第71話「魔王様は、とても優しい方だったわ」


 魔王を倒した勇者、アーティ。スケットンはその名前こそ知らなかったが、話題には時々上がっていた人物だ。

 もしかしたらそうかな、とスケットンは思っていた。最初に名前が出た時に、シェヘラザードが反応していたからだ。

 そしてナナシの説明で、そう、、だと納得した。

 勇者アーティ。魔王を倒した勇者で、隣国の姫君と結婚して王様になった人物で、シェヘラザードがぶっ飛ばして来た相手である。

 これだけ並ぶと、昔も今も変わらずに、存在感のある人間なのだなとスケットンは思った。

 そんなアーティの話題に、シェヘラザードは心配そうに、


「アーティとオルパスで、何かあったの?」


 と聞いた。その視線はダムデュラクとじっさまに向けられている。

 アーティの事について知っているのが二人だからだろう。

 シェヘラザードはつい先日、隣国にいって本人と会っている、なので勇者アーティが無事である事は分かっているが、何があったのかは気になるらしい。

 そんなシェヘラザードの疑問に、じっさまが答えた。


「わしがドラゴンゾンビにさせられた時の話じゃ。命令によって操られ、村ごとアーティを襲いかけていた時に、あやつがこの聖剣で助けてくれたのじゃよ」


 そう言って、じっさまは自分に刺さった聖剣【繋ぎ止める者アヴァロン】を顎でしゃくった。自然と集まる視線の先で、白銀の剣が日の光に照らされ、輝いている。

 この聖剣のおかげで、じっさまは死霊術師ネクロマンサーの命令に従わずにいられるのだ。

 しかし、死霊術師ネクロマンサーか、とスケットンは思った。ダムデュラクが探しているのも死霊術師ネクロマンサーだったはずだ。


「その死霊術師ネクロマンサーが、お前が探している奴か?」

「ああ」


 スケットンが聞くと、ダムデュラクは頷いた。

 なるほど、とスケットンは納得した。


「私はアーティに、村とじっさまを守って欲しいと頼まれたんだ。だが、受け身ではどうにもならんのでな。だからアラート・ジェムを設置して様子を見ながら、足取りを追っていたんだが……」


 ダムデュラクは少し目を伏せる。言葉にはしなかったが、恐らく、追っている間に手掛かり途絶えてしまったのだろう。

 だからこそ、アラート・ジェムに反応が合って、ダムデュラクは嬉し――本来の意味とは少し違うが――くて、勢いよく登場したのだろう。

 実際に、牢屋(仮)を破壊したダムデュラクの鬼気迫る様子には、先手必勝、一撃必殺、見つけたら必ず潰す、など、そんな気合いが込められていた。


「ドラゴンゾンビは上手く使役出来れば戦力になる。だからいつかここへ戻ってくると思ったが……当てが外れたか」


 ふう、とダムデュラクはため息を吐く。


「……やはり村よりも、アーティ自身の方に持たせておくべきだったか」

「その勇者アーティとやらは、そいつから、相当恨まれているんだな」

「まぁ、あいつは魔王を倒したからな。魔王を慕っていた一部からは、かなり恨まれているだろうよ。特に魔族からはな」


 魔族。

 そう聞いて、一同の視線がシェヘラザードに集まった。

 シェヘラザードは僅かに目を細めたが、うつむく事なく、それぞれの目を真っ直ぐに見返す。


「魔王様は、とても優しい方だったわ。そして、魔族で最も強い方だった。色んな意味でね」


 シェヘラザードは胸に手を当てる。懐かしい思い出を浮かべるように、大事な宝物の事を話すように、言葉を紡ぐ。


「魔王様は魔族領の皆の暮らしを良くしようと、考えて、支えて下さった。誰にでも手を差し伸べて下さった。皆、大好きだったわ。とても慕われていたの。だから、アーティを恨むのは仕方のない事だわ」

