第110話「あいつ……自分を許せねぇだろうなぁ」
バルトロメオが捕まったと聞いて、そいつは穏やかじゃねぇなぁとスケットンは思った。
詳しく話を聞くと、どうやら屋敷で爆発が起こる少し前に、バルトロメオ傭兵団は騎士団に囲まれたらしい。
騎士団があの場に現れたと言うならば、十中八九シャフリヤールの仕業だろうが、捕まる理由が分からずスケットンは怪訝な面持ちで問いかけた。
「捕まるほど悪い事してるかどうかは知らねーが、何か思い当たる事はあるのか?」
「全くない、とは言い切れないけれど。今回の件は連中曰く、騎士を語った罪でとの事よ」
「騎士?」
「ほら、この間の」
そんな事があっただろうかと記憶を辿れば、バルトロメオが騎士の装いで村にやって来た事があったなと思い出す。
「そこに騎士鎧の偽造が追加ね。……馬車の中を調べられたの」
「あー……」
まぁ、言われてみれば確かに、その品は馬車の中にあったはずだ。
しかし如何せんこじつけが過ぎる。実際にバルトロメオは騎士であるとは語っていたが、その現場を騎士団は見ていない。
騎士鎧の件であっても、ただ馬車の中にあったというだけでは、証拠としては弱い。そもそも全く同じに作られたものではないから、芝居の小道具を配達中なんです、なんて適当に誤魔化す事も出来そうなものだ。
なのに強行した理由。
――とにかく身柄を確保したかったってわけか。
シャフリヤールにとってバルトロメオは邪魔な存在だ。この国の上層部でも彼が王族の血を引いている事は知られている。シャフリヤールに対して疑問を持っている人間にとっては、切り札だ。シャフリヤールを王位から退け、一時的であっても玉座に据えられる人物がバルトロメオである。
本人は「まっぴらだ」とは言いそうだが、それはまぁ、それとして。
シャフリヤールが自身の目的のために排除したいと考えるのは妥当だ。
それに彼はアルフライラから雇われている。腕っぷしの傭兵が、
「そう言えば、アルフライラは無事なのか?」
「ああ。上でシェヘラザードの治療をしているぞ」
スケットンの疑問にルーベンスが頷き、二階を指差した。
「直ぐに動いて貰わねばならんからの、などと涙目で言っていたな。ふむ、良いスパルタ具合だ」
「スパルタって言うのかそれ。まー、素直じゃないねぇ」
「それを君が言うのか?」
「俺様はいつだって自分に素直だしぃー」
呆れ顔のルーベンスに、しれっと返すスケットン。
聞いていたダムデュラクが半眼になった。
「謙虚さを学んだらどうだ、骨」
「それこそお前が言うな。つーか骨って略すな。スケットンだ、スケットン様!」
「自分で名前に敬称をつけると底が知れるぞ」
「何だと!」
「君達は……」
スケットンとダムデュラクのやり取りにルーベンスガ頭を抱える。
向いでは話を聞いていたベルガモットがくすくすと小さく笑った。苦笑とも受け取れる表情であったが、多少なりとも暗い雰囲気は和らいだようだ。
「私が団長からアルを託されたの。バルトや仲間が身を挺して道を切り開いてくれたから、私達は何とか逃げて身を隠し、やり過ごす事ができたの」
そう話すベルガモットの声は、誇らしいとも、悔しいとも受け取れる感情が混ざっていた。
スケットンは「そうか」とだけ、短く頷く。ここで彼女に何か労いや慰めの言葉をかけるのは、違う気がしたからだ。
バルトロメオやベルガモット達は依頼主を守るという自分達の仕事を全うした。それならば、それに対して自分が感想を言うのは烏滸がましい事だ。
だからスケットンは何も言わず、話を続けた。
「居場所は、まぁ、バレてはいるな」
「確実にな。だがまぁ、オルパス村にはドラゴンゾンビの老師の守りがある。今回の件で少し強めてくれているらしいしな。シャフリヤールが本気で攻めて来なければ、しばらくは大丈夫だろうよ」
「本気ってぇと例えば?」
「森に火を放ち炙り出す」
さらっと答えるダムデュラクにルーベンスが青い顔になった。
「そんな真似をしたら、どれだけ被害が広がるか……! オルパス村だけの話ではないぞ!」
