幸運銀行

@baketsumogura

幸運銀行

先日、父が自殺した。父は生前とても運が悪かったのを覚えている。


そんな父が死んでから、男の家に荷物が届いた。


差出人は父の名前、開けてみると小さな電話が入っている。それと電話番号が書かれたメモが添えられていた。


男はメモにかかれた電話番号にかけてみることにした。


「こちら幸運銀行です。お電話お待ちしておりました。」


幸運銀行、聞いたことがない名前だった。


「銀行がいったい何の用だ。」


「あなたのお父様は生前、あなたのために弊社の口座に遺産を残しておられたのです。」


男は耳を疑った。男の父はとても運が悪い人だった。事故にあって会社をリストラ、一念発起して建てた会社は部下にお金を持ち逃げされすぐに倒産、その後も盗難被害や災害で家が倒壊するなど、父の運の悪さで男は幼少期から苦労をしていた。とてもじゃないが、お金なんて残せるような状況ではなかったはずだ。


事情を説明し、きっと何かの間違いだと伝えると銀行員は言った。


「お父様が残したのはお金ではありません。我々が取り扱うのは“運”でございます。お父様は生前、ご子息であるあなた名義の口座に運を残しておられたのです。」


男には銀行員がなにを言っているのか理解できなかった。


「我々、幸運銀行は、運の口座を管理しており通常の銀行のお金のように、運を預けたり、引き出したりすることが可能なのでございます。」


説明されればされるほど、ますます話が理解できない。


「突然このような話をされても、ご理解できないのはごもっともでございます。ですので、まずは幸運を実感していただくために少しだけ運を差し上げます。幸運が必要な際は、いつでもお電話してください。」


どうせ父が生前、変な宗教に騙されでもしていたのだろう。


「父もこんな変なやつらに絡まれていたなんて、つくづく運がわるいな。」


男はそう呟いて電話をきり、眠ることにした。


次の日


男はいつもの様に朝ごはんを食べながらテレビをみていた。


「星座占い1位は山羊座のあなた。ラッキーアイテムは電話です。」


なにげなく聞き流していたテレビの声に朝ごはんを食べる男の手が止まった。


電話、そういえば…


昨日の記憶がよみがえる。「-少しだけ幸運を差し上げます―」


なぜか妙に昨日の電話の内容が気になった。男は不思議となにか良いことが起こりそうな気がしていた。


そして奇妙なことに男の予感はあたった。その日は実際にいくつも幸運な出来事が男の身に訪れたのだ。


通勤の際一度も赤信号につかまらなかったり、嫌いな上司が体調不良で休んでいたり、なかなか上手くいかなかった営業の契約がとれたり…。


男は確信していた。昨晩、幸運銀行とやらを名乗る者が言っていたことは全て真実なのだと。今日の幸運の連続だけなら偶然かもしれない。しかし、男にはもう一つ信じる根拠があった。

父のことだ。自分の運を幸運銀行に預けていたと考えれば父のあの運の悪さも合点がいく。


その日から男は、ことあるごとに幸運銀行に電話をかけ、父の残した運を引き出し、使用した。


仕事はすべて不思議なほど上手くいき、あっという間に昇進、職場で一番美人な女性と結婚し子供にも恵まれた。


男はなにもかもが順調にいきすぎていた。


そんなある日、男に転機が訪れる。


同僚Aから独立して新たに事業を起ち上げないかと持ち掛けられたのだ。


男はあっさりこの誘いを飲んだ。あまりに順調すぎて刺激のない今の仕事に飽きていたというのもある。ただ男にとっては独立しようがしまいが関係のない話だ。


なぜなら幸運銀行の力を借りれば、どんな選択をしようが良い結果となるからだ。


しばらくして、男は会社を辞め、Aと共に会社を起ち上げた。


幸運銀行の力さえあれば、この会社を業界一、さらには日本一の会社にできるのではないかとさえ、本気で考えていた。今の男にとって、それほどまでに幸運銀行の恩恵は素晴らしい結果をのこしていた。


不安と期待が入り混じるAとは裏腹に、男の心には明るい未来だけが見えていた。


いつものように、さっそく幸運銀行に電話をかけた。


「新しく事業をするにあたって口座から幸運を引き落としたいのだが。」


しかし銀行員の返事は思いもよらぬものだった。


「申し訳ございませんが、口座にはもう運が残っておりません。」


男は焦った。会社設立のために銀行から資金融資を受けていたのだ。もし事業が失敗したら大量の借金を抱えてしまうことになる。子供はちょうど受験生で大事な年だ。今、失敗するわけにはいかない。


男はどうしても運が必要だと説明した。すると、銀行員が話し始めた。


「運をお譲りする方法がないわけではございません。弊社は個人に運を貸し出すサービスも行っております。なお、返済はお譲りした幸運に応じて、あなたの運で支払っていただきます。」


