第95話「殺意が高すぎない?」


「シェヘラザードさんがトビアスの調整メンテナンスをしていたでしょう? それで、そのためにってトビアスを一度眠らせたの。でもそうしたら急にトビアスの様子がおかしくなって、暴れ出して……」

乗っ取り、、、、やな。やけど、時間が浅すぎる。まだ半分も入っとらんと思うで」

「うむ。眠らせたことで、一時的に出て来れただけじゃろうて。あいつ、下手をしたのう」


 ガロの言葉を補足し、アルフライラは腕を組んで目を細める。


「とすると、トビアスを起こせばまた戻るってことか?」

「そうですね。何かしら衝撃を与えれば良いのでは」

「お? 手伝うか?」


 衝撃、の言葉にバルトロメオが力こぶを作り、ニッと笑う。

 それを見てベルガモットがこめかみを抑えて息を吐く。


「団長の馬鹿力で殴ったら死んでしまうわ」

「え!? 死ぬ!? いいいいえ、結構ですわ! 御遠慮しますの!!」


 ティエリが大慌てで首を横に振って断ると、バルトロメオは「そうかぁ」と残念そうに手を下ろした。

 まぁバルトロメオも熟練の傭兵である、ちゃんと手加減はするだろう。

 一同が苦笑していると、ナナシだけは「殴ったら死ぬ……」と遠い目になっていた。

 スケットンは「何があったんだこいつ」とは思ったが、聞く前に中断していたティエリの話が再開した。


「それで、えっと。その時に、私がトビアスに捕まってしまって……それで……」


 そこまで話すとティエリがダイクをちらりと横目で見る。

 複雑そうな顔だ。

 これまでがこれまでだけに仕方のない反応だが、そんな彼女の口から聞こえて来たのは意外な言葉だった。


「……この人が助けてくれたんですの」


 スケットンが「へぇ」とダイクを見た。どうやらティエリを助けたのはダイクらしい。

 ダイクが本調子ではないことは誰の目にも明らかだが、それでも良く動けたものだ。

 スケットンを含め、その場にいた一同から感心した視線がダイクに集まる。

 ダイクは「うっ」と動揺した声を出して顔を逸らした。

 

「たったまたまだ、たまたま! 別に助けようなんてこれっぽっちも……水貰おうと思って、下に行ったら何かうるさくて覗いたらで仕方なく……」


 早口でまくしたてるものの、ダイクの顔は赤い。

 最後の方はごにょごにょと口ごもるダイクに、ナナシが小さく笑った。


「まともに動ける怪我ではありませんでしたけどね」

「ばっか、黙っててやれよ。こいつが恥ずかしいだろ」

「どっちも恥ずいわ!!」


 ダイクは勇者二人に怒鳴ったあと、そのまま「ぐはっ」と痛そうな声を上げて項垂れた。どうやら怪我に響いたらしい。


「……で、いいから、続き……」


 ぜえぜえと肩で息をしながら、ダイクは話を続けろと促す。

 色々に耐えかねたらしい。怪我人をからかい過ぎたなと、スケットンは少し反省しつつ、ティエリの方を向いた。


「助けられたあとはどうなったんだ?」

「ええ。ここじゃ周りが危険だからって、シェヘラザードさんが移動魔法テレポートを使おうとしたら、トビアスが持っていた剣が光って……」

「ふむ、それで転移魔法テレポートに不具合が出た、と」


 顎に手を当ててナナシが言う。


「念のため確認するが、トビアスは魔法を使えるのか?」

「いいえ、使えませんわ」

「おたくの団長さんとやらは?」

「使えへんよ。たぶん、剣に主の魔法が仕込んであったんやろ」


 ガロは肩をすくめてみせる。

 主とやらは色々と手の込んだ事をする奴だな、とスケットンは思った。

 

「なるほど。それでティエリとダイクだけがここへ届いたって事か。運が良かったなーお前ら」

「ええ。でも、皆、大丈夫かしら……」

 

