第06話 ようこそ、界際ヒーロー協会へ!

『うーわっ、リーダーマジで言ったんだーそんな事ー』

「うん、言った」

『は~、もう絶ーっ対嫌われたねそれ。皆の印象最悪だよ』

「だろうねぇ」

『……ま、リーダーの気持ちもわからないではないけどさー。半端な気持ちの人がヒーローなんてやったらどうなるか、私達も色々と見てるしねー』


 コンコン


「あ、ごめん。誰か来た」

『はいはーい、じゃあ明日待ってるからねー』

「うん、宜しくね赫音ちゃん」


 梗が電話を切ってドアに声をかける。


「はーい、どうぞー」

「失礼しまーす」


 開けたドアからひょこっと顔を出したのは、葉だった。


「こんばんはー、梗君」


 にひひ、といたずらっぽく笑う。


「葉ちゃん」


 梗が仕方ないなぁと言いながら笑みを返す。

 二人は顔見知りのようだった。

 葉が部屋に入ってドアを閉めると、部屋の中を見回しながら言った。


「私達と同じで部屋狭いんだ。てっきりもっと広いのかと」

「一応広い部屋もあるにはあるんだけどね。一晩寝るだけだし、こっちでいいやって」

「ふーん」


 ベッドに座る梗が椅子を勧めると、葉がそれを無視して隣に座る。


「……………」

「何?」

「いや、別に」


 男と同じベッドに抵抗なく座るんだ、と思いながらも指摘はしない。


「葉ちゃんて今、いくつだっけ?」

「何で?」

「いや、何となく」

「十四だけど」

「十四かー」

「……何?」

「いや、別に」


 十四でこういうとこ鈍感なのは心配だなぁ、と思いながらも指摘はしない。


「あ、そうだ。葉ちゃん俺の事気付いてたね。どうしてわかったの?」

「あぁ。私は視覚だけに頼って相手を判別してるわけじゃないから」

「なるほど。確かにあれは視覚情報を誤認させるだけの物だしね。葉ちゃんには通じないか」

「通じないねー」


 得意げな顔で足をパタパタさせる。


「にしてもさー」

「ん?」

「昼間のあれ。梗君もさー、キッツい事言うよね」

「あ、やっぱりその事で来たんだ」

「うん」


 葉が履いていたスリッパを脱ぎ、素足をベッドの上にあげると体育座りする。


「怒ってる子もいたけど、ほとんどの子はあの話聞いて落ち込んでたよ。はっきり言って印象最悪。明日の朝は私入れても数人しか降りてこないんじゃないかな」

「そっか」

「……何でそこで笑う?」 

「いや、ごめん」


 葉が不服そうに梗の頬を指ではじく。


「ねぇ、何であんな言い方したの? 嫌味言って雰囲気悪くして、無能扱いして自信無くさせて、最後に怖がらせた後家族と話させて覚悟を揺らがせて。もうわざとらしい位帰らせる気満々で、気付く人は気付いたんじゃないかな」

