……」

「聞いてる!? ねぇ私の話聞いてる!?」

「ご、ごめん赫音ちゃん! いた、痛い! 痛いから! 爪の隙間に芋かりんとう刺さないで!」


 全く、と言いながら赫音が芋かりんとうを齧る。


「それでさー、結局これを見たのはどういう意味だったの?」

「田中さんと英子ちゃん?」

「うん。意外な所に意外な実力者が混ざってたりするから予想するのが難しいよねって話?」

「いや、それもあるけどさっき言ったのはそういう意味じゃなくて……そうだね。ここで見るべきは英子ちゃんじゃなく、田中さん」


 スクリーンに花子を大きく映す。


「わー……あの子すっごい顔してる」


 走ったせいだけではなく、先程の出来事に対する不愉快さが顔に滲み出ていた。


「田中さんは自分の力にかなりの自信を持っていたからね。実際強いし、彼女は。もしかしたらこの中で一番強いのは自分、位に思ってたんじゃないかな。でも今、英子ちゃんには全く歯が立たなかった。ここには自分よりも強い人がいると知ったんだ」

「ほぉほぉ」


 芋かりんとうを楊枝代わりにポテトに突き刺し、パクリと食べる。


「つまり、各々ここでの経験の中で成長する可能性があるって事ね」

「そういう事。田中さんは自分が最強だと自惚れたままなら、きっとすぐにどこかでやられてた。でも、彼女はその前に運よく知る事が出来た。ここには自分よりも強い子が沢山いるって事を。それを知る事で彼女はもっと慎重になる。こういう事があるからわからないんだよ」

「なるほどねー」


 芋かりんとうにポテトのマヨネーズを付けながら頷く。


「赫音ちゃん好きだね、それ」

「え? あぁ。だって美味しくない?」

「俺も美味しいとは思うけど」


 梗も一本手に取り齧ってみるが、ビールには合わないなと思う。


「あ、このから揚げ本当に美味しいです」


 口に手を当てもぐもぐするキリンを見ながら、本当に俺達くつろいじゃってるなぁと梗は思った。

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