「……君は、恨んでないのか?」


 ルーベンスが気遣うように問う。シェヘラザードは苦い笑みを浮かべた。


「あたしは、魔王様がどうしたかったのか、知っていたから」

「――――お前は」


 ダムデュラクが目を見張った。

 どうやらシェヘラザードが誰なのか気付いたようだ。

 シェヘラザードがダムデュラクを見る。その視線の先で、ダムデュラクは小さく「そうか」と呟いた。

 ダムデュラクはそれ以上は言わなかったが、一瞬だけ、憐憫とも同情とも取れる表情を浮かべた。


 会話が途切れた所で、スケットンが「ところでよ」と切りだした。


「お前の言い方だと、その死霊術師ネクロマンサーは魔族だって聞こえるがよ」

「ああ。お前の言う通り、私が探しているのは魔族だ」


 ダムデュラクは頷いた。


「あいつはアーティを恨んでいた。執拗に追いかけて殺そうとしたんだ」

「個人間の問題なら、当事者で解決したら良いんじゃねぇの」

「そうなれば良かったんだがな。……あいつは、アーティを殺すためだけに、手段を選ばず周りを全て巻き込んだ。だからアーティはこの国を出た」


 無差別か、とスケットンは目を細めた。

 シェヘラザードを口説いたり、隣国の姫君と結婚して王様に、なんて言葉だけ聞けば軽薄な奴だと感じるが、どうやら別に事情があったようだ。

 もしかしたら、シェヘラザードの封印石を解除しに来なかったのも、それが関係しているのかもしれない。

 来なかったのではなく、来ることが出来なかったという意味合いの方が強そうだ。

 ちらりとシェヘラザードに目を向ければ「そっか」と小さく呟いていた。


 だが、しかし。

 それならば、新たに一つの可能性が浮かぶ。

 勇者アーティは魔王を倒した。シェヘラザード曰く、魔族で一番強いとされる魔王を、だ。

 それを倒した勇者を、そこまで追い詰めるのならば、その死霊術師ネクロマンサーも並みの腕ではない。

 そうなると、それが誰かは限られるのだ。


 魔王の死から現在まで生きていて、勇者アーティを恨む魔族で、勇者を追い詰めるほどの腕を持った魔法使い。

 浮かんで来るのは魔王の四天王だ。


「魔王の四天王に、魔法が使える奴は三人いたな」


 スケットンが確認するようにナナシに聞くと、彼女はしっかりと頷く。


「ええ。勇者博物館によりますと【万雷の魔女】シェヘラザードさん、【幻惑の貴婦人】アルフライラ、【深淵の賢者】シャフリヤールの三人です」


 勇者博物館で仕入れた知識を披露するナナシに、スケットンも軽く頷き返した。

 シェヘラザード、アルフライラ、シャフリヤール。魔王の四天王の中で、その三人が魔法使いだった。

 こうして並べてみるとバランスが悪いようにも見えるが、ゴーレムを使役していたり、魔獣を操ったりと、それぞれがそれぞれの方法で、魔法使いとして不得手な部分を補っていた。なので特に問題はなかったらしい。

