第4章 人が望んだ勇者

第109話「スケルトンのようなアンデッドが気絶するとはレアケースだが」


 気が付いた時、スケットンはどこかのベッドの上にいた。

 最初、視界が開けた途端に見えてきた木材の天井に、スケットンは自分がどこにいるのか分からなかった。

 だが直前の記憶が蘇り、ハッとなってスケットンは飛び起きる。

 それから警戒するように周囲に視線を走らせた。

 確か、爆発が起きたはずなのだ。 

 それにしてはスケットンの周囲は瓦礫まみれになっていないし、そもそも爆発が起きた痕跡すら見当たらない。

 ふわり、と風に吹かれて揺れたカーテンにつられてそちらを向けば、開いた窓の向こうではさやさやと木漏れ日が揺れていた。

――地下でもないようだし、ここはどこだ?

 考えながらスケットンはベッドから立ち上がる。

 だが、床に足をつき、力を入れた途端にがくりと膝をついてしまった。


「あれっ」


 思わず間抜けな声が出た。

 何だかいつもと調子が違う。スケットンが不可解に思いながら自分の身体を見れば、骨の身体にしっかりと包帯が巻かれていた。

――何だこりゃ、まるで手当てでもされたみたいになってんだが。

 そう思ったが『みたい』でも何でもなく、実際に手当てされたのだろう。

 包帯は少し湿っていて、恐らく魔力回復薬マジックポーションに浸されていたのだろうとスケットンは推測する。

 しかし、誰がこんな事をしたのだろうか。

 直前の出来事からは想像がつかず、スケットンが空洞の目を細めていた時、部屋のドアが開いた。

 入って来たのは褐色肌のエルフだ。彼女はベッドの横で膝をつくスケットンを見て目を丸くした後、


「何だ、起きたのか。スケルトンのくせに気絶とは、なかなか面白い事をしていたじゃないか」


 などとぶっきらぼうな口調でそう言った。


「……ダムデュラク?」


 見覚えのある相手の登場に――もちろん意外にも思って――スケットンは相手の名を呼ぶ。


「ああ、名前は覚えているようだな。記憶までスッカスカの骨のように抜け落ちていたらどうしようかと思ったぞ」


 相変わらずの口の悪さ――スケットンが言えた義理ではないが――を発揮したダムデュラクは、仏頂面のままスケットンに手を差し出す。

 掴まれ、と言ってるようだ。

 スケットンがその手に掴まると、ぐい、と引っ張り上げられる。剣匠なんてものを生業としているだけに、力はしっかりあるようだ。


「お前がいるっつーと、ここはオルパス村か? ルーベンス達は?」

「ああ、オルパス村だ。ルーベンス達は怪我はしているが生きているよ。ただ……」

「ただ?」

「……ナナシはいなかったが」

「……そうか」


 ダムデュラクの言葉はある意味予想出来たものだった。

 あの状況でナナシが無事にここにいる、などとの希望的観測は無理だろう。あのまま連れて行かれたと考える方が妥当である。


『そんなもので怖気づくとお思いか』


 あの時、強い意志を宿した目で言ったナナシの言葉が蘇る。

 スケットンは無意識に拳を強く握りしめていた。

 ダムデュラクはちらりとそれを見たあと、


「ひとまず今の状況を話そう」


 と言って、部屋の外へ促す。

 スケットンは頷くと、ダムデュラクの手を放す。

 彼女は「おや」と目を瞬くと、小さく笑って先に部屋を出た。その後ろを、ややふらつきながらついて歩いていった。





 オルパス村の村長宅、居間。

 ダムデュラクについて歩いて行くと、そこにはすでにルーベンス、ベルガモットの二人が椅子に座っていた。


「スケットン、ようやく気が付いたか」


 スケットンが居間に足を踏み入れると、同様に包帯を巻かれたルーベンスは安堵の表情を浮かべた。

 ダムデュラクが言うように怪我はしているものの、動けないほど重症ではなさそうだ。


「お前こそ元気そうじゃねぇか」

「何とかな」


 軽く会話をしたあと、スケットンはベルガモットの方を見た。

 ルーベンスとは正反対に彼女の表情は暗い。ベルガモットは確かバルトロメオ傭兵団では副団長のような立場であると思っていたが、団長がおらずに彼女一人がここにいる事にスケットンの胸に嫌な予感が浮かぶ。

