第103話「勇者の癖に慈悲の心がないんですねぇ」


――――知った顔を斬る事が出来るかい?


 そんな事を、スケットンは昔、聞かれた事があった。

 夜の酒場の雑踏の中にあって、その言葉はやけにはっきりと耳に届いたのを覚えている。そしてスケットンは「当たり前だろ」と答えた。


 けれど実際に目の前でそれ、、を突きつけられると、どうだ。スケットンの動きは言葉よりも如実に答えを語っていた。

 刃で貫けば血が出るし、斬り飛ばせば腕や足が飛ぶ。そんな事は当たり前の事だし、剣を自分の武器としてきたスケットンは良く知っている事だった。

 だが、その当たり前が見知った顔だとこうも違うのか。


(目が開いてねぇだけマシだったな)


 剣を向けた相手の目に自分の姿が映っていたら、その時どんな表情かおをしているだろうか。骨の身ではあるものの、そうして映った自分の姿は決して良いものではないだろう。

 これじゃルーベンスに偉そうな事は言えないなと、スケットンは心の中で独り言つ。

 他人に「躊躇うな」と言った自分が躊躇う側になるとは、生前のスケットンからは考えられない事だた。


 身近に『誰か』がいる事、共に歩む事。今だけの一時的な関係かもしれないが、見ているだけであった他人同士の関係は、こういうものだったのか。

――――仲間というものは。 

 頭を抱えるべきなのか、それとも喜ぶべきなのか、スケットンには分からない。

 ただ今は色々な意味で戸惑っていた。


 そしてその『戸惑い』はスケットンだけが感じているものではなかった。

 スケットンとは違う意味ではあるが、近くでホムンクルスに対処する仲間達の戦いにも躊躇いが感じられた。

 先ほどから青ざめているティエリや、苦虫を噛み潰したような顔をしたルーベンスは勿論だが、シェヘラザードさえ戦い辛そうに眉間にしわを寄せている。ナナシを魔王ではないと断言はしたシェヘラザードだが、やはり思う所はあるのだろう。

 

 仲間の中で躊躇いなく淡々と戦えているのはガロくらいのものだ。彼が得意とする大鎌はこの狭い室内では振り回しにくそうだが、鈍く光る刃は確実にホムンクルス達を屠って行く。

 自分もこんな風に見えていたのだろうかと、ふとスケットンは思った。


「戦いにくいなら、氷漬けにでもしますか?」


 どうにも戦い辛そうなスケットン達を見て、ナナシがそんな提案をした。

 一時的なものでがあるが有難い提案だったので、仲間達の顔が少し明るくなる。なのでスケットンが「あー、そりゃいいな」と頼みかけた。

 だがそれをガロが「やめた方がええで」と咎めるように口を挟んだ。


「後回しにしようがやる事は一緒やで。今やり辛いもんを落ち着いた後でなんてしよったら、そんなん余計に手が動かんようになるわ」

「そりゃそうだがよ」

「分かっとるなら手ェ動かしや。下手な同情は、あの子らの苦痛を長引かせるだけやで。……まぁ、そんなもん、感じたりはせぇへんけどな」


 ガロの言葉にスケットンはぐっと歯を噛みしめる。彼が言ったのは正論で、自分が今までやって来た事だ。

――――迷うな。

 躊躇えば死ぬ、それはずっと自分に言い聞かせて来た言葉だった。

 スケットンは魔剣【竜殺し】を握り直し、飛び掛かって来たホムンクルスの一体を縦に斬り上げる。斬られたホムンクルスはドサリ、と足下に落ちた。


「ナナシ、ありがとよ」

「はい」


 短く礼を言うスケットンにナナシはにこりと笑う。聞き慣れない類のスケットンの言葉に、ルーベンスとシェヘラザードが思わず目を瞬いて「ありがとう……」なんて呟いていた。それからオロオロと心配そうに、


「だ、大丈夫か? 君、熱でもあるのか?」

「骨だもの、加熱しない限りは熱くならないわ! あっもしかして知恵熱?」

「ふざけんな、どんだけ引っ張るんだよそのネタァ!」


 さすがにスケットンが怒ると、二人の表情が少し柔らかくなる。気が付けば先ほどの張りつめたような深刻さも和らいでた。


「それでは、さっさと倒してトビアスさんを救出と行きましょうか」

「ああ。ティエリ、お前は無理すんじゃねぇぞ」

「だ、大丈夫ですわ! ちょっとびっくりしましたけれど……でも私もやれます! 私が自分でついてきたんだもの!」


 ぐっと拳を作って言うティエリに、スケットンは「分かった」と頷く。声こそ僅かに震えはあるが怯えはなく、その目は真っ直ぐにトビアスに向けられていた。

 それから直ぐにナナシが「行きます」と呟いて詠唱を始める。ほぼ同じタイミングでシェヘラザードやティエリも開始した。魔法使い達の力強い言葉がスケットンやルーベンスの背中を押す。

 同情も、怒りも、全て後だ。自分達の最優先はトビアスの奪還である。目的を定めたスケットン達の動きは鋭く、そして素早かった。

 周りを取り囲むホムンクルス達を矢継ぎ早に地面に沈めて行く。


 作られて、物として扱われたホムンクルス達の亡骸が床を埋め尽くす。それはまるで戦場のようだった。

 かつて魔族と人間側がぶつかった『オルビドの戦い』もきっとこうだったのだろう。

 規模の大小はあるだろう、だが、大小など関係ない。

 戦いながらスケットンはシャフリヤールの方に目を向けた。今も薄ら笑いを浮かべているあの男は、ホムンクルスが倒れても眉一つ動かす様子はない。隣に立つ、トビアスの身体を乗っ取ろうとしているフランデレンもそうだ。


(こいつがやろうとしているのは、こういう事だ)


 スケットンはそう実感した。シャフリヤールの企みが成した先に広がる光景は、きっとこう、、なのだろう。

 今の世の中に魔王はいない。ゆえに勇者も必要ない。今の勇者はただの雑用係と前にナナシは言っていた。

――――雑用上等だ。

 だって、そんなのは気分が悪い。気に入らない。

 勇者らしい理由なんてスケットンには出てこないが、その光景は我慢ならないくらいに「嫌」だった。自分勝手で我儘で傲慢な自分が動くのは、そんな理由で十分だ。


「おやおや、勇者の癖に慈悲の心がないんですねぇ。可哀想だと思わないのですか?」

「そんなもん生きてる頃から持ち合わせてねぇよ。それに、それが勇者だってんなら、てめぇは正しく、、、誤解してる」


 言いながら、スケットンは最後の一体を斬り伏せる。


「勇者ってのはただの称号だ。そんなもんを投げつけられる前から俺はスケットンなんだよ。――――年季が違ぇわ」


 それよりも、とスケットンは切っ先を突きつけ、彼らに言う。


「それより他人に任せて高みの見物とは随分と余裕じゃねぇか。混ざって攻撃してくれば、ま、一発二発くらいは当てられただろうによ?」

「あら、うふふ。お気遣いありがとうございますわ」


 手駒が無くなったにも関わらず、シャフリヤールとフランデレンに焦りはない。

 それどころか、どこか嬉々としている様子だ。


(まだ何か隠してやがるのか……?)


 スケットンが空洞の目を僅かに細める。

 

――――その時だ。


 足元に並び倒れるホムンクルス達の亡骸が一斉に、淡い光を放ち始めた。

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