第17話 企みを秘めし聖餐


 瑠美たちと久しぶりに合流したのは、郊外にある「メディアミューズ」という複合施設の入り口でだった。


 地下鉄からの直結通路を経て無事に辿りついたわたしは、建物に吸い込まれてゆく家族連れやカップルを横目に見つつ、ほかの人たちの到着を待った。


「やあ、お久しぶりです。遅れて申し訳ありません」


 約束の時刻から十分ほど経った頃、来栖が頭を掻きながら姿を現した。


「駐車するのに時間がかかっちゃったの」


 そう言いながらおずおずと顔を出したのは、瑠美だった。


「お姉ちゃん、今日も格好いいね」


 美生が来栖の背中からひょっこり顔を出すと、わたしに向かって言い放った。


「ところで、今日はわたしが来てもよかったんでしょうか」


 わたしが家族然とした三人に気後れしながら言うと、来栖が「もちろんです。美生のたっての願いですから、是非、楽しんで行ってください」と応じた。


 わたしたちは連れ立って建物の中に入ると、二階に続くエスカレーターに乗りこんだ。


「まず先に、食事にしましょう。少し早いですが、映画の上映時間まで一時間以上ありますし、腹ごしらえをしてからにしましょう」


 来栖がわたしたちの方を振り返りながら、余裕の笑みを浮かべて言った。


 今日のメインイベントは、映画鑑賞だった。ちょうどおあつらえ向きにアニメと特撮ヒーロー物の二本立てをやっていて、美生がぜひとも見たいとせがんだらしい。


「じゃあ、いつものハンバーグのお店にしよう」


 美生はそう言うと、わたしたちを尻目に早足でフロアの中を進み始めた。

 美生の後を不安げな来栖が追い、わたしと瑠美はその後をぎこちない会話をしながらついていった。


「あれから、なにかわかりましたか?」


 瑠美に小声で囁かれ、わたしは「うーん」と唸った。


「色々な人から話を聞くことはできたけど……怪しい人は一人しかいなかったわ」


「怪しい人?……誰です?」


 わたしは来栖の背中を一瞥すると、辺りをはばかるように「暗堂さんっていう、文乃さんの前のご主人。……美生君の実の父親よ」


 わたしがそう言うと、瑠美の顔から表情が拭われたように消え失せた。


「そうですか。……美生君、来栖さんの実のお子さんじゃなかったんですね」


 瑠美は顔を曇らせた後「でもどうして実の父親が、息子の命を狙うんです?」と聞いた。


「それはわたしにもわからない。……それからもう一人、逸見さんていう男性にもあったけど、先日、事故で怪我をしたから容疑者からは外れることになるかな」


「その暗堂さんていう方は、どこにいるの?」


 瑠美の問いかけにわたしは一瞬、押し黙った。


「わからないわ。一度、会ったけど追い払われちゃって。でもそのうちまた、どうにかして会うつもりよ」


 いまいち納得していない表情の瑠美を尻目に、わたしははしゃぎ回っている美生の様子を見やった。


「でも来てくださって助かりました。美生君も楽しそうだし」


 瑠美がほんの少し翳りを含んだ顔で言った。もしかすると


 ――あなたさえ来なければ、家族のように振舞えたのに。


 という感情がその裏に隠されているのかもしれないが、わたしはなぜかそんな瑠美に会うことを楽しみにしていた。


「ほら、ここが前に来たお店だよっ」


 美生が立ち止まってわたしたちに目で示したのは、「パスタとハンバーグの店」と書かれた看板だった。店内に足を踏み入れると、外国人のような風貌の店員がわたしたちを奥の席へといざなった。


「僕ね、煮込みハンバーグとクリームパスタのランチにする」


 美生はとっくに決めていたのか、すらすらと品名をそらんじると目を輝かせた。


「そんなのメニューにないようだけど」


 瑠美が言うと美生はぶるんと頭を振った。


「入り口の所にあったじゃないか。お姉ちゃん、駄目だなあ」


 わたしはふと、入店した直後「本日のランチ」というプレートが掲げられたショーケースがあったことを思いだした。


 わたしたちもそれぞれ美生に倣ってランチメニューを注文し、やがてデミグラスソースの香ばしい香りと共に、人数分のランチがテーブルに運ばれてきた。


 会食が始まり、テーブルには美生を中心に和やかなムードが漂った。わたしがつけ合わせの香草を楽しんでいると、唐突に来栖が世間話を始めた。


「松井さん、お仕事の方は、順調なんですか?」


「ええ、おかげさまで」


 わたしは無難な返事をしたあと、来栖の表情を盗み見た。屈託なく休日を楽しんでいる顔を見てわたしは、美生はどうやら逸見の元を訪れたことも、帰り道で謎のライダーに襲撃されたことも父親には言っていないのだと直感した。


 ハンバーグをあらかた平らげ、付け合わせのサラダに取りかかろうとした時、ふいに近くのテーブルから「来栖さんじゃないですか」という野太い声が飛んできた。


 わたしたちは一斉に声の主を見た。視線の先にいたのは、恰幅のいい中年男性だった。


「江口先生」


 来栖は男性にそう返すと、食事の手を止めて急に居住まいを正し始めた。


「どうですか、少しは落ち着きましたか」


「あ、はい。何とかこうして息子と行楽に行けるようになりました」


 美生はいきなり現れた見知らぬ客に、きょとんとした顔を向けていた。


「それは結構。……実は心配していたんですよ、ほら、奥さんが亡くなられた時に自殺かもしれないと疑われていたでしょう。自分でアクセルを踏んだんじゃないかと」


 江口という人物は会って早々、来栖の事故死した妻の話を始めた。わたしは思わず、この人物は来栖夫妻とどういう関係なのだろうと訝った。


「はい。正直言って、妻が先生のところに通ってお薬を頂いていたことを知ってから、いつかそう言った思い切った行動に出るのではないかと内心、怯えていました」



「でもあれは事故ですよ、来栖さん。どう見てもね」


 江口という男性はそう言って目尻を下げた。どうやら医者の類のようだ。


「お待たせ、先生。……あら?来栖さん?それにあなたは確か……松井さんでしたっけ」


 聞き覚えのある声と共に江口の陰から姿を現した人物を見て、わたしは目を瞠った。


 江口の隣に立ってわたしたちを興味深げに見ている背の高い女性――それはつい先日、逸見が入院している病院で遭遇した、暗堂の友人――新井戸というカウンセラーだった。


              〈第十八回に続く〉

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