「……そんなに露骨だった?」

「うん、露骨だった。何でだったの?」

「えー? 言えないよー」

「いいじゃーん、教えちゃいなよー」

「えー……」


 梗が少しだけ考える素振りをする。


「絶対に言えないって程重要な話じゃないけどー……知られたくない内容ではあるしー……うーん……」

「気になる~教えてよ~」

「んー……」

「ねぇねぇ~」

「んー……」

「おーねーがーいー」

「んー…………じゃあ、ここで聞いた事内緒に出来る?」


 もっと渋るかと思いきや、割とあっさりだった。


「出来る」

「即答過ぎて逆に胡散臭いなー……」

「胡散臭くないよ。ほら、見て、この澄んだ目」

「………………」

「ね?」

「…………う、うん」


 ジッと見つめられ、恥ずかしくなったのか梗が葉から目を逸らす。


「わかったよ」

「ふへ」

「……葉ちゃんてたまに何か変な笑い方するよね」

「え、何?」

「いや、何でもない」


 首を振り誤魔化す。


「今日来てた子達さ」

「うん」

「可愛い子ばっかりだったよね」

「…………」


 葉の目つきが冷たくなる。


「勿論葉ちゃんもだよ」

「いや、そういうのを求めてるんでなく」

「だからさ、ヒーローになんてならずに普通に暮らせば、皆普通に幸せな人生を送れると思うんだ」

「………………」

「普通に就職して、普通に結婚して、普通に子供を作って。そういう普通の幸せが手に入ると思うんだよ。でも、ヒーローになるとそうはいかなくなる」


 梗が真剣な表情になる。


「いくら最近は平和になったとはいえ、一度戦いが始まるとヒーローは真っ先に最前線に向かわなきゃいけないんだ。警察や自衛隊と違ってヒーローには国からの保護も無い。人の為に戦って、でも自分の身は自分で守るしかない。人を守る為に戦うヒーローは、守るだけで誰にも守ってもらえないんだ」

「………………」

「大変なんだ、ヒーローってのは。ならざるを得ない状況に追い詰められてなるっていうならわかるけど、自分から目指したりするようなもんじゃない」

「だからわざと皆を帰らせようとしたの?」

「うん」


 だがそこで、フッと表情を緩める。


「……いや、違うか。今のは表向きの答え」

「え?」

「本音はさ、俺のただの我が儘なんだ」

「わがまま?」

「そう、我が儘。だってさ、もし皆が協会に入ったら、これからずーっと長い間一緒に過ごす事になるんだよ?」

「うん、まぁそうだろうね」

「同じ釜の飯食べて、一緒に訓練したり戦ったり、苦楽を共にしてさ。そしたら皆に情だってわくし、皆の事が大切になっちゃうでしょ?」

「うん」

「それがさ、嫌なんだよね俺。もう仲間とか大切な人をこれ以上作りたくないんだ」

「………………」

「綺麗ごと抜きではっきり言うけど、知らない人が死ぬのと顔見知りが死ぬのではやっぱ全然違うよ。辛さ悲しさの桁が違う。……もう、疲れたよ俺は。そういうのを見過ぎた。もう見たくない。悲しみ疲れたんだ」

「梗君……」

「だから俺にとっての大切は、俺の手で守れる範囲に抑えておきたい。今日来てた全員に目を配るのは俺のキャパを超えてるよ。精神面、肉体面、ヒーローはどんな所からでもちょっとした事で簡単に崩れちゃうから、俺はその両方をケアしてあげたいと思ってる。だから俺は、ここで大半をふるいにかけて、俺が目をかけて守ってあげられる最低限の人数だけでやりたいんだ」

「……梗君何でこの仕事受けたの?」


 向いてないよとはっきり言われる。


「受けたくは無かったけど、俺が受けなかったせいで沢山の子達が苦しむ事になったとかなったら、それはそれで後味悪いし。だから受けた」

「ふーん」


 葉が呆れた顔で言う。


「いい加減で我が儘で優柔不断で、ヘタレ。伝説のヒーローが聞いて呆れるね」

「おっしゃる通りで」


 聞きたい事は聞けて満足したと、葉がベッドから降りてドアに向かう。


「意気地なし」

「うん、かもしれない」

「それと……」

「ん?」

「梗君は私達の事、舐め過ぎだよね」

「え?」


 ドアの前で顔だけ振り向き、葉がニヤッと笑う。


「私達は梗君が思うほど弱くもないし、守られるばかりでもないよ」

「ふー……ん?」


 どういう意味? と首を傾げて見せるが、葉は答えてくれなかった。


「じゃ、梗君おやすみ。また明日」

「うん、おやすみ。また明日」


 ドアが閉じた後、ふぅと息をつく。


「………………」


 ベッドに横になり、手を照明の光に透かす。


「昔よりは強くなったと思うけど……」


 それでもまだ弱いと、拳を握る。

 目を瞑れば、自分が守れなかった沢山の人の顔が浮かぶ。

 