「だから“しばらくは”だ。あの
「理由は?」
「魔王を蘇らせるために必要なものをアルフライラが持っているんだろう? 手に入れる前にまとめて始末する事はないだろうさ。あと……」
ダムデュラクは一度言葉を区切ると、ベルガモットの方に目をやる。
何だとスケットンが思っていると、
「バルトロメオの処刑が先だからさ」
「は?」
思わずスケットンは聞き返す。
バルトロメオの処刑とは何の話か。ぎょっとしてベルガモットを見れば、彼女は神妙な顔で頷いた。
「ええ、そうよ。バルトを処刑すると、国からの知らせが出されたの。日時付きでね」
何だそりゃ、とスケットンは思った。
確かにシャフリヤールはバルトロメオを始末したいだろうが、国からそれを発表する必要はあるのだろうか。
少し考えて、スケットンは「ああ、こりゃ罠か」と理解する。
「俺達に処刑場まで出てこいと」
「そういう事だろう。出てきたら良し、出て来なくとも邪魔者を始末出来るから良し。どちらにしても問題はない」
「ダムデュラク、少し言葉を……」
ストレートな物言いに、ルーベンスがベルガモットを気遣ってそう言うが、ダムデュラクはフンと鼻を鳴らす。
「そう言う場合でもあるまい?」
「それは……そうだが」
「構わないわ。知らせが出た以上、その日まで団長の無事は保障されたのだもの」
ベルガモットはルーベンスに「でも、ありがとう」と礼を言うと続ける。
「その処刑を執り行うのは、勇者ナナシ、とのことよ」
さすがにこれは意外で、スケットンは空洞の目を丸くする。
この国ではよほどの重罪人ならば処刑される事はある。少なくともスケットンの生前はそうだった。
そして刑の執行に携わる者も、仕事としてそういう役割を任された者なのである。それなのにその役割を勇者が行うというのは普通ではない。
勇者に処刑を行わせて、自分の行動の正当性を示したいのだろうか。そう考えたが、やはりどうにも違和感はある。
そもそも国から知らせが出る時点で異常なのだ。
幾らスケットン達をおびき寄せるためだとしても、国から知らせが出たのならば、国民のほとんどはバルトロメオの処刑について知るだろう。
この国に処刑を娯楽として楽しむような習慣はない。幾ら国民に人気がある国王であってもさすがに『おかしい』と思う者は出てくる。
――そこまで追い詰められてんのか?
屋敷の地下で対峙した際のシャフリヤールは余裕のある態度ではあった。
ナナシに関しても、ガロ達に関しても、焦心していたようにはスケットンには思えない。
ならば何故ナナシにバルトロメオの処刑を行わせる必要があるのか。
この処刑がスケットン達をおびき寄せるための罠だとたら、奪還される危険を冒してまでナナシを置いておく意味は何か。
腕を組み、しばしの間考えて――――スケットンは一つの可能性に辿り着いた。
シャフリヤールは『ナナシに知り合いの命を奪わせたい』のではないか、と。
「……バルトロメオを処刑したら、ナナシがどう思うか」
スケットン達に嫌われるのが嫌だと、独りは寂しいと泣いていたナナシが浮かぶ。
「え?」
「あいつ……自分を許せねぇだろうなぁ」
ぽつりと思った事を言葉にすると、ルーベンスは目を見開いた。
「……ナナシの心を、壊したいのか」
「もしくは絶望させたい、だな。邪魔なんだろうよ、あいつにとってナナシの意識は。ついでにおびき寄せた俺達を殺させればさらにグッド! ってな」
「バッド過ぎる」
ルーベンスガ大きく息を吐く。
ダムデュラクは腕を組むと「確かに」と呟いた。
「ふむ。あのクソ魔法使いなら考えそうな事だな。……それで、どうするつもりだ?」
「ヘッ決まってる」
問われたスケットンは胸の前で骨の拳をポキリと鳴らす。
「その処刑をぶっ壊しに行くんだよ!」
そうしてスケットンがニッと笑って言うと、ルーベンスとベルガモット、ダムデュラクの三人は「やってやろう」と大きく頷いた。
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