第05話 落胆と現実
ヒーロー見習いを全員集めた後、用意した台に乗って話を始める。
伝説のヒーローの登場に皆大はしゃぎだった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
「あ、アールベックさん落ち着きなよ、それ怖いよ」
「う、うん! うん!」
エスタは葉の袖口をぎゅうっと掴みながら、過呼吸で倒れそうな程興奮していた。
「えー、ヒーローの皆さん。いや、まだヒーロー見習いと言った方がいいのかな? では改めて。ヒーロー見習いの皆さん、お疲れ様でした」
浮かべた笑顔に黄色い声が飛ぶ。
「いやー、酒飲んで酔っぱらってる振りしながらずっと見てたけどさー、本当に驚いたよ」
梗が笑顔のままで皆に言う。
「君達さ、いくらなんでもちょっと無能過ぎじゃない?」
一瞬にして浮かれた空気は静まり、シン、となる。
「二人共、ちょっとこっち来て」
梗に呼ばれて、一人の少女と一人の女性が前に出る。
「実はさ、さっきまで皆と戦っていたのはこの二人なんだよね」
皆が頭に『?』マークを浮かべ、言っている意味がわからないという顔をする。
「そのまんまだよ。さっき君達が戦っていたのは本物の敵じゃない。彼女達が作り出した、ただの張りぼてだったんだ」
梗の説明を聞き、ざわつく。
「まず、皆と戦っていた敵を出したのは彼女だ」
そう言って紹介されたのは、学校の制服を着た長い黒髪の女子高生だった。
美人だが目つきが鋭く、気が強そうに見える。
「で、皆を騙す為の霧を出したのは、彼女」
一歩前に出て浅く頭を下げたのは、長い金髪と長い耳を持った、エルフの女性だった。
二十歳前後に見える。
こちらも黒髪の女子高生同様美人だが、表情は彼女と逆で、穏やかな笑みを浮かべとても優しそうに見えた。
「式神って聞いた事あるかな?」
梗が言うと黒髪の女子高生が小さな紙切れを宙に投げる。
するとそれが、大きな蝙蝠に変わった。
「見覚えあるよね? この蝙蝠」
女子高生が手をパンと叩くと、蝙蝠が元の紙切れに戻り、風に吹かれてどこかへと飛んで行った。
「これが君達の戦っていた相手の正体だ。驚いたかい? あ、そうそう。ちなみに言っておくけど、途中で襲われてた女の子達も全部式神だよ」
梗の言葉に何人かがホッとした表情になる。
「彼女はとても優秀な子なんだけど、だからと言ってこれだけの数の式神を操るのは大変だからね。実際作ったのはそれっぽい動きや威嚇はするけど戦闘なんて出来ない、ただの張りぼてだったんだ」
梗が馬鹿にした顔で笑う。
「で、どうだい? 張りぼて壊して悦に入って、張りぼて相手にビビッて震えていたと知った、今の気分は」
反応は様々だった。
悔しそうに俯く者、顔を真っ赤にして梗を睨む者。
「あぁ、誤解してる人もいそうだから言っておくけど、彼女達は君達と同じヒーロー見習いだよ。ヒーローとしての実戦経験なんてほとんど無い。つまり君達は、同じ立場のたった二人相手に、これだけの人数がいながらいいようにあしらわれていたんだ」
二人が同じヒーロー見習いだと知り、またもざわつく。
「意地悪な言い方して悪いとは思うけどさ、俺としても想定外だったんだよ。こんなに駄目な子ばかりだとは思わなくて。本当はどれ位の時間で張りぼてだって事に気付くかを計って話をするつもりだったのに、結局皆最後まで気付かないんだもん」
だがそこで、いや、と訂正をする。
「気付いてた人はいたね。でも、気付いてたのに誰にも何も教えず、何もしなかった。くだらないと言って奥に引っ込んで、気付かない皆の事を馬鹿な奴らだと嘲笑って。酷い話だよね。もしその時皆にその事を伝えていればこんな茶番、すぐに終わったのに。そして、気付かない方は気付かない方で君ら何してんのって話だし。何はしゃいでんの。ろくに調べもしないで雰囲気に流されて自分にとって都合のいい妄想に浸って馬鹿やって。これ実戦だったらここで皆殺しにされてたよ? そして何より悪いのが、敵が襲ってきたっていうのにビビッて逃げたり隠れちゃったりした子だ。論外だよそれは。何してんの? 見習いとは言え、ヒーローなんだよ? 君らが戦わなくて誰が戦うんだよ。自分はまだ素人だから? でも周りで君の代わりに戦ってくれている皆だって素人なんだよ?」
