第02話 向かうはヒーロー協会

「うわぁ……!」


 波を立てながら海上を進む、一隻の旅客船。

 空は快晴で、船の上から見渡せば視界一面に美しい海と空の青色が広がる。

 正に最高の景色だった。

 

「クジラとかイルカいないかなー」


 布袋を背負った少女が手すりに手をかけ、楽しそうな表情で海を眺めている。

 布袋には棒状の物が入っていて、長さが一メートル位あった。

 サイドでねじるようにして整えた黒髪のショートヘアーが海風で少しずつ乱れてきているが、それを直す様子も防ぐ様子も見せない。

 気にならないのかそもそも気にしていないのか。 


「見えないかなぁ」


 風景に夢中になり過ぎて気付いていない、が正解なのかもしれない。

 クジラやイルカをよっぽど見たいのか、手すりから大きく身を乗り出す。


「うーん……いないのかぁ」


 だが何も見えなかったらしい。

 諦めた様子で一歩後ろに下がった。


「………………」


 テンションが下がったらしく、景色を見るのを止め、くるっと体を半回転させると手すりに寄りかかる。

 そのままずるずるとしゃがみ込むと、足元に置いてある鞄を開け始めた。


「……うんっ」


 取り出したのは大きな封筒。

 差出人に『界際ヒーロー協会』と書いてある。


「頑張らなきゃ」


 頬を赤くし、嬉しそうな、でも少し緊張しているような顔になる。


「わー、夢と希望に満ちて輝いてる子がいるー」

「え?」


 自分の前に誰かが立ち、話しかけてきたので顔を上げる。

 そこに、銀髪の女の子が立っていた。


「わっ」


 せっかく話しかけてくれたのだからと、おどけたリアクションを取ってみる。


「美少女過ぎて輝いてる子がいるっ」


 先ほど言われた輝いてる繋がりで、眩しさに手で目を遮る仕草をしてみた。


「えー?」


 だが。


「もしかして花子、馬鹿にされてるー?」


 どうやら失敗したらしい。

 誤解されてしまったみたいだ。


「え!? ち、違うよ!? ごめんね、つまんない冗談言っちゃって!」

「なーんだ、そっかー、冗談かー。じゃあ花子可愛くないんだー、残念」

「あ、そ、それも違ってて! 可愛いの! 凄く可愛いと思ったから言ったんだけど! えと、何て言えばいいのかな、えーと」

「私、田中たなか花子はなこ。あなたは?」

「え!? 自己紹介!?」


 会話のテンポに付いていけずあわあわとする。

 だが先ほどの言葉は冗談だけではなかった。

 田中花子と名乗った少女は、本当に背景に輝きが見えるレベルの、とんでもない美少女だった。

 日を照り返してキラキラと輝く綺麗な長い銀髪で、頭の中も含め全体的にふわふわとしたイメージのある、お人形みたいに可愛いらしい少女だ。

 ふわふわはイメージだけではなく胸元もで、そういう意味での魅力もしっかりとある。

 もし男性が彼女に微笑みかけられたら、ひとたまりも無いだろう。

 その容姿の特徴を見て、黒髪の少女が思う。

 彼女は多分、地球人じゃないんだな、と。


「私は伊東いとう早和さわ

「さわちゃんかー。よろしくー」

「うん。宜しくね」


 自己紹介の後、花子から手を差し出されたので握手をする。

 それは本当にただの握手で、手を引いて立ち上がるのを補助してくれたりはしなかった。










「あ~嫌だなぁ~」


 だるそうな顔をした少女が旅客船船内の椅子に座ってテーブルに顎を乗せ、独り言を呟いていた。

 中学生位の、茶色いショートヘアーの少女だった。

 外の風景を見ながら自動販売機で買った缶のジュースを指でつつく。

 缶のリサイクル識別マークには、スチールともアルミとも違うマークが描かれていた。


「ヒーローなんて興味無いのにさ~」


 彼女は中々の美少女だが美人というよりは可愛い系の愛嬌あるたぬき顔で、今みたいなやる気の無い表情も不思議と愛らしく見えた。

 テーブルの上で顔をぐらぐら動かしていたせいで口の中に髪の毛が入り、舌で出そうとしても中々出なかったので、嫌そうな顔をしながら指でつまんでスルリと出す。


「もー」


 不服そうな声を出す。


「もー」


 頬を膨らませながら鞄の中にある大きな封筒を手に取ると、中に入っている紙を出した。

 差出人は『界際ヒーロー協会』。


「誰だよー受からせた奴ー」


 紙には合格の文字が書いてあった。

 