「何度経験しても慣れないよ、人の死にも、不幸にも……。顔見知りの、大切な人のそれは特にさ」










 早朝、船が島に到着した。

 まず梗が船から降りる。

 そこには三人の少女が待っていた。

 一人はどこかの学校の制服を着ていた。


「リーダーお疲れー」

「うん、おはよう赫音ちゃん」


 それは赫音だった。

 表情こそ笑顔だが、眠たいのだろう。

 開ききらない目でひらひらと手を振っている。

 

「梗さん、お疲れ様です」

「うん、お疲れ」


 赫音の横に立ち、頭をくしゃっと撫でられたのは、幼い容姿の少女、キリンだった。


「あの、梗様っ」

「うん」


 もう一人の少女は、何故かメイド服を着ていた。

 真っ直ぐ切り揃えられた黒髪のショートカット。

 キリンと同じ位の年齢か、もしかしたらもっと下かもしれない。

 少女は緊張と嬉しさの入り混じった表情で梗を見上げていた。


「おはよう、そら。出迎えありがとう」

「は、はいっ」


 キリンに対して同様頭を撫でる。


「リーダー私も私もー」

「いや、赫音ちゃんは別にいいで……しょお!?」

「早く撫でてー」


 頭ではなく、ボリュームのある胸を突き出して言っていた。


「……今は男相手でもセクハラって成立するからね?」

「本人がセクハラと感じたらセクハラなんでしょ? じゃあリーダー喜んでるんだからセクハラじゃないじゃない」

「…………」


 トス、と頭に柔らかくチョップをして、梗が船の方を見る。

 沢山のヒーロー見習い達が甲板に出て、手すりからその様子を見ていた。


「こほん」


 わざとらしく一つ咳払いをする。







「さぁ! 皆!」







 気を取り直して、梗が大きな声で告げる。







「話は単純、至ってシンプルだ! 選ぶ道は二つしかない! 降りるか! 残るか! 残れば君達はまた元の日常に帰れる! だが! 一度降りてしまえばその時点で君達は、見習いヒーローではなくなる!」




 指をさす。




「ヒーローだ! 降りた瞬間から君達は、ヒーローになるんだ! 自分はまだ見習いだからなんて言い訳はもうきかない! その時から君達は、最前線で人々を守り、命がけで戦う、ヒーローになるんだ!」