 ティエリが不安そうに目を伏せる。

 どこへ飛ばされたのかは心配だが、戦力的な意味では【レベルドレイン体質】のナナシと離れていれば、それほど問題はない。

 あるとすれば、トビアスが乗っ取られかけた状態のまま、どこかへ連れて行かれる事くらいだが……。 

 その疑問をそれぞれが口に出した時、


「ふーむ。この距離で転移魔法テレポートを失敗したなら、消えたのはこの周辺じゃの」

「ええ。どこかにピットフォールがあるはずです」


 と、アルフライラとナナシが答えた。


ピットフォール?」

転移魔法テレポートの吐き出し口のようなものですね。起点から座標までの間を魔力で繋いでいるんですけが、失敗すると部分的に薄くなる箇所が出来るんです。それがピットフォールと言いまして、そこからポーイって吐き出されてしまうんですよ」


 獣の首根っこを掴むような言い方に、スケットンの頭に思わずシェヘラザードの姿が浮かんだ。獣というか彼女は獣人なのだが。 

 本来であれば危機的な状況なのに、言葉の使い方のせいかどうにも若干和やかな様子に変換されてしまう。

 まぁ、考え込み過ぎるのも良くないのは確かなので、スケットンは軽く頭を振って浮かんだ映像を振り払うと、


「まぁトビアス含めてこの辺りにはいるんだろ。なら探すかぁ」


 と、そのピットフォール探しを提案した。




 それからしばらくして、森を調査し終えた一同は、燃え落ちた屋敷跡までやってきた。ちょうど屋敷が中間点だったからだ。

 全員が手分けして周囲を調べた結果、森の中に二箇所、森の出口に一か所の合計三つのピットフォールを発見出来た。

 だがしかし、ピットフォールはあれど、ルーベンスたちの姿は影も形もない。それどころか足跡の一つも残ってはいなかった。


「あいつらどこに行ったんだ?」

「外にいねぇってんなら、内側、、で留まってるのかもなぁ」

「内側って、吐き出されずに残ってるってことか?」

「引っ掛かって出られないって事例がたまにあるんだってよ」

「どんな状態だよ。罰ゲームと変わらねぇじゃねーか」


 “移動魔法テレポート”で繋がれた道の中身がどうなっているかスケットンは知らないが、快適ではなさそうだなと何となく思った。

 スケットンが想像して嫌そうな顔になると、ナナシは首を横に振った。


「あ、引っ掛かりはないです」

「お? 断言しちゃうん?」

「はい。ピットフォールの中に魔法を放っても何の声も聞こえませんでしたので」

「殺意が高すぎない?」


 ナナシの発言にスケットンが骨の顔を器用に引き攣らせながらツッコミを入れた。

 万が一、ルーベンスたちが内側にいたとしたら大惨事である。


「何かごそごそやってると思ったら……」

「いやぁ、顔を突っ込むと引っ張り込まれますから。でも加減はしましたのでご安心を」

「妾もやったぞ」

「私もやったわ」

「おたくらの魔法使い何なん?」


 ガロが思わずと言った様子でスケットンに聞いて来た。気持ちは分からないでもない。

 ナナシだけではなく、アルフライラやベルガモットまで同様の事をしていたというのだ。

 もしかしたら魔法使いの間では常識なのだろうか――そんな事を思ったスケットンは、魔法使いの残りの一人であるティエリに問いかけるような視線を投げた。


「わ、私は違いますわよ!?」


 慌ててティエリが首を横に振るが、


「残念そうな顔してたけどなぁ……」


 と、ダイクがボソリと呟いていたため、同類である事が判明した。

 スケットンは半眼になりつつ、 


「でもそうなると、どこに行ったんだ?」


 と腕を組んだ。

 ピットフォールの周辺に、内側にもいないとすれば、いよいよどこに飛ばされたか分からない。

 飛ばされた先がシャフリヤールの所だとしたら、最悪の状況である。

 それだけは避けて欲しいが、とスケットンが思っていると、


「可能性としては、見えない場所にピットフォールがあった――ですかね」


 とナナシが言った。

 確かに目で見えている場所は全て探し終えている。

 それならば見えない場所、という可能性は高いが――果たしてそれがどこであるのか。

 するとガロが軽く手を挙げる。


「見えない場所か……それならひとつ心当りがあるで」

「お、マジか。どこだ?」

「主の屋敷。つまり、ここやな」


 そして挙げた手の指で、今度は足下を指差した。

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