「行きたくなーい」


 そう言って顔を向けた先には大きなディスプレイがあり、そこにはとてもルックスが良い男性が映っていて色々と喋っていた。

 そのディスプレイは薄型ディスプレイなんていうレベルではなく、紙一枚分位の薄さの物を壁にぺたっと貼りつけているのだった。


「ふへへ」


 その映っている男性の顔を見ながら嘲るように笑う。


「おーおー、人類の英雄様じゃないですかー、ご立派な事でー」


 感謝感謝と拝む手も馬鹿にしている感がある。


「はぁ~……」


 そしてため息。


「ヒーローなんて興味無~い」


 この船は、界際ヒーロー協会の会員になる者達を運ぶ船だった。

 協会の支部がある島に向かっている。

 異世界結合を発端に六年前から三年間続いた激しい戦い。

 その戦いの中で人類に限らず弱き者を守る様々なヒーロー達が生まれたが、戦いが終わり平和になった現在、その大半がいなくなっていた。

 単純に平和になったからと引退した者もいたが、多くは大怪我をしたり命を落としたりしてヒーローを続けたくても続ける事が出来なくなってしまったのが原因だった。

 そうして数が減ってしまったヒーローを増員し、これ以上減ってしまわないように互いを支え合い、協力し合う為の組織。

 それが界際ヒーロー協会だ。

 そしてこの船に乗せられているのは、ヒーローというよりはヒーロー増員用に集められたヒーローを目指すヒーローの卵の方だった。

 ヒーローになる意思や素質はあるが、ヒーローとは何をすればいいのかわからない、ヒーローとして悪とどう戦えばいいのかわからない、というような者達を集め、ヒーローとなる為に必要な事を一から学ばせ、一人前のヒーローとして育て上げるのだ。 


「帰りたーい」


 ヒーロー協会には誰でも入れるわけではない。

 事前に適性試験や身辺調査等が行われ、それらの選考を通過した者のみが会員になれる。

 つまり、こうして嫌がっている彼女もまた、選考を合格した優秀な人材というわけだ。


「ふーん、ここにはそういう子も来てるのね」

「え?」


 聞こえた声に少女が顔を上げる。


「ここ、いい?」

「あ、はい。どうぞ……」


 独り言を聞かれていたと、恥ずかしそうな赤い顔で少女が身を起こす。

 あれだけぶつぶつと言っておいて今更にも思えるが。


「そんな顔しなくてもいいわよ。どっちかと言うと私も真面目に正義感だけでヒーローを目指してるわけじゃない方だから」


 椅子に座ったのは地球人の分類で言う白人の少女だった。

 少し緊張するが、先ほど流暢な日本語で話しかけられた事を考えるときっと日本での生活が長いのだろうと、小さく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。 

 その少女は長い金髪のツインテールで、とてもスタイルが良かった。

 胸が大きく腰はしっかりとくびれていて、正に出るとこは出てて引っ込むところは引っ込んでいる、という感じの体型だった。

 流石外国産は違うと自分の胸元やスタイルを見下ろして、はぁと小さくため息をつく。


「私、アールベック・エスタ。一応言っておくけど、ここは日本の圏内だから苗字が先で名前が後のつもりで言ってるからね。あなたは?」

「私は山吹やまぶきよう

「いい名前ね。宜しく、山吹さん」

「うん。宜しく、アールベックさん」


 エスタが笑顔で頷き握手をすると、鞄から荷物を取り出し始めた。


「それはビデオカメラ?」

「そ、ビデオカメラ」


 出した荷物はビデオカメラとそれを支える小さな三脚だった。

 民生用のカメラではあるが、セミプロも使うようなそこそこに値が張りそうな物だ。


「何を撮るの?」

「そんなの決まってるじゃない」


 設置してレンズを向けたのは、あのディスプレイだった。


「あ、あー……」


 葉が気付かない自分が鈍かったと思う。

 エスタの鞄に付いている缶バッチやストラップ、キーホルダーがあるヒーローのグッズで統一されていた。

 