 船の上が騒がしくなる。




「その覚悟がある者はそこから降りてこい! 本当にその覚悟があるのならな!」




 赫音が後ろでうわぁ、と面倒くさそうな表情を浮かべる。







『はーーいっ』







「え?」


 だが、皆は元気よく返事をし、躊躇いもなくぞろぞろと船を降りてきた。


「あれ? いや、皆今の話……え?」


 梗が困惑する。


「皆、あのね? ヒーローっていうのは……」


 想定外過ぎる。

 考え直させる為にもう一度説明しようとするが、梗もこの状況に頭の切り替えが出来ておらず、話し方に勢いが無い。


「だから言ったじゃん梗君」

「葉ちゃん?」


 近寄ってきた葉がふへへ、と笑いながら言う。


「私達の事舐め過ぎだって」


 そう言って、ポケットからスッとICレコーダーを出した。


「あっ、まさか!」

「昨日の会話、録音して皆に聞かせちゃった」

「っ~~!」


 顔に手を当てて、ガクリと肩を落とす。


「そういう事する~?」

「ふへへへへー」


 さて、何と言ったものかと梗が顔を上げると。


「あ、あの!」


 幼い少女が背筋をピンと伸ばして梗の前に立った。


「君は……」

「ありがとうございました!」

「え?」


 勢いよく頭を下げる。

 突然なんだ? と梗が不思議そうに見ていると、少女が目にジワッと涙を浮かべた。


「わ、わたしのママと弟を助けてくれて、ありがとうございました!」


 その言葉を聞き、彼女の言葉の意味を理解する。


「それは……」


 しゃがみ込み、目線を合わせて笑顔を浮かべる。


「どういたしまして」

「はい!」


 少女がポロポロと涙をこぼす。


「かくごは……できています」

「っ!」


 少女が涙を流しながら、強い眼差しで梗を見つめる。

 その目力に梗が驚く。


「覚悟は出来ています!」


 まるで何かに挑むような目だった。


「わたしはあの日、パパを守れなかったから……」

「パパを……?」

「もしあの時助けてもらえなかったら、ママと弟も助からなかった! わたしは! 守れなかった時の辛さを知っています! だから! 守りたいんです! 後悔したくないから! だから! 守る為に必要な物を! あなたに教えて欲しいんです!」

「………………」


 梗が黙り込む。


「だから言ったじゃん。舐め過ぎだって」


 葉が梗の肩に手を置く。


「軽い気持ちでここに来てる人なんて一人もいないよ。皆最初から覚悟を決めてる。決めるだけの物を持ってる」


 グッと肩を強く掴み、ここに来れるだけの力を持った人が何も抱えてないわけ無いじゃん、と言って離れると、皆の前に立ち、くるりと振り向いて梗に目を合わせ、胸に手を当てて言う。


「もう一回言うよ、梗君。『私達を舐めないで』。私達の事を守れないかもしれない事が不安、だなんて傲慢だよ。悪いけど、私達は皆、守られるつもりなんてこれっぽっちもないよ。守られるどころか守ってあげる。皆、梗君よりも強くなる気満々だよ?」


 ポカンとしている梗を見て、赫音が爆笑する。


「あはははははははははははははは!!!!」


 お腹を抱えて、笑い過ぎてその場に膝をつく。


「あはははははは! 負け! 負けだよリーダー! これはリーダーの負け!」

「あ、赫音ちゃんっ」

「無理無理、これは無理、無理だって」


 赫音が流れた涙を指で拭う。

 笑いだけにしては、ほんの少しだけ量の多い涙を。


「育てよう、私達で」

「で、でも」

「ここで追い返してもこの子達、なっちゃうよ? ヒーローに。ヒーローなんてそういうもんなんだから」

「…………」

「なる人はなっちゃうよ。誰に否定されても、なれないって言われても、なるなって言われても。知ってるでしょ?」


 梗が困った顔でキリンと空の顔を見るが、二人共眉尻を下げて微笑むだけで何も言ってくれない。


「でも、ヒーローは大変だし、辛いし……」

「知ってるけどそれ位ー」


 花子だった。


「ネットもテレビも情報源なら沢山あるし、知ってるよー」

「いや、でも……」

「わ、私達が、あなたになります!」


 今度は早和だった。


「あなたが間に合わない時に、私達が間に合わせます!」

「いや、そういう話ではなく」

「ヒーローが沢山いれば! きっとヒーローは市民だけではなく、ヒーローを守るヒーローにだってなれる筈です!」

「!?」


 その言葉に梗が目を見開く。


「あなたを悲しませるような事はしません! 自分達の身は自分達で守ります! だから!」

「…………もう、いいよ」


 梗が地面に座り込む。


「もういいよ……」


 はぁ~……と大きなため息をつきながら天を仰ぐ。


「俺の負けだ」


 赫音がぷっと吹き出す。

 キリンと空がニコニコと梗を見つめる。


「俺の負けだーーーーーー!!!!」


 やけくそ気味に、大きく両腕を広げて仰向けに倒れ込む。


「ようこそ!」


 空に顔を向けたまま、叫ぶ。







「ようこそ、ヒーロー協会へ!!!!!!」







 その投げやりな声に、新米ヒーロー達が歓声を上げた。

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