第11話 亡きものよ真実を映せ



 多彩なサムネイルが連なる動画サイトのトップページを前に、私は力なく溜息をついていた。


 ――だめだ、ヒットしない。


 埴生香の名で「灰色の肖像」を検索してみたものの、既に削除されているのかそれらしい動画にはまるで行き当たらなかった。


 考えられるとすればニックネームだが、一度も会ったことのない人物の愛称などわかるはずもなく、思いついた名前を片っ端から入力してみる以外に方法はないようだった。


 なかばやけ気味に撃ちこんだ名前が突然、一本の動画を引き当てたのは、検索を開始してからに十分ほど経った頃だった。


「埴生」からの連想で打ちこんだ「はあぶ」と言う単語が「灰色の肖像 Short・ver」という動画に繋がったのだった。


 ――あった!これだ。


 短い広告を苛立ちながらスキップすると、薄暗い映像が現れた。どこかのバーかクラブだろうか、極端に調度の少ない薄暗いフロアの一角に、一人の男性客が数名の男女客に囲まれて酒を飲んでいた。


 わたしは再生された動画画面にくぎ付けになった。男性は黒い革のジャケットとパンツに身を包み、取り囲んでいる男女は上半身が裸だった。男女は蛇のように身体をくねらせながら、男性に口移しで酒を飲まされていた。


 ――あれが、暗堂か。


 わたしは半裸の男女に囲まれ恍惚とした表情を浮かべている男性から、目を離せなくなっていた。彫りの深い顔、憂いを秘めた眼差し、たしかに逸見が懸念するのも無理はない妖しさだった。……しかしその割には、とわたしは思った。演出が陳腐すぎる。


 おそらく背徳的、退廃的な雰囲気を狙った物だろうが、あからさま過ぎて却って安っぽい。主役が暗堂でなければ、アングラ演劇風の素人パフォーマンスと思ったに違いない。


 カメラは暗堂の表情に向けて徐々にズームして行き、顔がフレームいっぱいに拡大されたところでぴたりと止まった。暗堂の表情が一変したのは、その直後だった。


 突然、それまでけだるく伏せられていた目が一杯に見開かれたかと思うと、震える唇が何かの形に動いた。次の瞬間、いきなり画面がブラックアウトし、グラスの割れる音と女性の悲鳴が響き渡った。


 わたしは真っ黒な画面の裏側で起きている出来事を知りたくて苛々した。黒い画面はそれから三十秒近くも続き、再生時間が終わり近くになったころ、突然、映像が戻った。


 場面は一転し、階段の踊り場を上から眺める構図になっていた。蛍光灯の光の下、コンクリートむき出しの踊り場に蹲っているのは、暗堂だった。


 カメラはなぜか苦し気に身をよじっている暗堂に容赦なくズームしてゆき、カメラの方を向きかけた横顔をほんの一瞬、映し出した。その顔を見た私は思わず「嘘でしょ」と呟いていた。


 カメラが刹那、捉えた暗堂の風貌は、美しく妖しいそれではなく、老いさらばえた老人の貌だったのだ。


 映像はそこで唐突に途切れ、「TO BE CONTINUED」の文字で終了した。


 わたしはもどかしさで身悶えした。これがショートバージョンなら、本編はどこにあるのだ。わたしはバーの場面で暗堂が口にした単語を、もう一度自分の脳内でそらんじた。


 ――あや。たしかに暗堂の口はそう動いたのだ。


 あやとは恐らく文乃。つまり彼の妻の名だ。撮影者は暗堂が戯言を楽しんでいる場に、よりによって妻を連れて行ったのだ。なぜか。言うまでもない、取り乱した彼を撮るためだ。


 わたしは妻に乗りこまれたことと、暗転した後の彼に起こった変化との間にどんな関連性があるのか知りたくてたまらなかった。だが、今のところこれ以上の映像を観る方法はない。これでは蛇の生殺しではないか。


 しかも、この映像を撮ったとされている埴生香は死亡している。真相を知るためには主役である暗堂に直に聞く以外、方法はない。


 ――行ってみるか。「インディゴ・チューン」とやらに。


 わたしは早々と事件の中心人物と相対するという展開に、得体の知れぬ胸騒ぎと興奮とを同時に覚えていた。


              〈第十二回に続く〉


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