「幻獣戦隊ファンタジアン、二代目ファンタジーブラックこと、キリンブラック様よ!」

「うん、ね」


 ディスプレイの映像で喋っている男性こそがそのキリンブラックこと、黒沼くろぬまきょうだった。

 現在二十一歳。

 三年前まで続いた激しい戦いを生き残り、今も活動を続けている数少ない現役ヒーローの一人だ。


「いいわよねー可愛いわよねー」

「え? 可愛い?」


 葉にはピンと来ない。

 黄色人種は白人から幼く見られるというが、そういう事だろうか。


「ええ。強くて恰好よくて可愛いヒーローだなんて、最高じゃない!」

「あは、あははは……」


 何言ってるんだろうこの人、と葉が愛想笑いで誤魔化す。


「この映像ってここでしか見られないレア映像でしょ? 運がよかったわ。だから折角だし、一番いい所から撮ろうと思ったの」


 他にも空いている椅子やテーブルが沢山あるのに葉の元に来たのは、そういう理由かららしい。

 確かにレア映像と言えばそうだった。

 彼が喋っているのは、ヒーロー協会についての事だからだ。


「……だから、男なら皆見習うべきなのよ。素敵なキリンブラック様の事を」


 そう言ってエスタがあるテーブルの方を見る。


「あはははは! イエーイヒーロー!」

「「「ヒーローイエーイ!」」」

「ヒーロー最高ー!」

「「「ヒーロー最高ー!」」」

『あはははは!』


 チャラチャラと着けたネックレスを鳴らす若い男性が一人と、その周囲に女性が三人程座り、うるさく酒盛りをしていた。

 ここにいる人間は年齢幅が広く、下は一桁、上は種族によって変わるので、二桁年以上の者もいた。

 そして、彼らは成人組だ。


「最低ね。あれもヒーローなのかしら」

「女の人達はそうかもしれないけど、男の人は違うでしょ。三年前の月の呪いが効いてるし」

「月の呪い、ね」


 エスタが手を開いたり閉じたりする。


「実感は正直無いけど」

「でも、あるんだよね」


 月の呪い。

 それは、三年前最後の戦いで発動した、世界を一変させる程の力を持った強力な呪いだった。

 地球と月の住人との戦いの中、月の女帝と呼ばれる輝夜かぐやが地球にかけた、男性を弱くして女性を強くするという呪いだった。

 男を弱く女を強くといういまいち曖昧な表現の呪いだが、影響範囲が広く効果も強力で、実際にそれから大きな戦いが起きなくなった事からもその恐ろしさがわかる。

 その男のくくりは人だけではなく、動物や、男性としての性質を与えられていれば機械等にも当てはまり、皆弱体化させられた。

 男性ヒーロー達も弱体化させられたが、男性の犯罪者達もその月の呪いで弱体化させられた。

 その結果皮肉にも変にバランスが取れてしまい、世界は平和になった。

 ちなみに、キリンブラックはその戦いの最中月の秘宝という物をその身に取り込み、世界で唯一月の呪いの効果を受けない男性となった。

 月の女帝との戦いに勝利し、地球に平和を取り戻したのも彼だ。


「でも愉快な風景よね」

「何が?」

「だって、ほらあそこ」

「ん? んー……ん?」

「いや、だから」


 ピンと来ていないらしく首を傾げる葉に、呆れた顔で告げる。


「あれよ、あれ。人じゃないのが多くなったわよねって話」

「あ、あー……」


 コクコクと頷く。

 エスタの言う通りだった。

 異世界人や異世界の知的生物の中には、戦いの後自分の元いた場所に帰った者達もいたが、そのまま人と暮らす事にした者達もいた。

 実際周りにいる者達を見ると、耳が長かったり尻尾が生えていたり触角が生えていたりと、明らかに普通の人間ではない者達が多数いた。

 中には半身が蛇や馬など獣の物になっている者や、そもそも人としての形を全く為していない者までいた。