 もっと言えば、四天王の一人には、唯一の戦士である【剛腕の魔人】イフリートがいたので、上手くバランスが取れていたのだ。


 さて、その四天王だが。

 シェヘラザードを除くと、アルフライラとシャフリヤールの内のどちらかが、ダムデュラクの探し人という事になる。

 だが、そんな人間はオルパスにはいない。そもそも、生きているかどうかすら怪しい。


「そいつらは生きてんの?」

「一応、倒されたと記録には残っておりますが……死体は発見されなかったそうです」


 ナナシが顎に手を当て、説明する。

 つまり、倒されたという記録はあっても、死んだという確証はない、という事だ。

 シェヘラザードが生きたまま封印されていたくらいだ。可能性はある。


「お前らの言う死霊術師ネクロマンサーは、アルフライラかシャフリヤールのどちらかで合ってるか?」


 とりあえず、知っている奴に聞いてみよう。

 そう思ってスケットンが尋ねると、じっさまは申し訳なさそうに首を横に振った。


「申し訳ないが、良く覚えておらんのだ。ドラゴンゾンビとして蘇った際に、術者に関する記憶を弄られての。顔も名前も、霞が掛かったように思い出せん」

「ダムデュラクの方はどうだ?」

「私も姿は見ていない。オルパスに駆け付けた時には、すでにアーティによって追い払われた後だったからな」


 ダムデュラクはそう言って肩をすくめた。


「一応、その場に奴の魔力が残っていたから、本人と会えば判別は出来るぞ」

「ずいぶん慎重な奴なのだな」

「慎重っつーか、やっている事は慎重さの欠片もねぇ気がするが。というか、その勇者アーティからは、そいつの名前や容姿は聞けなかったのか?」

「もちろん聞いたさ。だが、教えては貰えなかった」

「何でよ」

「魔王と約束したからだそうだ。あいつらしいが……自分の命が危険な時に、そんな約束を守っている場合ではないだろうに」


 ダムデュラクはため息を吐いた。浮かべているのは呆れた表情だが、そこには懐かしさや、アーティに対する好意のようなものも感じられた。 


「…………約束ねぇ」


 スケットンには、勇者アーティの考えが理解出来なかった。

 約束をしたからと言って、自分を殺しに来る――しかも周りに被害まで出ている――相手の名を伏せ、かばうのは一体どういう理由なのか。

 自分が必死で守った国を離れる決断までするほどに、それは大事な約束なのだろうか。

 考えながらスケットンは聖剣【繋ぎ止める者アヴァロン】を見た。


 その時、不意に、スケットンの脳裏にある光景が蘇る。



『――――怨嗟を、悲しみを断ち切れと、そんな事を魔族あのこ達に言えなかった。だから、せめて、私の代で最後にしたかったのです』



 それはナナシが聖剣に触れた際に、頭の中に浮かんできたものだ。

 あの時はぼやけていて誰なのか判別がつかなかった。

 だが今の話を聞いていると、そこにいたのは恐らく、魔王と勇者アーティであったのだろう、と何となく思った。

 勇者が魔王を倒した直後の光景だ。

 だが、そこには、憎しみや恨みの感情はなかった。

 安堵と、申し訳なさ、そして将来への希望。それに近い布石。そんな想いが込められていたよに、スケットンには感じられた。


 勇者アーティは約束だと言ったそうだ。

 きっと勇者は、魔王の望みを叶えてやりたかったのだろう。

 全てを自分の代で最後にと言葉にした魔王の望みを。

 だから憎しみで自分を殺そうと襲ってきた相手の事を、勇者は誰にも言わなかった。怨嗟を、悲しみを、自分一人で受け止めようとしたのだ。

 その結果、意図せず、周囲に被害が及び始めてしまったために、止むを得ず勇者は他国へと出た、という事なのだろう。


「なあ、シェヘラザード。君はその死霊術師ネクロマンサーに心当たりはないのか?」

「…………そうね。それだけだと、まだ判断は出来ないわ。二人とも魔王様の事が大好きだったから」


 ルーベンスが問うと、シェヘラザードはしばらく考えてから、歯切れ悪く答えた。

 難しい顔だ。アルフライラとシャフリヤールについて考えているのだろう。

 考えるように口を閉じた彼女に、ルーベンスは今はまだ、それ以上を聞くのを止めた。

 するとナナシが、話題を交代するように口を開く。


「それにしても、アラート・ジェムが反応をした理由が分かりませんね」


 うーん、とナナシが唸る。

 問題はそこである。ダムデュラクの探し人がいた、というなら話は分かるが、それらしい人物がいないのだ。


「私たちが村を訪れる前、という事も考えられますが……いつ頃反応したのですか?」

「二日前だな」

「とすると、やっぱりあの騒動の最中か」


 スケットンは腕を組む。

 二日前と言えば、オルパス村と世界樹で騒ぎが起きた日だ。

 その日に、この牢屋付近に近づいたのは、スケットンとナナシ、ルーベンスにシェヘラザード、ダイクと司祭に、傭兵。

 シェヘラザード以外は、四天王でもなければ、魔族ですらない。


「アラート・ジェムの誤作動って事はねぇのか?」

「ない、とは言い切れないが……まぁ、そうだな。魔力が似ていれば、間違える可能性はある」

「魔力か……」


 魔力と聞いてスケットンは考える。

 先ほどダムデュラクは、その死霊術師ネクロマンサーの魔力なら判別できると言っていた。

 ならば、この場にいても何も指摘されないスケットンたちは除外となるだろう。


 とすると残るのはダイクと司祭、それに傭兵だ。

 だが、彼らは魔族ではないし、魔族の血縁者にも見えない。ゆえに、魔力が似る要素が無い。

 他に考えられるとすれば、死霊術師ネクロマンサーの魔力が込められていたものを持っていた、くらいだが。 


――――そこまで考えて、スケットンは「あ」と、口を開いた。


「どうしました、スケットンさん」

「魔力っつーならよ、魔剣の魔力はどうだ?」

「魔剣……ああ、【魂食い】ですか」


 ナナシも思い出したように、ポンと手を鳴らす。

 先日の戦いで、ダイクは魔剣【魂食い】の炎を村に放っていた。

 あれだけ盛大に放火していたのだ、その魔剣の魔力が例の死霊術師ネクロマンサーのものか、もしくは似ているものならば、アラート・ジェムが反応してもおかしくはない。


「魔剣【魂食い】?」


 魔剣と聞いて、ダムデュラクが反応した。


「あれがここにあるのか? あの魔剣も相当ひねくれているというか、ねじ曲がっているというか……良く扱えたものだ」

「まぁ、その辺りには、少し疑問は残ってんだけどな」


 ダイクは魔剣を自ら手に入れた、というわけではなく、与えられたと言っていた。

 魔剣が持ち主を選ぶ理由はそれぞれ違うが、それでも少し妙な話だとはスケットンは思っている。

 ダムデュラクは少し考えたあと、


「……見せてくれ。出来れば、生きていれば持ち主にも会ってみたい」


 と、真面目な顔でそう言った。

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