第30話 第七章 リスタート①

 カリムが襲撃してきた翌日。フラデンの人々は復興に大忙しであった。亡くなった人々の身元確認、壊れた箇所の修理、怪我人の治療。すべきことは山のようにある。

 黒羽は町の人々に交じって、朝からひたすら料理を作っていた。普段は楽しそうに料理をしている彼も、この日ばかりはうなだれてばかりだ。

「黒羽さん! それは砂糖ですよ」

「おっと。塩はこれか」

「違いますよ。塩はその隣。もう、黒羽さんらしくないですよ」

 レアに指摘され、自身の状態が思った以上に深刻であることを認識する。プロとしてこれではいけないだろう。黒羽は調理場をレアと町人達に任せて、外を散歩することにした。

「眩しいな」

 宿の外に出ると、雲一つない晴天が黒羽を出迎えた。今日はサンクトゥスの姿を、朝から見かけていない。彼女は解毒剤らしき小瓶を持って、アクア・ポセイドラゴンのもとへ出かけたとレアに聞いた。まだ、雲がないということは、あれは解毒剤ではなかったのだろうか。黒羽は不安になって顔をしかめた。

「秋仁。何て顔しているのかしら。しっかりなさい」

 噂をすれば何とやら。サンクトゥスが真後ろから声をかけてきた。

「お、どうだった?」

「解毒剤だったわよ。体調がもう少し回復したら、雲を発生させるそうよ。……ねえ、もしかして自分を責めてるの」

「……ああ。もっと上手く戦えていれば、被害は小さくできたかもしれない。そう思わずにはいられないんだ。……分かってるさ。俺はただの喫茶店の経営者。できることには限りがある。でもな、自分があんまりにも無力でそれがあまりにも悲しんだよ」

「秋仁。それは私もよ」

 彼女は黒羽の手を握ると、ニコリと笑って見せた。

「私もあなたもちっぽけだわ。でも、だからこそ私達は助け合うの。違う?」

 風が吹いて、彼女の髪を巻き上げる。

 ――ああ、何て美しいのだろうか。恐らく、誰よりも辛いと感じているはずなのに、目の前の女性は気高く意志に満ちた光を瞳にたたえている。男として少し情けなくて、でも相棒として誇らしくて、自然と黒羽の口元は笑みを形作った。

「違わないよ。俺はこれまで通り、誰かに助けられて生きるだろう。けれど、助けてもらった分、最高のサービスを提供して、もっと多くの人を幸せにしてみせるよ」

「そのいきよ。――さて、元気が出たところで、街の復興の手伝いに行きましょう。でね、夕方になったら彼のところに行きましょう」

 彼とは、きっとアクア・ポセイドラゴンのことだろう。ちょうど様子を見に行きたいと思っていたので、黒羽としても断る理由はない。

「そうだな。具合がどうなったか気になるし、それに」

「ムーンドリップフラワーを手に入れないとな……でしょ。どう? 似てたかしら」

「五十点」

 本当はもうちょっと高得点だが、辛めに評価すると

「つまらないわ。百点じゃないの?」

 妖艶で大人びた女性の意外な子供らしさが垣間見れる。頬を膨らませているサンクトゥスの頭を軽く叩き、駆け足で宿に向かう。

 真昼の太陽が照りつける街路に、大人げない足音が二人分駆け抜けていった。

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