 物言いたげな視線をダムデュラクに向けると「とりあえず座れ」と椅子を指され、スケットンはそれに従う。

 それからダムデュラクによって状況説明が始まった。


「さて、まずは今がいつかだが……あの爆発があった日から一週間が経っている」

「い、一週間っ!?」


 これにはさすがにスケットンも驚いた。

 確かに爆発以降の記憶がなく、ルーベンスの言葉からも時間は経っていると思ったが、まさか一週間とは思わなかった。

 アンデッドになってからのスケットンは睡眠を必要としないがために、蘇った後で意識がなくなるなんて事が一度もなかったからというのも驚いた理由の一つである。


「スケルトンのようなアンデッドが気絶するとはレアケースだが、まぁ、魂が吹っ飛びかけたんだろうよ」

「マジで」

「よほどこの世への未練が強かったんだろう。良かったな、留まっていて」


 良かった事は良かったが、何とも釈然としないものがある。

 まぁ、しかし、まだこうして無事ならば些細な事だと思う事にして、スケットンは話の続きを促した。


「それで、爆発の後に何があったんだ?」

「ああ。森から爆発音が聞こえたものだから様子を見に行ったんだが、なかなか酷い有様だった。それで、ちょどそこにいた人間ベルガモットに瓦礫の下にお前達がいると聞いて、村から応援を呼んで掘り起こしたんだ」


 ベルガモットを顎でしゃくって話すダムデュラク。

 どうやら命の恩人の一人がベルガモットだったようだ。

 視線を向けると彼女はやや硬い表情だったが笑って「無事で良かった」と言った。


「瓦礫の下で良く生きてたな……」

「シェヘラザードが魔法で私達を守ってくれたんだ」

「シェヘラザード……そう言えば、あいつは?」

「怪我と魔力の使い過ぎて寝込んでいる。君よりは早く意識は戻ったがな」


 そう言ってルーベンスは二階の方へ顔を向けた。


「無傷とはいかなかったが、瓦礫から引っ張り出すまでよく結界を持たせたものだ。さすが四天王、と言ったところか。あとでちゃんと礼を言っておけよ」


 と、ダムデュラクも素直にシェヘラザードを褒めた。

――後で甘いもんでもおごるか。

 それで足りるか分からないが、スケットンも心の中で彼女に感謝した。


「ティエリとトビアスはどうなった?」

「幸い二人は軽傷でな。直ぐに起き上がって、走り回っているよ」

「そうか、そいつは良かった」


 どうやら本当に、全員無事なようだ。

 ルーベンス達の口から話を聞いて、スケットンは本当の意味で安心した。


「それにな」

「うん?」

「あの爆発だが、恐らく手加減したのではないかとシェヘラザードが言っていた」

「手加減? つーと、ナナシがか?」

「ああ。見た目と威力に差があったらしい」


 ルーベンスの言葉に一筋の希望が見えた。

 手加減した魔法を放った。それはつまり、ナナシの意識が残っているという事だ。

 スケットンは嬉しくなって笑った。骨面なだけになかなか凶悪な笑顔だったが、容姿自体はすでに見慣れたものだったので誰も動揺はしなかった。 

――なら、やる事は決まっている。

 もっとも意識がなくたって取り戻すつもりだったが。

 だってスケットンはナナシと約束したのだ。ナナシがナナシのままでいたいなら、自分が協力してやると。


「さっさとシャフリヤールとガロをぶっ飛ばしてナナシを取り戻しゃいいって事か」

「ナナシがいなければスケルトン・レベル1のくせに何を言う」

「うっせ、弱っちくたって、やりようがあるだろ。例えばバルトロメオ達を雇って―――……」


 そこまで言いかけて、スケットンはもう一つの疑問を思い出した。


「ところでバルトロメオはどうしたんだ?」

「……団長は」


 問われたベルガモットは目を伏せて、テーブルの上でぎゅっと手を握る。


「騎士団に掴まったの」

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