「でもさ、そんなに驚く事でも無いんじゃないかな? ヒーローになるって子の大半が普通の子じゃないんだし」

「そーだけどさー……そうだけどね。私も人間だけど普通じゃないし」

「あ、そうなんだ」

「ええ、そう。私は――」




 突如、船体が大きく揺れた。




「な、何?」

「事故?」


 二人が椅子から立ち上がり外に出る。


「外が暗い……」


 エスタに頷き、葉が辺りを見回す。


「霧……?」


 あれだけ晴れていた筈なのに、いつの間にか辺りが濃い霧に包まれていた。


「それだけじゃないみたい」


 エスタの言葉に葉が緊張した表情になる。

 

「敵、だね」

「ええ、そうね。それも、多種多様な組織が混ざった、連合軍」


 霧の中から船を囲むように現れたのは、敵だった。

 彼女達がそう判断したのは、侵略戦争時にそれらがヒーローと敵対し、戦っていた事を知っていたからだ。

 種類は様々だ。

 数が一番多いのは、宙に浮いている薄赤い色の結晶だ。

 少し長い八面体で、大きさにバラつきがある。

 一メートル程度の物から、十メートルを超える物までいた。

 どういう構造なのかはわからないが、中心に濃い赤色のベリーみたいな物体があり、それが脈動している。

 結晶同士がくっ付き合い、違う形をとっている物もあった。

 結晶以外には、長い尾の生えた人よりも大きい巨大な蝙蝠や、プロペラの付いた小型のロボット、無機物と有機物が混ざり合って出来た巨大な魚のような怪物、背から鳥の羽を生やした巨大な猿のような動物等がいた。

 それらが空を飛び、船を囲んでいる。


「なーにぼけっとしてんの二人共っ」


 とん、と二人の背が叩かれた。

 振り向くとそこに見知らぬ少女がいた。


「早く行かないと獲物取られちゃうよ?」

「獲物?」

「そう、獲物!」


 少女の右手から二翼の翼が生える。


「おかしいと思わない? こんなに都合よく敵の襲撃が来るなんて。それに未来のヒーロー見習い達が乗った船に護衛が全然付いてないってのもおかしな話でしょ?」

「それはまぁ、確かに」

「つまり」


 右手の翼が羽ばたいて、少女が宙に浮く。


「これは協会入会前の評価テストなんだよ」


 少女がそう言って空にいる敵の元へと向かう。

 少女だけではない。

 皆が船の上から続々と空に向かって飛んでいく。

 飛ぶ力を持たない者は船の上から攻撃を行う。

 流石ヒーロー見習い達と言ったところか。

 次々と敵が墜ちていく。


「そう言われてみると納得出来る事もあるわね……」

「え?」


 エスタが指をさす。


「例えばさっきのお酒飲んでた男の人。不自然なのよね。ヒーローでもない男の人が一人、こんな所にいるなんて。しかもお酒まで飲んで。あれはきっと私達見習いヒーローを油断させる為で、あの人がテストの評価をする人なのよ」

「うん」


 葉が頷き、敵を見て言う。


「そう考えると敵の種類もおかしいよね。あの結晶とか意思疎通出来るタイプじゃないから、こうやって共同戦線張ったりなんて出来ないだろうし」

「そうね」


 二人が空を見上げる。


「じゃあどうする? テスト」

「あー……私空とか飛ぶの得意じゃないからこういうのちょっと苦手。アールベックさん行っていいよ」

「あはは、奇遇。私もそういうの無理なんだよね。それに私の力って制限あって、ここじゃ何も出来ないのよ」

「そうなんだ。私は何も出来ないって程じゃないけど……でもなぁ」


 二人が顔を見合わせる。

 空では戦闘が続いている。


「「どうしようか」」

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