第7話 その人の面影を見よ

 

シャッターの降りた商店街の路上で、その女性はギターを抱え、通り過ぎる人々など無関係だとでもいうように、言葉を紡ぎ続けていた。


 わたしは瑠美のトピックから抜き出した映像を、何度も見返していた。


 女性――「AYA」の歌う「鉛の心臓」は、妙に胸騒ぎを呼び起こす曲だった。


 歌詞は「鉛でできた心臓の持ち主を私は知っている その人は誰にも理解されないまま去ってしまった けれど鉛の心臓は今も私の耳元で脈打ち続ける」という内容だった。


 ジーンズに丁シャツ、長い黒髪のAYAは終始うつむき加減で、それでもその横顔には、わたしの知るある人物の面影が色濃く見て取れた。


 ――AYAの本名は市居文乃いちいあやの。わたしの妻だった女性です。


 動物園のレストハウスで食事を終え、一息つこうとした時に来栖がふと漏らした言葉だった。わたしはやはり、と思った。動画の女性の風貌、とくにまなざしがどこか美生を思わせたからだ。


 来栖は妻についてあまり多くは語らなかったが、半年ほど前、事故に遭って死亡扱いになっているのは間違いないようだった。マンションに戻ったわたしは、早速「オスカー」を立ち上げ、AYAに関する情報を集め始めた。すると、その過程で見覚えのある名称に行きあたった。


「ポートレイツ」。


 瑠美のトピックにもあった、創作集団の名だった。AYAはかつて「ポートレイツ」の一員だったらしい。わたしは続けて「ポートレイツ」に関する情報を集め始めた。


 ネット上の情報を見る限り「ポートレイツ」自体はまだ存続しているようだったか、活動は休止中ということらしかった。

 リーダーは逸見恭介いつみきょうすけという男性で、目鼻立ちの整った朗らかな雰囲気の男性だった。


 逸見はSNS上に頻繁にトピックをアップしており、文面からはできるだけ早い時期にグループの活動を再開したいという意志が見て取れた。


「ポートレイツ」は逸見を含む四人の男女が中心となって結成され、過去に演劇や音楽、短編映画などの作品を発表していた。AYAは半年前に事故死しているから現在は三名で活動しているのかと思いきや、もう一人、死亡しているメンバーがいて、現在は二人になっているようだった。


 死亡したもう一人のメンバーの名は埴生香はぶかおり。女性のようだった。


 詳しいことはわからないが、一部の記述によればマンションの六階から転落して死亡したらしい。わたしは先に調べたAYAの死因を思い返した。AYAは自主制作ビデオの撮影中、車ごと防波堤から転落して死亡していた。車は引きあげられたがAYAの死体は発見されず、警察は死亡と断定――というのが経緯らしい。


 わたしは唸った。同じグループの女性メンバーが二人も転落死している。これは果たして偶然だろうか?


 さらに調べて行くうち、わたしは事件のキーマンとも言える人物に行き当たった。


 逸見と共に「ポートレイツ」を立ち上げた暗堂理あんどうおさむという人物だった。

 暗堂は逸見とは真逆の翳りのある風貌を持った男性で「ポートレイツ」在籍中にAYAと結婚、一子を設けていた。つまり美生は来栖の子ではなく、この暗堂という男性とAYAとの間にできた子供だったのだ。


 暗堂の奔放な性格が災いしてか結婚生活は長くは続かず、二年後に離婚。グループを脱退して路上で歌っていたAYAと来栖とが出逢って再婚した……ということらしい。


 ようやく幸せな日々が訪れたかと思った矢先、AYAが事故で転落死というなんともやり切れない展開が待っていた。つまり美生の両親は暗堂とAYAであり、来栖は血の繋がっていない息子を男手一つで育てているということになる。


 わたしはこの暗堂という男性に俄然、興味を抱いた。暗堂は逸見とは異なり、一切SNSの類には近寄らない質の男だった。素行があまりよくないのが理由なのかもしれないが、逸見が太陽なら暗堂は月、そんな風に分けられるのかもしれない。


 コンタクトを取るとすれば、この頻繁にトピックをアップしている逸見の方だろう。わたしは一旦、PCを落とすと寝室にこもり、入念なメイクを始めた。やがて完成したエキゾチックな顔立ちの自分を写真に撮ると、SNSのアカウントを作成してプロフィールにアップした。


 女性のメンバーを二人、失っている逸見からすればパフォーマンスに興味のある女性は喉から手が出るほど欲しいところだろう。


 わたしが逸見のトピックにコメントをすると、逸見から即座に返事が返ってきた。わたしは逸見と何度か当たり障りのないやりとりを交わした後、「じかに会って話を聞きたい」とメッセージを送った。するとほどなく「練習スタジオに遊びに来ないか」という文句が書きこまれた。


 わたしは「是非、見たいです」と返信し、あっさりとアポイントが成立した。

 本音を言えばもっとも話を聞きたいのは暗堂という男性だったが、こちらはどうやって連絡を取ればいいのかすらわからないのだった。


 なんとかしてこの逸見から暗堂へとつながらないものか――わたしの期待はいやがうえにも高まった。


              〈第八回に続く〉

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