梗の言葉に何人かが気まずそうな顔をした。
「……こんな嫌味長々と言ってても仕方ないし、そろそろいいか」
梗が心底嫌そうな顔でため息をついた後、真剣な表情になる。
「じゃあ本題に入るよ。ここでもう一度皆に考えてみてほしい事があるんだけど、いいかな?」
スッと息を吸い、先ほどよりも大きめの声で聞く。
「君達、本当にヒーローになる覚悟はあるかい?」
促され、女子高生が二体の式神を出す。
一体は少女の姿、もう一体は結晶の姿をしていた。
「これが、君達の日常だ」
グシャ、と少女が結晶に潰される。
式神だとわかってはいても、凄惨な光景に何人かが視線を逸らす。
「さっき逃げ回っていた時に感じたよね? 死への恐怖を。あれは、これから君達が毎日のように感じる事になる物だ。君達が戦う相手は、治安維持の為に動く警察組織や、軍隊のような防衛組織でも手出しが出来ない凶悪な犯罪者、悪人達なんだからね。敗北はそのまま死に繋がる」
梗が指を五本立てる。
「俺の所属している幻獣戦隊ファンタジアン。皆も知っている通り、数々の悪を倒し、その組織を滅ぼしてきた強力なチームだ。けれど、それだけの力を持っていても最初に五人いた初代メンバーは……」
立てている指が一本になる。
「四人が死亡、そして……」
最後の一本も倒す。
「最後の一人も生きてはいるけど、ヒーローを続けられない程の大怪我をして、引退した」
次に三本の指を立てる。
「そして二代目メンバー。俺も含め三人いたけど」
立てている指が二本になる。
「一人が死亡、今は二人しかいない」
手を下ろす。
「これがヒーローの現実だ。華やかさの影に、なんてレベルじゃないよ。怪我も危険も当たり前。戦いで手足が無くなった人相手に、命があってよかったねって笑いかける世界なんだ」
話を聞いている者達の顔色が悪くなる。
「宿題出そうか」
梗が微笑む。
「今日はこの船、目的地の島に行かないでここに停めておくからさ。船に部屋用意してあるの伝えておいたでしょ? そこで一晩、じっくり考えてみてほしいんだ。ヒーローになるって事を。さっきも言ったけど、君達本当にヒーローになる覚悟があるの? 誰かの為に命をかけて戦いたいっていうその考えはとても素晴らしい事だと思うけど。けどさ、本当にいいの? 敵に負けたら死ぬんだよ? 君達は見知らぬ誰かの為に死ぬ覚悟、ある?」
誰も一言も声を発さない。
「今晩はここから人に連絡取れる環境用意しておくから。電話でも何でも。そういうのが無い人は言ってくれればこっちで用意するし。だからさ、今日の夜はそれ使って自分にとって一番大事な人に連絡をして、声を聞いてみて欲しいんだ。親でも兄弟でも、お爺ちゃんでもお婆ちゃんでも、友達でも恋人でも、誰でもいいからさ。自分が大切だと思う人と話をして、それでもう一度よく考えてみて欲しい。ヒーローとして自分が戦って、怪我をして、死ぬ事を。死んだらその大切な人と二度と会えなくなるっていう事を。自分が死んだ世界で涙を流して悲しむ、大切な人の事を。もう一度、じっくりと時間をかけて考えてみるんだ」
台から梗が降りる。
「明日の早朝、この船は再び島に向かい、六時には島に着きます。その時、それでも尚ヒーローになる覚悟がある人は、船から降りて下さい。けれど、そこで考え直した人は、そのまま船に乗っていて下さい。そうすれば船はUターンをして元の場所に戻ります。そこで降りれば、またいつもの日常に戻れますから」
梗が笑みを浮かべて告げる。
「もう一度、よく考えてみて下さい」
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