つまり、運を借りれば幸運になれるが、返済すればそれだけ不運になるというわけだ。


「…しばらく考えさせてくれ。」


そう言って男は電話をきった。


まだ事業が失敗すると決まったわけではない。もしかしたら幸運の力を借りずとも上手くいくかもしれない。男はそれから必死で働いた。


しかし、男がどれだけ努力しても業績は良くなる気配はない。それどころか、負債ばかりが膨らんでいく。


とうとう男は決意した。電話を手に取り、例の電話番号にかけた。既に幸運の力を知っている男にとって他に選択の余地はなかった。


「俺だ、幸運を貸してほしい。」


「かしこまりました。……只今幸運の貸与が完了いたしました。」


それからほどなく、会社で行っていたビジネスが大手企業の目にとまり、大口の契約を取ることができた。息子も無事、受験に合格し大学生となっていた。


どうにか会社が軌道にのりはじめ、生活も安定してきた。そんなとき例の電話が鳴った。


向こうから電話がかかってくることなど初めてだったので一瞬驚いたが、すぐにわけを察した。返済の件だ。


「御貸しした幸運を返済していただきます。」


返済すれば不運が訪れる…。男は恐る恐る聞いた。


「なあ、これから俺の身に何か悪いことが起きるのか?」


「それは私共にもわかりかねます。どうなるかはあなたの運次第でございます。では、返済をさせていただきます。」


電話は切られた。


銀行員はわからないと言っていたが、本当のところ男には尋ねずとも答えはわかっていた。これまで幸運の力を貰いその恩恵を享受してきたのだ。不運の存在を疑う余地はない。これから自分の身にどんな恐ろしいことが起きるのだろうか、漠然とした不安が男を襲った。


返済が完了してほどなく、恐れていた不運は起きた。Aが会社の金を持ち逃げして蒸発した。ギャンブルで相当な借金を作っていたらしい。会社が倒産するまでに多くの時間はかからなった。


男は新しい就職先を探す傍らアルバイトを始めた。妻もパートを始め一緒に家族を支えてくれた。今の男にとって、妻と息子だけがかろうじて生きる希望だった。


しかし、追い打ちをかけるように不運は男を襲った。


男のもとに病院から着信があった。息子が大学の帰り道で交通事故に遭い意識が戻らないらしい。さらに、医者には意識が戻る可能性はほとんどないと告げられた。


これも不運のせいなのだろうか。男は自分を責めた。自分が幸運の力を乱用しなければ、家族を巻き込むこともなかったかもしれない。


そんな後悔と矛盾するように、男の脳裏にはある考えが浮かんでいた。


気が付くと男は電話をかけていた。


「息子に俺の残っている幸運をすべてわけてやってくれ。」


「……かしこまりました。」


男はただひたすら息子の回復のために祈った。


すると、息子は奇跡的に意識を取り戻し、元の生活を送れるまで回復した。


しかし、男はいつまでも喜んでいる場合ではなかった。やらなければならないことがあったのだ。


男は息子のために運を差し出したときから死ぬ決心をしていた。


自分が生きていることで、また息子に不運の被害が及ぶかもしれない。仮に息子には幸運が残っているとしても、妻は違う。これ以上家族に迷惑はかけられなかった。


男は自室の天井にネクタイを結びつけ、自らの首を輪に通した。


次の瞬間、目の前が真っ暗になり意識を失った。


目が覚めると、床に寝ていた。どうやら失敗したらしい。


だが、男の決意は固かった。方法を変え、職場の屋上から飛び降り自殺をした。しかし、これも幸か不幸か失敗に終わった。


その後も何度も自殺を試みても、どれも失敗してやはり死ぬことはできなかった。


この時、男の運が底をついていた。そのため、いくら死のうと思っていても運悪く死ねなかったのだ。


そのことに気が付かないまま何度も自殺を繰り返しているうちに、町では妙な噂が立つようになった。


死の機会を何度も生き延びた“幸運の男”がいるらしい、と。


噂はすぐに広まり、テレビやインターネットで話題に持ちきりとなった。


その“幸運の男”の正体が自分であると男が知るのに時間はかからなかった。


やがて男のもとにテレビ取材がくるようになり、是非テレビ番組で不死身の芸を見せてほしいと言われた。


たくさんのメディアと観衆に囲まれた中、ビルの屋上から飛び降りることになった。


多くの人々が男を期待の眼差しでみつめていた。中には男を神の様に崇める者さえいた。


そんな様子を眺めていると、男は思ってしまった。


「ここで成功させることが出来たら、もう一度人生をやり直せるかもしれない。」


男は大衆の前で飛び降りてみせた。


しかし、結果は悲惨なものだった。直前で生きたいと望んだ男は皮肉にもそのまま死んでしまった。


そんな事件からしばらくたったある日のこと。


とある男の家に小さな電話と電話番号が書かれたメモが届いた。どうやら死んだ父の遺品らしい。


その男の父親は生前とても運が悪かった。


しかし、世間では“幸運の男”などと呼ばれていたようだ。


男は電話かけてみた。電話の向こうで声がした。


「こちら幸運銀行です。お電話お待ちしておりました・・・」

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